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第27話 キスしていい?





「キスって、なあに?」


 レティシアの仕掛けた勝負で有耶無耶になったと思っていたのに、ロレッタは覚えていたらしい。


「えっと……レティシア、よろしく」


「ええっ、私がですか?」


「おれが説明したら、なんか、して欲しいみたいじゃん!」


「してもらえばいいではないですか! 負けヒロインの目の前で、存分にイチャつけばいいではないですかぁ!」


「ムキにならないでよ。本当に困ってるんだから」


 とかやっていると、ロレッタが頬を膨らませて唇を尖らせた。


「ふたりとも、いじわるしてる? 教えてくれないの?」


「頼むよ、レティシア……」


 レティシアに頭を下げる。大きくため息をついて、レティシアはロレッタに向き直る。


「ロレッタさん、キスというのは、大切な人との特別な触れ合いで、相手に愛や思いやりを伝える行為なのです」


「ふぅん、いいことなんだね」


「ええ、とても」


「どうやるの?」


「それは……自分の唇を、相手の頬や手や、唇につけるのです」


「簡単だね。どこでもいいの?」


「キスをする位置によって、意味が変わってきますので、相手や状況で変える方もいます」


「どこが、どんな意味?」


「まず頬は——」


 ロレッタは、ひとしきりレティシアから説明を受けて、満足したようだ。


 一方のレティシアは疲れ切っていたが。


「なんで私、負かされた相手にレクチャーしてるんでしょう……。おじさまとするに決まっていますのに……」


 恨めしそうに見つめられてしまう。


「なのに頑張ってくれてありがとう。助かったよ」


 頭を撫でてあげる。ふん、とそっぽを向かれてしまうが、拒絶はしない。


 ロレッタは教わった内容を反芻するように、目をつむり、うんうん、と小さく何度も頷く。


 それから目を開けて、赤い瞳でおれをジィっと見つめた。


「じゃあ、レオン。キスしていい?」


 そう来るんじゃないかと身構えていたが、いざ本当に来ると、胸が急に高鳴ってしまう。


 吸い込まれそうな綺麗な赤い瞳から、つい目を逸らしてしまう。


「えっと……」


「嫌じゃないって、さっき言ってたよね? わたしの気持ち、受け取って」


「ああ、その……」


「すればいいではないですか」


 おれとロレッタの横で、レティシアは、ぶすーっとジト目を向けてくる。


「キスして、負けヒロインにわからせればいいではないですか」


 完全にやさぐれちゃってるよ……。あとでなんとかフォローしとかないと。


 と、レティシアに気を取られている間に、ロレッタはおれの眼前にまで顔を近づけてきていた。もう唇が触れてしまう。


 おれは覚悟して、目をつむる。息を止め、ロレッタの唇を迎えるべく、こちらの唇を少しだけ前に——。


 ちゅっ、と柔らかく触れられたのは、おれの額だった。


 ……この突き出したおれの唇はなんとする?


 目を開けると、ロレッタの唇が離れていくところだった。


 レティシアはおれの間抜けづらを見て、笑いを堪えている。


 そんなことは気にも留めず、ロレッタは嬉しそうに微笑む。


「額へのキスは友情を示す。わたしたちに、ぴったり」


「あ、う、うん……そうだね」


 笑って答えつつも、内心がっかりしている自分に気づく。


 がっかりしてるってことは、つまりおれは……。


「じゃあレオンもして。わたしにキス」


「ああ、いいよ」


 どうしても形の良い柔らかな唇に目を奪われてしまうが、おれはロレッタの額にキスをお返しする。


 ロレッタはますます嬉しそうだ。


 レティシアは「はぁああー……」と、わざとらしく大きく長いため息をついた。


「先ほどの様子で、おじさまのお気持ちはよぉくわかりましたし、どうやら私はお邪魔だったみたいですので、さっさと帰ったほうが良さそうですね」


「いや、邪魔ってことはないんだけど……」


「本当ですか?」


「本当だよ。なんか複雑なことになっちゃったけど、大切な友達の娘だからね。久しぶりにあえて嬉しいと思ってる」


「やっぱりお優しいですね。今はそれが妙に腹立たしいですが、それでこそレオンおじさまです!」


「ごめんて」


「許してほしかったら、泊めてください。私、ここで暮らす気で来たので、宿の手配をしていないのです」


「わかった。いいよね、ロレッタ?」


「……うん。平気」


 勝負をしたお陰か、ロレッタはレティシアにはあまり苦手意識がないようだ。


「じゃあ、レティシアはおれの部屋のベッドを使うといいよ。おれはソファで寝るから」


「あら、あそこの部屋は客間ではないのですか?」


 レティシアは不思議そうに、おれたちの寝室の隣にある小さい部屋を指差す。


「ああ、あそこは物置部屋なんだ。ベッドがあるのは、おれとロレッタの部屋だけ」


「そうだったのですね。すみません、そういうことなら私がソファに……」


「いやいやお客さんなんだから、そこは遠慮しなくていいよ」


「いいえ、自分で言うのもなんですが、急に押しかけたのは私です。私がソファで……」


 そこにロレッタが割って入る。


「ふたりとも、ソファ使わなくていいよ。わたしにいい考えがある」


 おれとレティシアは揃ってロレッタを見やる。自信満々の笑みだ。


「わたしのベッドをレティシアが使えばいいよ」


「それではロレッタさんはどうするのです? 私、ロレッタさんをソファに追いやりたくはありませんよ」


「心配いらない。わたしはレオンと一緒のベッドで寝るから。いつもみたいに」


 微妙な顔をして、レティシアはこちらを振り向いた。


「……これ、あてつけです? もしかして私、煽られてます?」


 おれはなにも言えず、ただ首を横に振った。

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