「おれが一緒に暮らしたいのは、ロレッタのほうかな」
それを聞いてロレッタは嬉しそうに微笑み、レティシアはうなだれてしまう。
「おじさまは、そんなにもロレッタさんのことを」
「いやまあ、ロレッタは放っておけないっていうか……、もうそこそこ一緒に暮らしてるから気が楽だっていうか……」
「そういう理由なら、私だって一緒に暮らして慣れていただければ……!」
なおも食い下がるレティシアに、おれは首を横に振ってみせる。
「それにね、レティシア。おれと一緒になったって、いいことなんてないよ?」
「一緒になれること自体がいいことです」
「そうでもないさ。歳の差がある。世代差と言ってもいい。話題や考え方、育った環境も違う。たまに会うくらいなら気にならないだろうけど、毎日一緒となると、嫌でも目立つと思う」
「そんなこと……」
「君は若いし可愛いんだからさ。同じ年頃の男の子と付き合うのが、一番いいと思うよ」
「そうは思えません。同じ年頃の男性なんて、みんなバカで、すぐ調子に乗って、格好ばかり一人前で中身は子供で……全然魅力的じゃないんですもの! その点、おじさまは物静かで、思慮深くて、見た目も中身も格好いい、大変魅力的なお方ですから!」
「それは君がまだ魅力的な子に出会えてないだけだと思うなぁ。それに、若い子には未来がある。成長していい男になるかもしれないし、素晴らしい実績を上げるかもしれない。ろくな実績のないまま引退したおれなんかを選んじゃダメだよ」
「……はい?」
「だから未来ある若い男の子と——」
「いえ、そこではなく。おじさまったら、ご自分をそんな風に思っていましたの?」
ため息をつかれてしまう。
「おじさまは、ものすごいことを成し遂げたのですよ?」
「勇者として?」
「はい、勇者として」
おれは首をひねるしかない。ちらりとロレッタを見やる。
「20年間も挑み続けて、魔王を倒せずに終わった勇者だけど……」
「そこがすごいところなんです!」
「え、どこが?」
「20年間挑み続けたことが、です」
「いやいやいや、20年間負け続けたんだよ、おれ?」
「その代わり、魔族最強戦力である魔王を、魔王城に20年間も釘付けにしたのです」
「それ実績かなぁ?」
「物凄いことですよ。それまでは、各地の戦場に魔王が現れて軍を蹴散らしていたそうなのです。けれど、おじさまが魔王を釘付けにするようになってからは、各地で安心して戦えていたとか。これで人間側は、かなり有利になったと聞きますわ」
……知らなかった。
目の前の魔王を倒すことにばかり躍起になっていて、他の戦場のことはまったく気にしていなかった。
「マジで?」
レティシアに聞くふりをしつつ、ロレッタに目で問いかける。
ロレッタは小首をかしげる。彼女も、おれと戦うことに集中していて軍のことは把握できていなかったのかもしれない。
だとすれば、やはり軍を掌握し、動かしているのはロレッタではない別の者だ。
「本当です。国も、おじさまが戦い続けられるようにと、かなりの援助をしていたと聞いていますよ」
「……その割には貯金あんまりないけど」
「あんな高価な
「あはは……命や時間には代えられなかったから」
「その年齢でその若さも、薬の影響かもしれませんね……。まあ、お国もおじさまの命にそれだけの価値を見出していたということなのでしょうけど」
「最後には引退させられちゃったけど……。もしかして金食い虫だったからかな?」
「それもあるかもしれませんが、あまりにも酷使しすぎだという批判もあったと聞きます。毎度毎度、傷を負っては薬で蘇って、またすぐ戦いに行く……。それを20年間だなんて、確かに常軌を逸していますから」
「おれの意志でやってたことなんだけどな……」
「それはとにかく——」
レティシアは話を戻す。
「そういうわけなので、おじさまは実績も抜群のナイスガイなのです! 私が憧れたって、なにもおかしくないと思います!」
「だからって結婚を迫るのは違うと思うんだよなぁ……」
「どうしてそんなに渋るのです? やはりロレッタさんが……」
「ロレッタは関係ないよ。レティシア、おれは年上への憧れと、恋愛感情は違うと思ってる」
「私が、ただ憧れているだけだと仰るのですか?」
「ろくな恋愛経験もないおれが言っても説得力はないかもしれないけど、おれにはそう見える。おれにだって、小さい頃に近所のお姉さんに憧れた覚えはあるからね。今思い返すと、あれは恋とは違ってたと思う」
「ですが私は——」
「絶対に恋だと確信できる?」
「——それは……はい」
肯定したが、答えるまでに迷いがあったのをおれは見逃さない。
「それが迷いなく答えられる日が来たら、君との関係を改めて考えさせてもらうよ。だから今は、君のためにも保留にしよう」
「……ずるいです。そうやって、また未来に丸投げなんて。私、10年も待ちましたのに……」
「ごめんね」
視線を落とし、しかしなんとか納得しようと、レティシアは悲しみを飲み込もうとする。
「でも……そうですね。私に勝ったロレッタさんがいらっしゃるなら、そう答えるのも仕方ないですよね……。仕方な——いや、おかしくないですか?」
飲み込みきれなかったらしく、不満たっぷりの顔で迫ってくる。
「ロレッタさんだって、私と同じくらいの歳ですよね!? なのに私は歳の差を理由に保留で、ロレッタさんとは一緒に暮らしたいって、矛盾してませんか!?」
「お、落ち着いてレティシア。そこは、ちゃんと話せばわかるから」
「ほぉお〜、話せばわかるのでしたら、是非とも話してください」
目が据わっている。う〜む、最初に話しておくべきだったか。
「実はロレッタは、君どころか、おれより歳上なんだ」
「はい?」
信じられないといった様子でロレッタに目を向ける。
ロレッタはなぜかドヤ顔。
「うん。おねーさんだよ」
「いや嘘ですよね? とてもそんな風には見えな——はっ?」
続いておれの顔をまじまじと見やる。それから小声で、なにか呟き始める。
「おじさまが薬の影響でこれだけ若いなら、他にも同様の事例が……? 確かに、あそこまで極めた剣術、10年そこらで身につくものとはとても……」
やがてレティシアは釈然としない顔を浮かべながらも頷く。
「な、納得します」
おれはほっとして小さくため息。
「わかってくれて良かった」
「どちらにせよ、私は負けましたから……。負けヒロインは、出直すべきなのでしょうね……」
肩を落とすレティシアだが、それを聞いて思い出したようにロレッタが顔を上げた。
「ところで、わたし勝ったんだし、そろそろ教えてくれてもいいと思う」
「うん? なにを?」
「キスって、なあに?」