「えっと……ロレッタ、おいで」
レティシアの視線が痛いほど突き刺さっている中、おれはロレッタに手招きした。
おずおずとやってきて、おれの背中に隠れてしまう。
「ほら、自己紹介」
「……ロレッタ、です」
レティシアはロレッタを値踏みするように視線を這わせる。
「私はレティシアです。えっと、ロレッタさんは、レオンおじさまとはどういう関係です?」
「お、お友達……。一緒に暮らしてる」
「い——っ! 一緒に、暮らして……? おじさま!?」
「うん、同居してる」
レティシアは愕然として数歩後ろに下がる。
「そんな、すでに、私以外と、け、結婚を……!? ん? あれ? でもお友達……?」
何度も首をひねる。
「どういうことです?」
「もともと長い付き合いの子でね。家出してきちゃったらしいから、保護してるの」
「なんだ……そういうことでしたか……。って、不健全ではないのですか? こんな年頃の可愛い女の子とひとつ屋根の下なんて」
不健全と言われてしまうと、まあ、同じベッドで寝たり、体を洗い合ったり、裸を見られたり、否定できない材料がたくさん出てきてしまうのは事実だ。でも……。
「急に押しかけて、結婚を迫ってくる18歳の女の子は不健全じゃないのかな?」
「不健全じゃありません。だって純愛ですから!」
「そうかなぁ……」
「とにかく、ロレッタさんがただのお友達なら、私との結婚を断る理由にはなりませんよね?」
レティシアはおれの腕を取り、その身を絡ませてくる。
かと思うと、その反対側からロレッタに引っ張られた。
「だめ。レオンは、渡さない……」
その声と仕草に、どきりと胸が高鳴る。
「連れて行かれたら、わたし、もう行くアテない……」
あ、そういう意味ね。うん。びっくりするなぁ。
「連れてなんて行きませんわ。私、おじさまと結婚してここに住むつもりで来ていますものっ」
「そうなんだ。じゃあ、わたしも一緒にいていいなら、いいよ」
パッと手を離される。
なんだろう、地味にショックなんだけど。
「ふふっ、やっぱり障害にはなりませんでしたね」
レティシアは嬉しそうに、ますます体を密着させてくる。
ロレッタはそれを見て、なぜか不機嫌そうに、またおれの腕を引っ張った。レティシアがバランスを崩す。
「なんですか? いいのではなかったのです?」
「……わかんない。でも、なんだかレオンがレティシアのものになるのは、嫌だなって……」
言ってから、ロレッタはゆっくりと小首をかしげる。
「ところで結婚って、なにすること?」
「それも知らずに反対するのですか?」
「知ってるけど、なんか、レティシアが言ってるのと違う気がして……。結婚すると、相手の所有物になって、家に連れて行かれて、もう二度と戻ってこれないんだよね? それで戦いは収められるけど」
おれとレティシアは顔を見合わせる。
たぶん、ロレッタが言っているのは政略結婚ではなかろうか。それはそれで正しいのだが、本来の結婚の概念が抜け落ちてしまっている。
レティシアもそれを察したのか、おれから離れてロレッタと向かい合う。当のロレッタは、おれの影に隠れてしまったが。
「ロレッタさん、結婚は愛する人同士が、人生を共に歩んでいくために交わす誓いなんですよ。決してどちらかの所有物になるわけでも、強制的に連れて行かれるものでもないのです。共に幸せに暮らすためのものなのです」
「そうだったんだ……。でも、普通に一緒に暮らすのとどう違うの?」
「それはもう、イチャイチャラブラブの毎日です」
「なにそれ?」
「うふふっ、例えば、毎晩同じベッドで眠ったりぃ、くつろいでいるときに自然と体を触れ合わせたりぃ、い、一緒にお風呂に入ったりとか、ことあるごとにキ、キスしたり、とか」
事例を上げていくほどに、レティシアは照れて頬を染めていく。
対し、ロレッタはなんでもないことのように、とんでもないことを言ってくれた。
「それ、ほとんど全部やってる」
「は?」
レティシアがすごい勢いでこちらを振り向いた。ゾッと背筋が寒くなる。
顔をひきつらせたまま、レティシアはロレッタに問う。
「おじさまと、毎晩一緒に寝てるんですか?」
レティシアの表情の意味にも気づかず、ロレッタは微笑んで答える。
「うん。レオン、あったかい」
「よく触れ合うんですか?」
「うん。手、繋いでもらったり……。さっき、レティシアが来る前は膝枕してくれてた」
「膝枕……っ。ま、まさかお風呂まで一緒に?」
「お風呂は一緒じゃないけど、お風呂がまだないとき、川で洗いっこしたよ」
「あ、洗いっこ……ッ! で、では、キ、キスも……?」
「ごめん。キスが、よくわかんない。キスってなあに?」
レティシアは質問には答えず、興奮気味に、ふーっ、と大きく息をついた。
「セーフ……ッ!」
と呟いたあと、再びこちらに振り向いた。
「やっぱり不健全ではありませんか!」
「いやそれはほとんど不可抗力というか、仕方なかったことばかりで……!」
とかやっている間に、回答を得られなかったロレッタは唇を尖らせる。今度はレティシアにではなく、おれに尋ねてくる。
「ねえレオン、キスってなに? 教えて。キスしよ?」
無邪気な上目遣いに、鼓動が高鳴ってしまう。
「えっと……キスっていうのは、その……」
言い淀むと、ロレッタは眉をハの字にしてしまう。
「わたしとするのは、嫌なこと?」
「嫌なんかじゃない。でも、えぇと……」
「じゃあ、しよ? そしたら、レティシアが言ってたこと全部達成。わたしたち、結婚してることになるのかなぁ?」
「え、ど、どうして?」
「だって結婚って、愛する人同士でするんでしょ? それって、好き合ってる同士だよね? わたし、レオンのこと好き。レオンも、わたしのこと好き、だよね?」
「と、友達としてね! 好きだよ、友達だもん!」
「……白々しい」
レティシアはおれのことを白い目で見て呟いた。
そしてなにか決意を固めたらしい。きっ、とロレッタを睨み、びしぃっ! と指差す。
「ロレッタさん! どちらがよりおじさまを好きか、勝負しましょう!」