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第17話 完全無欠の全裸である





 家が新しくなって、不思議なことが起こるようになった。


 毎晩、おれとロレッタはそれぞれの部屋のベッドで眠りにつくのだが、朝になると、なぜかおれのベッドにロレッタも寝ているのである。


 何日も続けば慣れる——というものでもなく、毎朝毎朝、ドキドキさせられている。お陰で、日課の剣の素振りが捗ってしまう。


 今日の素振りを終えてもまだロレッタは眠ったままだったので、その隙に風呂場で汗を流す。


 自分の体を見下ろして、大きくため息。


 おれ、欲求不満なのかなぁ……。


 ロレッタ相手に間違いを犯してしまう前に娼館にでも行って発散したほうがいいのだろうか……?


 いや却下だ却下だ。ロレッタに悪いじゃないか!


 って、いやいやいや、ロレッタに悪いってなんだ。別に恋人でも夫婦でもないっていうのに……。


 そうは思うが、やっぱりロレッタに悪い気持ちは拭えない。


 この気持ちの正体はよくわからないけれど、おれが特別ロレッタを大事にしたいと感じているのは間違いなさそうだ。


 もうアラフォーだけれど、こういう気持ちは慣れない。20年間、冒険と戦いばかりで、他の大人が当たり前に経験していることを取りこぼしてきてしまったせいなのかもしれない。


 そういえば昔の仲間が普通の暮らしを勧めてきたときも、そんなことを言われた気がする。


 とはいえ、毎日抱きつかれてるのはなぁ……。裸を見られたり触られたりするのは恥ずかしがるのに、なんで一緒に寝るのはオーケーなんだろ……。


 考えて、なんとなくわかってしまう。


 性知識が中途半端——つまり未熟なんだ。


 そして頭を抱えてしまう。


 えぇー、これ、同居してるおれが教なきゃいけないの? 毎朝こんなに悶々としてる人間が?


 また大きくため息をついてから、風呂場から出ようとしたところ。


 扉が開いて、ロレッタが現れた。


「——ッ!?」


 おれは驚いて固まってしまう。


「……?」


 一方、寝ぼけまなこのロレッタは、よくわかっていない様子で、小首をかしげる。


 が、徐々に覚醒してきたのか目が見開いていき、頬が赤くなっていく。


「——! ——!!?」


 動揺して目を逸らすロレッタだが、チラッチラッとこちらを見たり見なかったり。


 なお、おれとロレッタの間には一切の遮蔽物はない。そしておれ自身、まったく、タオルさえ身につけてはいない。


 完全無欠の全裸である。


 そこから目を離しきれないあたり、やっぱりロレッタって、なんだかんだ異性の体に興味津々なんだなぁ……。


「あ、う……ごめんっ。顔、洗いたかっただけっ」


 ロレッタは身を翻して逃げようとするが、あまりに慌てていたために壁に激突。その衝撃でぱたんっ、とひっくり返ってしまう。


 おおっと。おれの股間の真下に、ロレッタの顔が。


「あわわわっ、ご、ご、ごめん!」


 今までで一番大きい、悲鳴めいた声を上げて、這うように逃げていく。


「うーん、次からタオル巻いておこう」



   ◇



 朝食中も、ロレッタはずっと赤面したまま俯いていた。おれの顔を見てくれない。


「えーと、ロレッタ——」


「えっちじゃないよ。わたし、ちがう」


 食い気味に否定してくる。


「わかってるよ。さっきのは事故だ。おれは気にしてないよ」


 って言ってるのに、ロレッタはあまり聞いていない。


「お、お詫びしたほうがいい?」


「お詫びって……」


 否が応でも、この前、川でお互いの体を拭いたときのことを思い出してしまう。


 ロレッタのお詫びは、相手に同じことをしてもらう、というものらしい。つまり今回の場合は……おれに全部見せようとしている!?


 ごくり、と生唾を飲み込んでしまう。ついつい期待してしまう。


 でも、そういうのはよくないよ!


「お、お詫びなんていいよ。今回のは事故だし! おれは気にしないから、君も気にしないで!」


「でもでも、わ、わたしが気になっちゃうから……」


 顔を真っ赤にして、深くうつむいてしまう。


 とは言っても、おれが見せられたら、おれだって気になってしまうわけだし……。こういう連鎖は、勇気を持って断ち切るべきだ。


「頑張って気にしないようにして。おれはもう許してるから」


「う〜、レオン残酷だよぅ……」


 とかやっていたら、コンコンとノックの音が聞こえた。


 ふたり揃って玄関を見やる。おれは来客対応しようと立ち上がる。ロレッタは暖炉前のソファに身を隠し、背もたれから顔の上半分だけ出して様子を窺う。


「おや、村長さん」


「やあ、レオンさん、いい家になったね。わしの家より立派なくらいだ。村の英雄には当然の住処だがな、はっはっはっ」


「ありがとうございます。今日はどうしました?」


「うむ、そんな英雄の腕を見込んで頼みたいことがあってな」


 おれは村長を居間に通して、向かい合って座る。ロレッタは依然、ソファに隠れてこちらを見ている。


「おれはもう引退の身なので、あまり荒事には関わりたくないのですが……」


「そう言わんでくれ。あんたほど頼れる者はおらんのだ」


「この村の唯一の不安要素はいなくなったはずでは?」


ドラゴンと比べれば黙殺できていたものなのだが、いざそいつが消えてみると、残ったものが目立ってしまうのだよ」


「わからなくもないですが……」


「報酬は払う。話だけでも聞いてくれ」


「わかりました。受けるかどうかは、話を聞いてからにします」


「ありがとう。実はな、この村——正確には村の外だが、もう一軒空き家があるのだが……出るのだよ」


「出るっていうと……」


「そう、幽霊ゴーストだ」


 ソファで聞いていたロレッタが、びくっ、と震えた。


「お、お化け出るのぉ……?」


 見ればロレッタは涙目になっていた。

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