翌朝、おれが日課の剣の素振りをしていると、村長が訪ねてきた。
「この前の幽霊屋敷の件で、王都の方々が聞きたいことがあるとかでな。同席してもらいたいのだが、構わんかね?」
かつてはここら一帯を治めていた領主の屋敷だ。その領主と家臣団がどのような最後を遂げたのか、調査して記録に残しておきたいのだろう。
大した仕事ではない。おれは承諾した。
が——。
「えぇ……レオン、今日いないの……?」
朝食の席で、ロレッタは残念そうに声を上げた。
「うん。たぶん、夕方までかかると思う。ああいう仕事、結構細かいからさ」
「やだよぉ。今日も一緒にゴロゴロしようよぅ」
「ごめん。一緒がいいなら、ロレッタも来るって手もあるけど……」
「やだ。知らない人と会いたくない」
「だよね。じゃあ留守番してて。レティシアもいるしさ。レティシア、ロレッタのことよろしくね?」
「しょうがないですね……。私も今日はおじさまと積もる話がしたかったのですけれど……」
「それはまた今度かな? しばらく泊まっていくんでしょ?」
「よろしければ、そうさせていただきますわ」
「あれ? ねえ、ところで」
ロレッタは村の方角に目を向けた。
「今日、なんだか人の声が多い気がする。どうしたのかな?」
おれも耳を澄ませてみる。確かに、賑やかな様子だ。
「ああ、たぶん、王都から人が来てるからだね。御用達の行商も一緒なんじゃないかな。村のみんなが買い物してるんだよ、きっと」
「まあ、それなら私たちの予定も決まりですわ」
レティシアがロレッタに笑いかける。ロレッタは力強く笑みを返す。
「うん。間違いない」
「お買い物に——」
「お家でゴロゴロ。絶対村に近づかない」
「なんでです!? 一緒に行きましょう、きっと楽しいですから!」
迫るレティシアに、ロレッタは顔を青ざめさせる。
「や、やだ……っ。なんでわざわざ賑やかすぎる危険地帯に行くの……っ」
「危険なんてないですから」
「いやぁ……レオン助けてぇ……」
しがみついてくるロレッタに、おれは頭をぽんぽんと撫でてやる。
「ロレッタ……。行っておいで。お小遣いあげるから」
「なんでぇ」
人に慣れさせるいい訓練だと思うからだが、正直に言ったところでロレッタは動かないだろう。
ならば嘘も方便だ。
「ほら、おれが例の幽霊屋敷の跡を見に行くからさ。大丈夫だと思うけど、万が一があったら、うちにまでお化けが出るかもだし……」
ロレッタは震え上がった。
「うぅう、わかった。レティシアと行くぅ……」
こうして、うきうきな様子のレティシアと、絶望に満ちた顔のロレッタは、連れ立って村に買い物に行ったのである。
◇
ロレッタは、レティシアにしがみついて歩いていた。
レオンほどの安心感はないが、それでもいないよりはマシだ。村人に話しかけられたら、彼女の影に隠れる。商人が現れたら、彼女を盾にする。
レティシアに連れ回されていたが、買い物のなにが楽しいのかロレッタにはわからない。
安息できないまま時が過ぎるが、ロレッタはふと目に飛び込んできた人物に希望を見出す。
「ベス、ベス……っ!」
ロレッタの料理の師匠、酒場の看板娘のベスである。呼びかけると、ロレッタに気づいて笑顔で駆け寄ってきてくれた。
「お、意外。ロレッタちゃんが来るとは思わなかったなぁ」
「恐怖か苦痛かの二択で、こっちを選んだだけぇ……」
「さらに意外なのが、レオンさんと一緒じゃないことなんだけど。えーっと、初めまして。ロレッタちゃんのお友達?」
ベスはレティシアに笑顔で話しかける。なんてすごい。初対面の人間に、なぜこんなに簡単に声をかけられるのだろう。
「ええ、レティシアと申します。レオンおじさまのお家に厄介になっておりますわ」
「おじさま? レオンさんの姪っ子さん?」
「いえ、父が友人でして。おじさまには、小さい頃からお世話になっていたのです」
「へぇえ。あたしはベス。そこの酒場——昼間は食堂だけど、両親と一緒にやってるんだ。よかったら今度食べに来てね」
「ええ、是非とも」
「レティシアちゃんもお買い物でしょ? よかったら一緒に回らない?」
「もちろん」
もしかしてふたりとも特殊能力者なのだろうか? こんな短い会話で、もう一緒に買い物に行く仲になってしまった。異常事態だ。理解できない。
でも、ベスが一緒なら心強い。なぜなら両手に盾だ。ダブルシールド。ふたりの間に挟まれば、危険は最小限。とてもありがたい。
そう思っていたのに……。
「裏切られたぁ……」
「???」
露店を巡るたびに、なぜか商人たちはロレッタに声をかけてくるのだ。
ロレッタは知る由もないが、連れ立って歩く3人の中で中心におり、しかも際立って美少女なのだ。正面から見たら、ロレッタが一番目立つ。商人たちが声をかけてきて当然なのだ。
しかも左右をベスとレティシアにホールドされており、逃げることもできない。
そのまま数軒も連れ回されて、ロレッタはもうヘトヘトだった。半泣きだ。
ふたりはやっと満足したのか、あるいは、ロレッタを気遣ってくれたのか、酒場に入って休ませてくれた。みんな買い物に行っているらしく、客は少なく、非常に落ち着く。本当に落ち着く。天国。
「はふぅ……」
テーブルに突っ伏して、安息のため息。
「あはは、付き合ってくれてありがとね。ロレッタちゃん」
「ロレッタさん、本当に人が苦手だったのですね。ここまでとは思いませんでした」
「だよね〜。でも、レティシアちゃんは平気そうだね。来たばっかりでお友達になれたなんてすごいかも」
「それを言うならベスさんもです。この村にロレッタさんのお友達がいるなんて、思ってもいませんでした」
楽しげに会話するふたりだが、ふとロレッタは首を傾げる。
「お友達……? わたし、ふたりとお友達なの?」
するとベスは苦笑した。
「お友達だよ〜。今まで結構楽しくやってきたでしょ〜?」
「ええ、私も。昨日はいい勝負でした。特におじさまについては、大変共感できましたもの」
「そう……だったんだ」
思い返してみれば確かに。
ふたりともレオンほどではないが、話していて怖くない。むしろ、村の賑やかさの中、頼りにするくらいには嫌じゃない。いやむしろ、好きなほうだ。
「友達だったんだ。えへ……そうだったんだぁ」
なんだか嬉しい。
レオンだけだと思ってた友達が、あとふたりもいた。
あれ? でも……?
ふたりに対する気持ちと、レオンに対する気持ちは少し——いや、かなり違う気がする。
ひとり、何度も首を傾げてしまう。
「どうしたの、ロレッタちゃん?」
「えっと……わかんない。わたし、ずっとレオンのこと友達だと思ってたけど……ふたりに思う気持ちと、なんか違う……。もっと、もっと好きな感じが、する……」
レティシアは「まあ……」と目を丸くする。
そしてベスはにやりと微笑んで、びっ、と親指を立てた。
「ついに気づいたね。それが愛だよ、愛!」