「キスって、なあに?」
レティシアの仕掛けた勝負で有耶無耶になったと思っていたのに、ロレッタは覚えていたらしい。
「えっと……レティシア、よろしく」
「ええっ、私がですか?」
「おれが説明したら、なんか、して欲しいみたいじゃん!」
「してもらえばいいではないですか! 負けヒロインの目の前で、存分にイチャつけばいいではないですかぁ!」
「ムキにならないでよ。本当に困ってるんだから」
とかやっていると、ロレッタが頬を膨らませて唇を尖らせた。
「ふたりとも、いじわるしてる? 教えてくれないの?」
「頼むよ、レティシア……」
レティシアに頭を下げる。大きくため息をついて、レティシアはロレッタに向き直る。
「ロレッタさん、キスというのは、大切な人との特別な触れ合いで、相手に愛や思いやりを伝える行為なのです」
「ふぅん、いいことなんだね」
「ええ、とても」
「どうやるの?」
「それは……自分の唇を、相手の頬や手や、唇につけるのです」
「簡単だね。どこでもいいの?」
「キスをする位置によって、意味が変わってきますので、相手や状況で変える方もいます」
「どこが、どんな意味?」
「まず頬は——」
ロレッタは、ひとしきりレティシアから説明を受けて、満足したようだ。
一方のレティシアは疲れ切っていたが。
「なんで私、負かされた相手にレクチャーしてるんでしょう……。おじさまとするに決まっていますのに……」
恨めしそうに見つめられてしまう。
「なのに頑張ってくれてありがとう。助かったよ」
頭を撫でてあげる。ふん、とそっぽを向かれてしまうが、拒絶はしない。
ロレッタは教わった内容を反芻するように、目をつむり、うんうん、と小さく何度も頷く。
それから目を開けて、赤い瞳でおれをジィっと見つめた。
「じゃあ、レオン。キスしていい?」
そう来るんじゃないかと身構えていたが、いざ本当に来ると、胸が急に高鳴ってしまう。
吸い込まれそうな綺麗な赤い瞳から、つい目を逸らしてしまう。
「えっと……」
「嫌じゃないって、さっき言ってたよね? わたしの気持ち、受け取って」
「ああ、その……」
「すればいいではないですか」
おれとロレッタの横で、レティシアは、ぶすーっとジト目を向けてくる。
「キスして、負けヒロインにわからせればいいではないですか」
完全にやさぐれちゃってるよ……。あとでなんとかフォローしとかないと。
と、レティシアに気を取られている間に、ロレッタはおれの眼前にまで顔を近づけてきていた。もう唇が触れてしまう。
おれは覚悟して、目をつむる。息を止め、ロレッタの唇を迎えるべく、こちらの唇を少しだけ前に——。
ちゅっ、と柔らかく触れられたのは、おれの額だった。
……この突き出したおれの唇はなんとする?
目を開けると、ロレッタの唇が離れていくところだった。
レティシアはおれの間抜け
そんなことは気にも留めず、ロレッタは嬉しそうに微笑む。
「額へのキスは友情を示す。わたしたちに、ぴったり」
「あ、う、うん……そうだね」
笑って答えつつも、内心がっかりしている自分に気づく。
がっかりしてるってことは、つまりおれは……。
「じゃあレオンもして。わたしにキス」
「ああ、いいよ」
どうしても形の良い柔らかな唇に目を奪われてしまうが、おれはロレッタの額にキスをお返しする。
ロレッタはますます嬉しそうだ。
レティシアは「はぁああー……」と、わざとらしく大きく長いため息をついた。
「先ほどの様子で、おじさまのお気持ちはよぉくわかりましたし、どうやら私はお邪魔だったみたいですので、さっさと帰ったほうが良さそうですね」
「いや、邪魔ってことはないんだけど……」
「本当ですか?」
「本当だよ。なんか複雑なことになっちゃったけど、大切な友達の娘だからね。久しぶりにあえて嬉しいと思ってる」
「やっぱりお優しいですね。今はそれが妙に腹立たしいですが、それでこそレオンおじさまです!」
「ごめんて」
「許してほしかったら、泊めてください。私、ここで暮らす気で来たので、宿の手配をしていないのです」
「わかった。いいよね、ロレッタ?」
「……うん。平気」
勝負をしたお陰か、ロレッタはレティシアにはあまり苦手意識がないようだ。
「じゃあ、レティシアはおれの部屋のベッドを使うといいよ。おれはソファで寝るから」
「あら、あそこの部屋は客間ではないのですか?」
レティシアは不思議そうに、おれたちの寝室の隣にある小さい部屋を指差す。
「ああ、あそこは物置部屋なんだ。ベッドがあるのは、おれとロレッタの部屋だけ」
「そうだったのですね。すみません、そういうことなら私がソファに……」
「いやいやお客さんなんだから、そこは遠慮しなくていいよ」
「いいえ、自分で言うのもなんですが、急に押しかけたのは私です。私がソファで……」
そこにロレッタが割って入る。
「ふたりとも、ソファ使わなくていいよ。わたしにいい考えがある」
おれとレティシアは揃ってロレッタを見やる。自信満々の笑みだ。
「わたしのベッドをレティシアが使えばいいよ」
「それではロレッタさんはどうするのです? 私、ロレッタさんをソファに追いやりたくはありませんよ」
「心配いらない。わたしはレオンと一緒のベッドで寝るから。いつもみたいに」
微妙な顔をして、レティシアはこちらを振り向いた。
「……これ、あてつけです? もしかして私、煽られてます?」
おれはなにも言えず、ただ首を横に振った。