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第31話 問題だとか、もうどうでもいいやー





 翌朝。


 ロレッタは昨日よりは落ち着いたらしく、おれから逃げることはなくなった。嫌われているわけじゃないだけ嬉しい。ただ、よそよそしいというか、前までにあった気楽さがない。


 おれはおれで、昨夜の出来事を引きずってしまっている。照れてしまって、正面からロレッタを見ることができない。


 ギクシャクしてしまっている自覚はあるが、どう解決すればいいのかが分からない。


 最初に音を上げたのは、当事者ではなく、第三者のレティシアだった。


「もう。なんなんですか、この空気。耐えられません。お散歩にでも行ってきますっ」


 とか言って、さっさと出ていってしまう。


 ロレッタとおれ。ふたり残されて、気まずい沈黙が深くなっていく。


 なにか話でもして打ち解けたいが、きっかけが見つからない。


 むむむ……。いつだかロレッタがおれのことを自分同様の陰の者だと認定していたが、確かにその通りだったかもしれない。明るい陽の者なら、この場の雰囲気を無視して話題を振ったりできるのだろうに……。


 結局、黙ったまま、ちょっと距離を開けてふたりでソファに座る。


 ちらり、とロレッタがこちらを見てくる。目を向けると、視線を逸らす。まるで見てませんでしたよ、と言いたげにすっとぼけている。


 まあおれも同じだけど。ちらちらと瞳を向けては、目が合いそうになると顔を背けたりしてたりする。


 このままじゃいけない。なにか、きっかけは……?


 と改めて探すと、暖炉が目についた。薪がもう残り少ない。うん、いいぞ。薪をくべてきて、ソファに座り直したときに自然な感じで会話をスタートだ。いける。いけるぞ。


 おれは脳内シミュレートしたとおりに、暖炉に薪をくべ、ソファに座って、口を開く。


「あのさ」


「あのっ」


 声が重なる。


 まさか!? 出鼻をくじかれた!?


 よもやロレッタも同時に仕掛けてくるとは思いもよらなかった。互いにカウンター気味に被弾し、黙りこくってしまう。


 いやいやいや、ダメだ。くじけるな、おれ! この機会を逃したら次がいつ来るかわからない! 次に薪をくべるのは、3時間は先になるんだぞ!


「ろ、ロレッタ……」


 やっとのことで声を出す。一度出せれば、慣性の法則と同様に次の言葉が出しやすくなる。あとはこの慣性をなくさないまま会話を続ければいい。


「き、昨日の夜、おれの部屋に来た?」


 おれはバカか!? なんでこんなこと聞くんだ! 返事がなければ止まってしまうというのに、ロレッタが返答しにくい問いを……。いや、本当に気になってるけど!


 ロレッタはふるふると首を横に振る。


「……行ってない」


「そっか……」


 じゃあ、あれはおれの夢だったのか。夢ってことで片付ければ、この気まずさも少しは解消されるかも……。


 と思ったけど、ロレッタの顔、めちゃくちゃ赤いんですけど。


 湯気が出そうなくらい紅潮しているんですけど。


 この様子からして、明らかに夢じゃない。


 寝込みにキスしてきたことを隠したいのだろうが、顔にめちゃくちゃ出ている。


 こんな顔を見せられたら、話を続けることも難しい。


 難しいが、ここで黙ってしまったら、沈黙のループだ。なんとかしなければ!


「そっかー……。来てないんなら、そっかー。うん、夢だったかー」


 とにかく声を出し続ける。意味のほとんどない言葉でも、こうすることで、会話のハードルが下がるはずだ。


 その間に、次の話題をどう切り出すか考える。このギクシャクした空気をどうにかするためには……。


 しかし、おれより先にロレッタが踏み込んだ。ハードルが下がった効果かもしれない。


「あ、あのね、レオン。ごめんね?」


「なんで謝るの?」


「う、上手く話せなくなっちゃって……。わ、わたしのせいで、レオンも元気なくなっちゃったみたいだし……。だから、ごめんね?」


「いや……おれも、変に気まずい感じになっちゃって、ごめんなんだけど……」


「わたし……こういうの、慣れてなくて、よくわかんないから……。でも、少しずつ慣れていくから……そのうち、元通りにするから……。もうちょっと、待ってて……ね?」


「う、うん? ……うん」


 なんとなく頷いてしまうが、大事な部分が意図的に端折られた気がする。


 こういうの? 慣れる? なにに?


 憶測はつく。


 昨夜のキスが夢でないのなら、恋愛感情のことだと思うのだが……。


 つまり、ロレッタがおれのことを……。


 昨日「友達じゃなかった」と言っていたのも納得だ。


 では……おれは、どうだ?


 ロレッタが好きか?


 改めて問うまでもない。


 では、好きだと口に出して伝えられるか?


 それは難しい。今更照れるというのもあるが、もっと大きな問題がある。


 おれは引退した元勇者でしかない。だが彼女は魔王だ。家出しているとはいえ、在位中の魔族の王なのだ。


 いつか彼女が魔王として為すべきことを為す時が来れば、この生活は終わる。この関係も、終わってしまう。


 当たり前だ。もともとの立場も、在るべき場所も、果たすべき役目も違う。言わば、生きていく世界が違うのだから。


 気持ちを通じ合わせても、その先にあるのが別れならば、いっそなにも伝えないほうがいい。


「…………」


 ロレッタは、黙ってしまったおれを心配そうに見つめてくる。


「ごめん。レオン、やっぱり元気ないね……。あ、そうだ」


 なにか思いついたらしく、ソファから離れ、自室からなにか持ってくる。


「えっと、こうかな? レオン、見て」


 なにかと思ったら、ロレッタは白い花を模した可愛らしい髪飾りを付けていた。


「それは?」


「昨日、ベスとレティシアと一緒に買ったやつ。どう? わたし、可愛い? 元気出る?」


 あっ、と気づく。おれが二日酔いに苦しんでいたときに、してくれたのと同じだ。


 男は可愛い女の子がそばにいれば元気が出る、という話を真に受けて、可愛くなろうとオシャレをして見せてくれているのだ。


 ロレッタの黒い髪に、白い髪飾りがよく映える。他のなにも変わっていないのに、雰囲気に華やかさが加わり、もともとのロレッタの美少女ぶりに磨きが加わって見える。


 というか、おれのためにオシャレしてくれたりとか、ちょっと自信なさげに聞いてくるところとか、少し照れてる仕草とか、どれひとつとっても値千金である。


 もう、ひと言でまとめることしかできない。


「めちゃくちゃ可愛い。ロレッタ好き」


「よかった、元気出た。えへへ〜、わたしもレオン好きぃ」


 問題だとか、生きる世界が違うだとか、もうどうでもいいやー。

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