「勝負? どういう勝負?」
ロレッタは興味ありげにレティシアに聞き返す。
レティシアは、不敵な笑みを浮かべる。
「うふふっ、乗り気ですね。では、どれほどの愛情を持っているか、料理で示してみましょう」
「つまり、料理勝負?」
「そうです。おじさまへの愛情を込めた料理をお出しするのです。おじさまは、どちらがより深い愛があったか、審査していただきますわ!」
ノリノリで話を進めるレティシアだが、おれは苦笑してツッコまざるを得ない。
「レティシア、こういうときって、どちらがおれを好きかよりも、おれがどちらを好きなのかのほうが大事じゃないのかな?」
レティシアはこちらに向けて、にこりと笑顔。そして無言。
あ、スルーする気だ。あくまで自分の気持ちが大事か……。
一方のロレッタは、なぜか胸を張った。こちらも不敵な笑み。
「大丈夫、レオン。わたし、勝負は結構好き。負けるのは嫌い。勝つよ」
「いやべつに勝ち負けの心配をしてるわけじゃないんだけど……」
しかしロレッタ、勝負事になると人見知りが引っ込むのか。意外な発見。
ふたりはノリノリでキッチンへ歩いていく。
「ではキッチンをお借りします。おじさまは、そのまま待っていてくださいね!」
「しょうがないな……」
意味のある勝負じゃないと思うけれど、ここで止めても消化不良だろう。どんな結果になるにせよ、最後までやらせてみよう。
待つこと数十分。
「できました、おじさまの好物です!」
先攻はレティシアだった。持ってきたのは魚料理。白身魚のソテー、チーズ乗せだ。
「おお、これは久々……」
元パーティメンバー、戦士バロンが冒険の旅の途中、よく作ってくれた料理だ。淡白な白身魚を包む香草とチーズの風味がたまらない。
「おじさまに作って差し上げようと思って、色々持ってきていたのですよ。さすがに魚は現地調達ですけれど、いい味に仕上がっていると思います。どうぞ召し上がってください」
「うん、いただきます」
ひと口食べて、その味に感心する。
「美味しい。すごいな、バロンが作ってくれたのよりよく出来てる」
「はいっ。おじさまが喜ぶお顔が見たくて、練習してきたのですよ」
と、そこにロレッタがやってきて、食事中のおれをジィ〜っと見つめる。
「レオン、それが好きなんだ……。レティシア、あとで作り方教えて」
「いいですけど、うふふっ、敵に教えを請うなんて、よほど自信がないのです? この勝負、私が勝ったも同然ですね」
「それはどうかなぁ」
自信満々なロレッタだ。しかし手ぶらだ。
「ロレッタ、君の料理は?」
「わたしのはすぐできるから。うん、今から作るね」
そう言ってキッチンに消えて数分。ロレッタが持ってきたのは、シンプルな目玉焼きだった。
ひと目見て、レティシアは勝ち誇る。
「これはやはり、勝負あったようですねっ」
おれもロレッタが目玉焼きを持ってきたのは意外だった。
「どうしてこれなんだい? 今の君なら、もっと色々、難しい料理も作れるだろうに」
「だってこれが一番、わたしの好きが詰まってるから」
ロレッタは柔らかな微笑みと共にそう言った。
「わたしと一緒に暮らしてくれるレオンにお礼がしたくて……でも、わたしにはなんにもできなくて……。なにか人に教わりたくても、お外は苦手だし……。だけど、そのままじゃダメだって思って、頑張るって決めて……危険な道を越えて、難関をくぐり抜けて、やっと覚えた料理……。レオンが美味しいって言ってくれた、最初の料理なんだよ」
「ロレッタ……」
「レオン、食べて。わたしの好きが、いっぱい詰まってるから」
「美味しい! ロレッタの勝ち!」
おれは目玉焼きをひと口で飲み込み、宣言した。
「そ、そんな……ッ!」
レティシアは、がくり、と肩を落とす。
「うぅ……料理の出来としては負けていませんが、これは愛情の勝負っ! 今の話を聞いたら、納得せざるを得ません……!」
一方のロレッタは、小首をかしげてにっこり。ちょっと誇らしげ。
「わたしの勝ちぃ」
「うん、おめでとう」
おれはいつもの調子でロレッタの頭を撫でてあげる。ロレッタは嬉しそうに目を細める。
それを見たレティシアは、突如奇声を上げた。
「さ、さんぼんしょぉおおぶ!」
どうやら『3本勝負』と言ったらしい。
「こういうときは、3本勝負が基本です! まだまだ1本取られただけですから! まだ決着はついていませんから!」
おっと。負けを惜しんでルールを追加したぞ。いいのかな?
ちらり、とロレッタを見ると、王者の風格で頷いてみせた。
「受けて立つ。負けない」
「いいえ、次こそ勝ってみせます! 見ていてください、おじさま! あなたに勝利を捧げます! そして、その……」
急にモジモジして赤面する。
「勝てましたら、私にも、その、ナデナデを……」
もしかして羨ましかったのかな?
「うん、いいけど」
「約束ですからね! ではロレッタさん、次の勝負です!」
気合の入った様子のレティシアに、両手を胸元で握ってやる気満々のロレッタ。
果たして次の勝負は?
「剣術勝負でいかがでしょう!?」
あっ。
「私、おじさまに近づくため、父に習って一生懸命鍛えてきたのです。もはや道場で私に敵う者はありません。現役の勇者パーティにだって遅れは取らないはずです。それもこれも、おじさまへの想いがあってこそ。その愛を込めて剣を振るいます!」
「あー……レティシア、それはやめたほうが……」
「ロレッタさんが剣も扱えない、か弱い女性だからですか? でしたら、私の不戦勝ということで! これは愛情の勝負ですから! 相手のために努力できるかどうかですから!」
レティシアも、なりふり構わなくなってきたなぁ……。
それに対し、ロレッタは余裕の笑みだ。
「剣なら使えるよ。この勝負、受ける」
「では表に出ましょう」
ふたり連れ立って外に出てしまう。おれは慌てて追いかける。
「レティシア、悪いことは言わない。本当にやめたほうがいい」
「そんなにロレッタさんが心配なら、止めて差し上げればいいのです」
あー、これはダメだ。自分が優勢だと思ってる。
仕方なく、おれはロレッタに小声で告げる。
「手加減してあげてね」
「うん、わかってる。でも」
ちょっとだけ魔王っぽい顔になった。
「挑戦者は叩き潰す、よ」