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第28話 ついに気づいたね。それが愛だよ、愛!





 翌朝、おれが日課の剣の素振りをしていると、村長が訪ねてきた。


「この前の幽霊屋敷の件で、王都の方々が聞きたいことがあるとかでな。同席してもらいたいのだが、構わんかね?」


 かつてはここら一帯を治めていた領主の屋敷だ。その領主と家臣団がどのような最後を遂げたのか、調査して記録に残しておきたいのだろう。


 大した仕事ではない。おれは承諾した。


 が——。


「えぇ……レオン、今日いないの……?」


 朝食の席で、ロレッタは残念そうに声を上げた。


「うん。たぶん、夕方までかかると思う。ああいう仕事、結構細かいからさ」


「やだよぉ。今日も一緒にゴロゴロしようよぅ」


「ごめん。一緒がいいなら、ロレッタも来るって手もあるけど……」


「やだ。知らない人と会いたくない」


「だよね。じゃあ留守番してて。レティシアもいるしさ。レティシア、ロレッタのことよろしくね?」


「しょうがないですね……。私も今日はおじさまと積もる話がしたかったのですけれど……」


「それはまた今度かな? しばらく泊まっていくんでしょ?」


「よろしければ、そうさせていただきますわ」


「あれ? ねえ、ところで」


 ロレッタは村の方角に目を向けた。


「今日、なんだか人の声が多い気がする。どうしたのかな?」


 おれも耳を澄ませてみる。確かに、賑やかな様子だ。


「ああ、たぶん、王都から人が来てるからだね。御用達の行商も一緒なんじゃないかな。村のみんなが買い物してるんだよ、きっと」


「まあ、それなら私たちの予定も決まりですわ」


 レティシアがロレッタに笑いかける。ロレッタは力強く笑みを返す。


「うん。間違いない」


「お買い物に——」


「お家でゴロゴロ。絶対村に近づかない」


「なんでです!? 一緒に行きましょう、きっと楽しいですから!」


 迫るレティシアに、ロレッタは顔を青ざめさせる。


「や、やだ……っ。なんでわざわざ賑やかすぎる危険地帯に行くの……っ」


「危険なんてないですから」


「いやぁ……レオン助けてぇ……」


 しがみついてくるロレッタに、おれは頭をぽんぽんと撫でてやる。


「ロレッタ……。行っておいで。お小遣いあげるから」


「なんでぇ」


 人に慣れさせるいい訓練だと思うからだが、正直に言ったところでロレッタは動かないだろう。


 ならば嘘も方便だ。


「ほら、おれが例の幽霊屋敷の跡を見に行くからさ。大丈夫だと思うけど、万が一があったら、うちにまでお化けが出るかもだし……」


 ロレッタは震え上がった。


「うぅう、わかった。レティシアと行くぅ……」


 こうして、うきうきな様子のレティシアと、絶望に満ちた顔のロレッタは、連れ立って村に買い物に行ったのである。



   ◇



 ロレッタは、レティシアにしがみついて歩いていた。


 レオンほどの安心感はないが、それでもいないよりはマシだ。村人に話しかけられたら、彼女の影に隠れる。商人が現れたら、彼女を盾にする。


 レティシアに連れ回されていたが、買い物のなにが楽しいのかロレッタにはわからない。


 安息できないまま時が過ぎるが、ロレッタはふと目に飛び込んできた人物に希望を見出す。


「ベス、ベス……っ!」


 ロレッタの料理の師匠、酒場の看板娘のベスである。呼びかけると、ロレッタに気づいて笑顔で駆け寄ってきてくれた。


「お、意外。ロレッタちゃんが来るとは思わなかったなぁ」


「恐怖か苦痛かの二択で、こっちを選んだだけぇ……」


「さらに意外なのが、レオンさんと一緒じゃないことなんだけど。えーっと、初めまして。ロレッタちゃんのお友達?」


 ベスはレティシアに笑顔で話しかける。なんてすごい。初対面の人間に、なぜこんなに簡単に声をかけられるのだろう。


「ええ、レティシアと申します。レオンおじさまのお家に厄介になっておりますわ」


「おじさま? レオンさんの姪っ子さん?」


「いえ、父が友人でして。おじさまには、小さい頃からお世話になっていたのです」


「へぇえ。あたしはベス。そこの酒場——昼間は食堂だけど、両親と一緒にやってるんだ。よかったら今度食べに来てね」


「ええ、是非とも」


「レティシアちゃんもお買い物でしょ? よかったら一緒に回らない?」


「もちろん」


 もしかしてふたりとも特殊能力者なのだろうか? こんな短い会話で、もう一緒に買い物に行く仲になってしまった。異常事態だ。理解できない。


 でも、ベスが一緒なら心強い。なぜなら両手に盾だ。ダブルシールド。ふたりの間に挟まれば、危険は最小限。とてもありがたい。


 そう思っていたのに……。


「裏切られたぁ……」


「???」


 露店を巡るたびに、なぜか商人たちはロレッタに声をかけてくるのだ。


 ロレッタは知る由もないが、連れ立って歩く3人の中で中心におり、しかも際立って美少女なのだ。正面から見たら、ロレッタが一番目立つ。商人たちが声をかけてきて当然なのだ。


 しかも左右をベスとレティシアにホールドされており、逃げることもできない。


 そのまま数軒も連れ回されて、ロレッタはもうヘトヘトだった。半泣きだ。


 ふたりはやっと満足したのか、あるいは、ロレッタを気遣ってくれたのか、酒場に入って休ませてくれた。みんな買い物に行っているらしく、客は少なく、非常に落ち着く。本当に落ち着く。天国。


「はふぅ……」


 テーブルに突っ伏して、安息のため息。


「あはは、付き合ってくれてありがとね。ロレッタちゃん」


「ロレッタさん、本当に人が苦手だったのですね。ここまでとは思いませんでした」


「だよね〜。でも、レティシアちゃんは平気そうだね。来たばっかりでお友達になれたなんてすごいかも」


「それを言うならベスさんもです。この村にロレッタさんのお友達がいるなんて、思ってもいませんでした」


 楽しげに会話するふたりだが、ふとロレッタは首を傾げる。


「お友達……? わたし、ふたりとお友達なの?」


 するとベスは苦笑した。


「お友達だよ〜。今まで結構楽しくやってきたでしょ〜?」


「ええ、私も。昨日はいい勝負でした。特におじさまについては、大変共感できましたもの」


「そう……だったんだ」


 思い返してみれば確かに。


 ふたりともレオンほどではないが、話していて怖くない。むしろ、村の賑やかさの中、頼りにするくらいには嫌じゃない。いやむしろ、好きなほうだ。


「友達だったんだ。えへ……そうだったんだぁ」


 なんだか嬉しい。


 レオンだけだと思ってた友達が、あとふたりもいた。


 あれ? でも……?


 ふたりに対する気持ちと、レオンに対する気持ちは少し——いや、かなり違う気がする。


 ひとり、何度も首を傾げてしまう。


「どうしたの、ロレッタちゃん?」


「えっと……わかんない。わたし、ずっとレオンのこと友達だと思ってたけど……ふたりに思う気持ちと、なんか違う……。もっと、もっと好きな感じが、する……」


 レティシアは「まあ……」と目を丸くする。


 そしてベスはにやりと微笑んで、びっ、と親指を立てた。


「ついに気づいたね。それが愛だよ、愛!」

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