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第25話 勝ったよ。ナデナデして?





「うぅう、うぇええ……っ! うえぇええん!」


 レティシアは剣を握り締めたまま、いよいよ泣き出してしまった。


 まあ、最強の魔族であるロレッタに剣術勝負を挑めば、手加減されていてもこうなるのは必然だ。


 ロレッタは決して、レティシアを傷つけていない。相手の攻撃を避け、あるいは受け流し、反撃の際には木剣で優しく触れるのみ。それをもう何十回も繰り返している。


 圧倒的な実力差は、レティシアも思い知ったことだろう。


 けれども、まだ心までは折れていない。


「ふぇえん! えん! うわぁああん!」


 泣き声そのままの掛け声と共に、ロレッタに打ち込みに行く。また避けられ、反撃を受ける。それでもまだ立ち向かう。


 勢い余って転び、それでようやく動きが止まった。


「ひぐっ、うぐっ! わ、私、頑張ってきたのにぃ……! 憧れのおじさまみたいになりたくて、その一心で……。なのに、どうして……っ」


「わたしだって、レオンに負けたくなくて、剣を交えるたびに特訓してたもん」


「私の想いは……こんなにも弱いものだったのですか……」


 レティシアの動きは決して悪くない。現役の勇者パーティにも遅れは取らないという自己評価は、正確なものだろう。下手すると同じ年の頃の彼女の父親より強いかもしれない。


 相当な鍛錬を積んできたのだろう。そして、その原動力が憧れだったというのなら、その想いは決して弱いものではない。本物だ。


 ロレッタもそれが分かっているのだろう。声が優しげだ。


「レティシア、降参する?」


 一方的に勝利を宣言してもいいくらいの実力差なのに、あえて聞いてみせる。


 レティシアは一瞬弱気な目を見せるが、しかし己を奮起させるように首を大きく左右に振った。


「いいえ、まだ……まだ負けてません。何度でも……勝つまで立ち上がります!」


 その言葉通り立ち上がり、木剣を構える。


 そんなレティシアに、ロレッタは微笑んだ。


「じゃあ、わたしが降参。レティシアの勝ち」


「へっ?」


 レティシアはきょとんと目を丸くして木剣を落としてしまう。


「な、な、なぜです?」


「だって、これは強さの勝負じゃないんだよね? 気持ちの勝負。レオンのために強くなったのは同じだけど……わたしはずっと勝ってたから。自分より強い相手に、負け続けても向かっていく気持ち、わたしにあるのかわかんないから」


「勝ちを、譲られた気がします……」


「そうかも。でも、何度でも向かってくるレティシア……レオンみたいだったよ。格好良かった」


「私が……おじさまみたい……?」


 すると一旦は引っ込んでいた涙が、またぶわっと湧いてくる。


「うぅう〜っ、おじさまぁ! 私、勝てましたぁ……っ。おじさまに近づけましたぁ!」


 勢いよく抱きついてくるのを、しっかりと受け止めてあげる。


「うん……。よく頑張ったね。それに、よくここまで強くなった。すごいことだよ。誇っていい」


 約束通り、頭を撫でてあげる。


「もっとナデナデしてくださいぃ〜っ」


「よしよし。大きくなっても、こういうところは変わらないね」


「わたしも。よしよし、レティシア頑張った」


 ロレッタもやってきて、一緒にレティシアの頭を撫で始める。


 すんすんっ、とレティシアは鼻を鳴らす。


「あ、ありがとうございます……。でもあの……っ、全然、勝った気がしません……!」



   ◇



「では……3本勝負の最後の対決です!」


「うん、これで決着」


 レティシアが落ち着いてから、ふたりはテーブルで向き合っていた。


 顔を洗ってきたレティシアだが、まだ目元は赤い。けれどその青い瞳には闘志が燃えている。


 ロレッタも勝負は好きと言っていたとおり、3本目の勝負にもつれ込んだこの状況を楽しんでいるようだ。


「私は間違っていました。料理とか剣術とか、技術が絡む勝負では愛情の大きさを正確にはかれません。なのでストレートな勝負にしましょう」


「うん、どんなの?」


「レオンおじさまの好きなところを、より多く挙げられたほうが勝ちというのはいかがでしょう?」


「いいよ。わたし、レオンの好きなところいっぱいある」


「私だってそうです。では私から、穏やかで優しいところ」


「じゃあ……わたしと互角に戦えるところ」


「30代後半なのに若々しくって格好いいところ」


「手が大きくてあったかいところ」


「あっ、それわかります。あの手で撫でられると、気持ちいいですよね」


「うん……撫でられるの、好き」


「では私も。頭を撫でてくれるところ」


 次々に挙げていく両者だが……。


 これ、聞かされてるおれはどう反応すればいいんだろう?


 ふたりの美少女に好きなところを列挙され続けるって、嬉しいやら恥ずかしいやら、いたたまれないやら。


 というか、おれがいる必要ないよね? 村の酒場にでも避難を……。


 そう思って、席を立とうとしたら、ふたり同時に睨まれた。


「レオン、ここにいて」


「おじさまは、いてください」


 逃げられない……。


 これ、どっちが勝ったとしても、ダメージが一番大きいのはおれだよなぁ……。


 この勝負は、1時間経ってもまだ続いていた。



   ◇



「剣を構えたとき、一瞬で周囲の様子を確認する目つき」


「むむっ、そう来ましたか。では……上段に構えたときにちらりと見える腹筋が——」


「それもう言った」


「ぬっ。では、相手に踏み込んだときに一瞬体が沈み込むポーズが——」


「それも言った」


「うぅっ。で、では、技とか魔法の名前には興味ないのに、愛剣には名前をつけるところが——」


「残念。それも言ってたよ。3回ミス。レティシアの負け」


「あぁああ〜、悔しいぃ、負けましたぁあ!」


 叫びとともにレティシアはテーブルに突っ伏した。


 もはや暗記ゲームの様子だったが、ロレッタが勝利したようだ。


 ほっとひと息。これでやっと解放される。


 ロレッタがにっこりと笑いかけてくる。


「レオン、勝ったよ。ナデナデして?」


「ああ、うん。おめでとうロレッタ……」


 言われた通り、頭を撫でてあげる。


「なんか疲れてる?」


「まあ……ね。でも勝ちは勝ち。頑張ったねロレッタ」


「うん、わたし負けない」


 その瞬間、ガバッとレティシアが顔を上げた。


「いいえ、それは真の勝利ではありません! こういうことは、おじさまがどちらを好きかということのほうが大事なのです! おじさまに選ばれてこその勝利です!」


 また負け惜しみで、ルール変更しちゃったよ……。


「というかレティシア、それ勝負の前におれが言わなかったっけ?」


「いいえ、聞いておりませんよ?」


 レティシアは涼やかにスルー。いい性格してるよ。ここは父親似かも。


「ではレオンおじさま、お聞かせください。私とロレッタさん、どちらのほうがお好きですか?」


「それ答えなきゃダメ?」


「ダメです」


 見ればロレッタも期待に満ちた目で見つめてきている。


 ちょっとため息。


「じゃあ……結婚とか抜きにして、どちらと一緒に暮らしたいかで答えるけど……それでいい?」


「はい」


 レティシアの返事に、ロレッタも頷きを重ねる。


 おれはひと呼吸おいてから、その名前を告げた。

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