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第30話 好きだよ





 無事に仕事終えて帰宅してみると、ロレッタもレティシアもすでに帰っていた。


 しかし、なにか様子がおかしい。


 ロレッタが目を合わせてくれないのだ。そしてレティシアも、その異変に気づいているだろうになにも言わないでいる。


 おれは小声でレティシアに尋ねてみる。


「ねえ、ロレッタになにかあったの?」


「ちょっとお勉強しただけですわ」


「なんのお勉強?」


「それは私の口からは言えません。せいぜい悩んで苦しんでください」


「んん? なんか意地悪じゃない?」


「ご自分が振った相手に、意地悪されないと思っていました?」


 にこやかに恨み言を言われて、たじろいでしまう。


 う〜ん、今朝あげたお小遣いだけじゃ機嫌は直らなかったか。当たり前か。


「気になるのでしたら、ご自分でロレッタさんに聞けばいいのです」


 そう言い切って、つーんっ、とそっぽを向かれてしまった。


 やれやれ。そうするしかないか……。


 ロレッタが暖炉の前のソファでくつろいでいたところ、いつもみたいに隣に座る。


「ねえ、ロレッタ——」


「ご、ごはんの準備しないとっ」


 普段はもっと後の時間のはずの食事の準備に立ってしまう。


 いつもなら、もっとゴロゴロしていて、甘えるように寄り添ってくるのに……。


 次の機会は食事時だ。テーブルで向かい合う。さすがに食事を放って逃げたりはしないはずなので、好機と思ったのだが……。


「うん、美味しい。レティシアからレシピ教わったんだね、ロレッタ——」


「ふもっふもっ」


 口いっぱいに料理を詰め込み、喋れない状態のロレッタである。


 逃げられないなら、自らの口を塞ぐとは……。さすが魔王である。


 そんな調子でさっさと食事を終えてしまい、今度は食器を洗うからと離れてしまう。


 次こそは、と声をかけたのは、食器洗い後だ。もう仕事はないはず。逃げる口実はない、と思ったら。


「ロレッタ、ねえ話が——」


「ごめん、トイレぇ……」


 また逃げられた。


 続いて「お風呂ぉ」「明日の朝ごはんの仕込みぃ」「トイレぇ」(2回目)と、なにかと理由をつけて逃げられてしまう。


 ここまでくれば、女心に明るくないおれでもわかる。


 ——嫌われた……。


 ソファの上で、膝を抱えるおれである。


 なんというか、自分でも驚きなのだが、ショックがでかい。


 かつてこれほどまでに落ち込むことがあっただろうか?


 ひどい喪失感だ。なにもやる気が起きない。


 いやでも、昨日まではあんなに好いてくれていたのに、なんで急に? やっぱり、アレだろうか? 賑やかなところに、無理に行かせてしまったからだろうか?


 おれはロレッタがもっと人に慣れて友達が増えればいいと思っていたが、ロレッタはそれが本当に苦痛だったのかもしれない。だとしたらおれは、余計なお世話どころか、精神的暴力を振るったことになる。


 いわゆる家庭内暴力というやつだろうか。噂に聞いて嫌悪していた行為だが、まさか自分がしてしまうとは……! 悔やんでも悔やみきれない。


 許されることではないが、きちんと謝罪して、二度としないと約束しなければ……。たとえ嫌われたままだとしても。


 でも、そもそも、話を聞いてくれないんだよなぁ……。


「うぅう、ごめん……。ロレッタ、ごめん……。おれが悪かった。二度としないよ。ごめん……ロレッタ……」


「うわ……アラフォー男性が三角座りで泣き声を上げるのを見るのは、ちょっと堪えますね……」


 レティシアがドン引きしていた。無意識に声に出していたようだ。


「ロレッタさん、さすがに逃げすぎです。ちゃんと向かい合うべきですわ」


 近くで見ていたらしいロレッタに声をかけてくれる。


 やがて、おずおずとロレッタがやってきてくれた。隣には座ってくれないけれど。


「ロレッタ、ごめん……。おれが悪かった」


 するとロレッタは小首をかしげる。


「なにが? レオンはなにも悪くないよ」


「え? 今日、村に行かせたことで嫌ってるんじゃ……」


「き、嫌わない、よ。大変だった、けど……勉強できたから……」


「本当に? だったらなんで避けるのさ……」


 ロレッタはなぜか押し黙り、頬を紅く染めた。いつもはジッと見つめてくる赤い瞳が、今はそっぽを向いてしまっている。


 やっと口を開いてくれたと思ったら、よくわからないことを言い出した。


「だって……は、恥ずかしい……」


 ロレッタはそのままうつむいてしまう。けれど、瞳だけはチラッチラッとこちらを見ようとしてくれている。


「恥ずかしい? なにが?」


「わたしが」


「どうして?」


 問いかけると、いよいよロレッタはおれを正面から見据えた。瞳がうるうるしている。


「で、でも、わたし、えっちじゃないから……!」


「???」


 えっち? なぜ、ここでえっちの話?


「ごめん、ちょっと意味がわからない……」


「わ、わたし、レオンと友達じゃなかった……!」


 ガーン!


 どうにかロレッタの言葉を理解しようとしていたのに、全部すっ飛んでしまった。


 まるで魔王の全力パンチが直撃したときみたいな衝撃だ。


 さらに追い打ちが来る。


「わたしソファで寝るぅ。もうレオンと一緒には寝れないから……」


 ぐふっ!?


 なんで? 今まで倫理的な理由で、拒否したり止めさせようとしていたのに、本人の口から宣言されると、なぜこんなにもダメージが大きいのだろう?


 とにかく、もうダメだ……。


 グロッキー状態だ。回復薬ポーション霊薬エリクサーがあればがぶ飲みしたいところだが、たぶん、本当にがぶ飲みしても回復しないだろう。


 おれはふらふらと立ち上がって自分の部屋へ。唯一回復の見込みのある手段を取ることにする。


 すなわち就寝である。ふて寝とも言う。


「あははは……おれはもう寝るねー……。おやすみぃ〜」


 部屋のドアも閉める気力もなく、ベッドにそのまま倒れ込む。


「あ、お、おやすみ……」


 一応、まだ返事をしてくれるだけ、マシかもしれない。



   ◇



 しかし、いつもよりだいぶ早く床に入ったからか眠りが浅かったようだ。


 ちょっとした物音で意識が覚醒してしまう。眠気はあるので、気にせずそのまま目を瞑っていると、その物音は近づいてきた。足音だった。


 暗闇の中、遠慮がちに近づいてくる。これはロレッタか?


 今は眠いし、そもそも彼女と話せる気力がない。このまま寝てるふりだ。


「レオン……」


 呼びかけにも反応しないでおく。すると、安心したように息をついた。


「えっちじゃないよ。でも——」


 なにかが、唇に触れた。柔らかく、あたたかい感触。


「——好き。レオン、好きだよ」


 そして去っていく。


 その感触のせいで、おれの意識は一気に覚醒してしまった。


 え? キスされた? 唇に?


 夢? 幻覚? でも感触は本物だった……。


 わけもわからないまま、おれは一晩中悶々とすることになってしまったのだった。

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