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第16話 これは確かに、幸せだ……





 水路を作り終えて、また手持ち無沙汰になってしまった。


 他にすることもないので、おれは改築作業の手伝い、ロレッタはベスのところへ料理を教わりに行ったりしていた。


 そんな日々が数日も続き、そして、ついに!


「よぉし、これで完成だ!」


 テイラーが最後の釘を打ち込む。その瞬間、作業していたみんなが拍手し始める。おれもロレッタも釣られて拍手。


「さあ、ふたりとも、入ってみろよ!」


 テイラーが玄関を空けてくれる。


「……広い」


 足を踏み入れた最初の印象はそれだった。


 改築前は玄関を開けたらすぐ寝室だったが、その寝室の5倍はあろうかという広さの居間が目の前に広がっている。


 奥には立派な暖炉。その前には、ソファまである。他にもテーブルや椅子、棚。材木の余りを活用して、新しい家具を作ってくれているとは聞いていたが、ここまで立派なものになるとは思いもしなかった。


 居間の右側には、隣接する部屋が3つ。2つはおれとロレッタの個室だ。改築前の寝室と同等の大きさだが、これまでと違って家具が詰め込まれてない分、広く感じる。快適そうだ。


 もうひと部屋は、物置部屋だ。まだなにも置かれていないが、そのうち食料の備蓄やら、普段使わない道具、増えた衣類などをしまっておくのにいいだろう。


 キッチンはほぼそのままだが、繋がった水路を利用して水道を通してくれている。


 その水道は、追加されたトイレや風呂場にも繋がっている。


 トイレは水洗だ。用を足すときに、いちいち外の森で隠れてしなくて良くなったのも大きいが、貴族の屋敷やお城なんかでしか見たことのない水洗式になっているのは嬉しい驚きだ。


 風呂場の床は、暖炉を作って余った石材が活用されており、水で腐る心配がない。浴槽に関しては、さすがに大理石だとか陶器のものは用意できず、一般的な木製の大きな桶だ。


 キッチンから火を起こして、温めた湯を桶に流し込む機構がついている。


 これらで使用した下水は、水路を通して川の下流に流れるようになっているという。


 自分たちで描いた間取り図通りの家ではあるのだが、実際に体験する広さは予想以上だし、想定していなかった機構まで取り付けてもらえている。きっと、広さと同じく、予想以上の快適さなのだろう。


「すごい……。な、なんだか、実感がわかないですね。これ、本当におれの家で、いいんですか? おれにはもったいなくないですか?」


「今更なに言ってんだよ。材木に石材に水路作り。一番苦労するところはあんたらが自分でやってるじゃないか。俺たちは最後にちょっと手を貸しただけだろ」


「ありがとうございます。でも、なにかお礼を。特にトイレとお風呂なんて、すごくよくできていて……」


「いいっていいって。ありゃあ昔の仕事でやったのをそのまま再現しただけさ。水が来てりゃあ難しくもねえし。つか、ここまでやってもドラゴンの骨と鱗で、こっちがもらいすぎてるくらいなんだ。気にすんなよ。あと、そうそう、これも渡さねーと」


 テイラーが手渡してきたのは、この家の鍵と、いくつかの硬貨だった。


「なんです、このお金? かなりありますけど」


「余った木材は買い取るって言ったろ? その代金だ」


「いやいやいや、この上、お金までもらっちゃうなんて悪いですよ」


「それはそれ、これはこれだぜ。こいつは家を作るのとは別の話なんだ。しっかりやっとかねーとな」


「じゃあ、せめて、今日の夕食はおれにご馳走させてください。お酒もいくらでも飲んでもらっていいですから。家が生まれ変わったお祝いってことで!」


「おっ、そういうことなら、まあいいかな。なあ、みんな!?」


 テイラーが声を掛けると、次々に了承の声が返ってくる。


 ロレッタはぶすっとしていたが、お礼が大切なことはわかっているらしく、なにも言わないでいる。


「んじゃあ、さっそくご馳走になろうかね! みんな酒場へ行くぞお!」


 みんな盛り上がり、酒場へ連れ立っていく。


 ロレッタは玄関から動かない。


「ロレッタ、来ないの?」


「うー……んー……」


 複雑な顔で悩んでいる。


「こういうノリ、苦手ぇ……」


「この前の宴会は平気だったじゃない」


「平気じゃないよぉ。あんなに人がたくさん……お酒がなかったら即死してたと思う」


「今日もお酒あるけど……」


「それに、お酒飲んだらレオン体調悪くなるから、あんまり飲ませたくない……」


「おれの心配をしててくれたのか……。大丈夫、今日は気をつけるから」


「それにそれに、せっかく新しいお家になったのに、外に行くのは……」


 なるほど、と納得する。


 人見知りとおれへの心配に加え、新しい家で過ごすのが楽しみで出かけたくないわけだ。


「わかった、じゃあ、今日はおれひとりでみんなにお礼してくるね。ロレッタは待ってて」


「えぇ……わたし、ひとりぃ……?」


「適当なところで切り上げて、早めに帰ってくるからさ」


「うん……約束だよ」


「うん、約束。いってきます」


 そうして小一時間後、テイラーたちが飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをしている間に抜け出すことにした。


 みんなには丁重にお礼を言って、店主にはこの後まだ飲み続けても平気なように多めに代金を渡して店を出た。


 家に戻ると、窓からほのかな灯りが漏れていた。


 中に入ると、温もりに包まれた。暖炉に薪が焚べられている。


 その前に置かれたソファにはロレッタがいて、振り向いてにこりと嬉しそうに笑う。


 ただいまと言おうとしたのに、声が出なくなってしまう。


 帰る家があること。帰ってみたら、誰かが待っていてくれること。


 それらを初めて実感して、胸が熱くなってしまったのだ。


 ロレッタが駆け寄ってくる。


「レオン、帰ってきたら『ただいま』って言うんじゃなかったの?」


「ああ……うん。ただいま」


「うん、おかえり。大丈夫? 頭痛くない? 気持ち悪くない?」


「大丈夫だよ。飲んでないから。でも……」


 お土産に持ってきたワインを掲げてみせる。


「これから君と飲みたい気分だよ」


「また二日酔いにならない?」


「平気。もしなったらロレッタにまた看病してもらうから」


「……うん、いいよ」


 おれたちは、あたかく静かな部屋で、そっと乾杯した。


 昔の仲間たちが、普通の暮らしが幸せだと口にしていた理由がよくわかる。


 これは確かに、幸せだ……。

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