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第23話 キスってなに? 教えて。キスしよ?





「えっと……ロレッタ、おいで」


 レティシアの視線が痛いほど突き刺さっている中、おれはロレッタに手招きした。


 おずおずとやってきて、おれの背中に隠れてしまう。


「ほら、自己紹介」


「……ロレッタ、です」


 レティシアはロレッタを値踏みするように視線を這わせる。


「私はレティシアです。えっと、ロレッタさんは、レオンおじさまとはどういう関係です?」


「お、お友達……。一緒に暮らしてる」


「い——っ! 一緒に、暮らして……? おじさま!?」


「うん、同居してる」


 レティシアは愕然として数歩後ろに下がる。


「そんな、すでに、私以外と、け、結婚を……!? ん? あれ? でもお友達……?」


 何度も首をひねる。


「どういうことです?」


「もともと長い付き合いの子でね。家出してきちゃったらしいから、保護してるの」


「なんだ……そういうことでしたか……。って、不健全ではないのですか? こんな年頃の可愛い女の子とひとつ屋根の下なんて」


 不健全と言われてしまうと、まあ、同じベッドで寝たり、体を洗い合ったり、裸を見られたり、否定できない材料がたくさん出てきてしまうのは事実だ。でも……。


「急に押しかけて、結婚を迫ってくる18歳の女の子は不健全じゃないのかな?」


「不健全じゃありません。だって純愛ですから!」


「そうかなぁ……」


「とにかく、ロレッタさんがただのお友達なら、私との結婚を断る理由にはなりませんよね?」


 レティシアはおれの腕を取り、その身を絡ませてくる。


 かと思うと、その反対側からロレッタに引っ張られた。


「だめ。レオンは、渡さない……」


 その声と仕草に、どきりと胸が高鳴る。


「連れて行かれたら、わたし、もう行くアテない……」


 あ、そういう意味ね。うん。びっくりするなぁ。


「連れてなんて行きませんわ。私、おじさまと結婚してここに住むつもりで来ていますものっ」


「そうなんだ。じゃあ、わたしも一緒にいていいなら、いいよ」


 パッと手を離される。


 なんだろう、地味にショックなんだけど。


「ふふっ、やっぱり障害にはなりませんでしたね」


 レティシアは嬉しそうに、ますます体を密着させてくる。


 ロレッタはそれを見て、なぜか不機嫌そうに、またおれの腕を引っ張った。レティシアがバランスを崩す。


「なんですか? いいのではなかったのです?」


「……わかんない。でも、なんだかレオンがレティシアのものになるのは、嫌だなって……」


 言ってから、ロレッタはゆっくりと小首をかしげる。


「ところで結婚って、なにすること?」


「それも知らずに反対するのですか?」


「知ってるけど、なんか、レティシアが言ってるのと違う気がして……。結婚すると、相手の所有物になって、家に連れて行かれて、もう二度と戻ってこれないんだよね? それで戦いは収められるけど」


 おれとレティシアは顔を見合わせる。


 たぶん、ロレッタが言っているのは政略結婚ではなかろうか。それはそれで正しいのだが、本来の結婚の概念が抜け落ちてしまっている。


 レティシアもそれを察したのか、おれから離れてロレッタと向かい合う。当のロレッタは、おれの影に隠れてしまったが。


「ロレッタさん、結婚は愛する人同士が、人生を共に歩んでいくために交わす誓いなんですよ。決してどちらかの所有物になるわけでも、強制的に連れて行かれるものでもないのです。共に幸せに暮らすためのものなのです」


「そうだったんだ……。でも、普通に一緒に暮らすのとどう違うの?」


「それはもう、イチャイチャラブラブの毎日です」


「なにそれ?」


「うふふっ、例えば、毎晩同じベッドで眠ったりぃ、くつろいでいるときに自然と体を触れ合わせたりぃ、い、一緒にお風呂に入ったりとか、ことあるごとにキ、キスしたり、とか」


 事例を上げていくほどに、レティシアは照れて頬を染めていく。


 対し、ロレッタはなんでもないことのように、とんでもないことを言ってくれた。


「それ、ほとんど全部やってる」


「は?」


 レティシアがすごい勢いでこちらを振り向いた。ゾッと背筋が寒くなる。


 顔をひきつらせたまま、レティシアはロレッタに問う。


「おじさまと、毎晩一緒に寝てるんですか?」


 レティシアの表情の意味にも気づかず、ロレッタは微笑んで答える。


「うん。レオン、あったかい」


「よく触れ合うんですか?」


「うん。手、繋いでもらったり……。さっき、レティシアが来る前は膝枕してくれてた」


「膝枕……っ。ま、まさかお風呂まで一緒に?」


「お風呂は一緒じゃないけど、お風呂がまだないとき、川で洗いっこしたよ」


「あ、洗いっこ……ッ! で、では、キ、キスも……?」


「ごめん。キスが、よくわかんない。キスってなあに?」


 レティシアは質問には答えず、興奮気味に、ふーっ、と大きく息をついた。


「セーフ……ッ!」


 と呟いたあと、再びこちらに振り向いた。


「やっぱり不健全ではありませんか!」


「いやそれはほとんど不可抗力というか、仕方なかったことばかりで……!」


 とかやっている間に、回答を得られなかったロレッタは唇を尖らせる。今度はレティシアにではなく、おれに尋ねてくる。


「ねえレオン、キスってなに? 教えて。キスしよ?」


 無邪気な上目遣いに、鼓動が高鳴ってしまう。


「えっと……キスっていうのは、その……」


 言い淀むと、ロレッタは眉をハの字にしてしまう。


「わたしとするのは、嫌なこと?」


「嫌なんかじゃない。でも、えぇと……」


「じゃあ、しよ? そしたら、レティシアが言ってたこと全部達成。わたしたち、結婚してることになるのかなぁ?」


「え、ど、どうして?」


「だって結婚って、愛する人同士でするんでしょ? それって、好き合ってる同士だよね? わたし、レオンのこと好き。レオンも、わたしのこと好き、だよね?」


「と、友達としてね! 好きだよ、友達だもん!」


「……白々しい」


 レティシアはおれのことを白い目で見て呟いた。


 そしてなにか決意を固めたらしい。きっ、とロレッタを睨み、びしぃっ! と指差す。


「ロレッタさん! どちらがよりおじさまを好きか、勝負しましょう!」

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