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第19話 こ、怖いけど、わたしたちが、て、手伝ってあげるから……っ!





 少年幽霊ゴーストは、とつとつと語りだす。


「ぼくはクラウス。クラウス・サリアン・リヴァール。あの屋敷の主で、この辺り一帯の領主——だった」


「領主? そんな若いうちから?」


「……うん。父上は魔族との戦いで……母上は事故で死んでしまって、ぼくが引き継ぐしかなかったんだ」


「でも君みたいに小さい子に領主の仕事なんて……」


 クラウスの話を聞いてみると、案の定だった。


 幼い彼に領主の仕事など務まるはずもなく、彼が充分に成長するまで臣下が代行することになった。


 それだけなら問題はなかったのだが、臣下の中でも有力な者が、領主の名を使って専横し始めた。クラウスを前にして、自分こそが領主であるかのように振る舞うようになっていったのだ。


 まだ幼いクラウスには、方針に異を唱えることもできない。そもそもやっていることが正しいのかもわからない。ただ領主の名前を使わせるだけ。ただの傀儡とされてしまったのだ。


 しかし、父親とクラウスに変わらぬ忠誠を誓う臣下もいた。彼は横暴を許さなかった。しかし派閥としては劣勢で、止めることはできなかった。


 そこでクラウスに期待をかけ、幼くても領主の役目を果たせるよう厳しく育てようとした。


 それに対し、主流派は永遠にクラウスを傀儡とするために、彼を骨抜きにしようと甘い教育を施そうとする。


 屋敷の中も外も、険悪な雰囲気だった。


 重い期待をかけてくる者。使いやすい道具にしようとする者。


 クラウスはどちらにも耐えきれなかった。


 結局のところ、誰ひとりクラウスをひとりの人間として見てくれていなかった。両親のようなあたたかい眼差しは、そこにはなかった。


 クラウスはそれで家出してしまったのだ。


 少しばかり心配させれば、自分を見てくれると思って。


「でも、ぼく……外の危険をなんにもわかってなかった……。森で迷って……川に落ちちゃったんだ」


 不幸な事故死。


 愛する両親から引き継いだ役目を、なにも果たせなかったことが未練となり、幽霊ゴーストとなってしまった。


 その後クラウスは、屋敷で起こったことを幽霊ゴーストとして目の当たりにした。


 忠義派は、悲しみに暮れながらも、王に領主の死亡を伝えようとした。阻止したのは主流派だ。領地を治める血筋が絶えたとなれば、領地は国に取り上げられてしまう。そうなっては、これまでの快適な生活を失ってしまう。


 クラウスの死を隠蔽するため、主流派は忠義派に剣を向けた。それに対し忠義派は、主流派がクラウスを謀殺したのではないかと疑い、仇討ちに気勢を上げた。


 血みどろの抗争は、相打ちに終わった。


 忠義派は仇討ちを果たしたつもりで満足して死んでいったが、主流派は違う。


 死してもなお分不相応に豪奢な生活に執着した彼らは、未だに屋敷で暮らし続けている。


 領地や領民のことなど気にもしない。ただ屋敷で贅沢できていればいい。だから彼らの幽霊ゴーストは外に現れないのだ。


「……でも、この地はもうとっくに国の直轄地だ」


「あいつらはそう思ってないんだ。ぼくが領主だって王様が認めてくれたときの誓約書がまだ残ってるから」


「そうか……。君たちが幽霊ゴーストになってしまった理由はよくわかったよ。でも、君は屋敷にも入らず、どこかへ行くわけでもなく、なぜさまよっているんだい?」


「ぼくは……せめて一度だけでも役目を果たしたいんだ。ぼくはもう領主じゃないから、好き放題な生活なんてできない。そう教えて天に連れて行くのは、ぼくの責務だと思う。でも……」


 クラウスは俯いて言い淀んでしまう。


 おれは急かさず、彼が口を開けるようになるまで待つ。


「……でも、今更なんじゃないかって……。もともと、あいつらはぼくの話なんか聞かないし……それに幽霊ゴーストになっちゃったのだって、ぼくが家出なんかしたせいだ……。領主の責務から逃げたせいなんだ。こんなぼくが……」


 おれはクラウスの肩を優しく叩いてやりたかったが、触れられず、通り抜けてしまう。せめて肩の位置に手を置いてあげる。


「でも今は逃げてない。君は幽霊ゴーストになってまで、責任を果たそうとしてるじゃないか」


「……それに、クラウスはすごいと思う」


 ロレッタがおれの手から離して、ゆっくりと前に出てくる。まだ怯えてはいるものの、幽霊ゴーストのクラウスから目を逸らさない。


「ちゃんと、どうすればいいのか、わかってる……。本当に、すごい。わたしには、できてないのに……」


 ロレッタは、城に帰ってもどうすればいいのかわからない、と言っていたことがある。


 事情は違うのだろうけれど、同じ家出をした者として、クラウスに思うところがあるのだろう。


「い、い、一緒にお屋敷、行こう? こ、怖いけど、わたしたちが、て、手伝ってあげるから……っ!」


 声を震わせ、涙目になりながらも、おれではなくクラウスの手を取ろうとする。


 互いに触れることはできないけれど、その手に、クラウスも手を伸ばした。

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