おれとロレッタは水桶や洗濯物を持って近くの川を訪れた。
森の中にある、静かで清らかな川だ。この季節、ひどく冷たいが、今はそれが逆にいい。
冷水で顔を洗えば、二日酔いでグラつく頭も、少しはマシになる。
「さて、洗濯する前に先に体を洗ってしまおうか」
「うん……」
ロレッタはちょっと顔を赤らめて、おれをじっと見つめてくる。
「うん? ロレッタ、どうしたの?」
「……なんでもない、よ?」
そっぽを向いてしまう。本当になんだろう?
よくわからないが、おれはシャツを脱いで上半身裸になり、手ぬぐいを川で濡らしてくる。
その手ぬぐいで体を拭いていく。冷たい感触が、ぼやけた意識をますます覚醒させる。
「あ……水浴びするんじゃないんだ……」
「夏ならそれもいいんだけどね。しばらくは体を拭くだけかな。家にお風呂を作れたら、あったかく体を洗えるんだけどさ」
「なぁんだ……」
その声は、なぜか残念そうに聞こえた。
「ほら、ロレッタも体を拭いてきなよ。おれはこっち。ロレッタはそっち。見ないようにしとくからさ」
「……うん」
おれはロレッタに背中を向ける。ほどなくして、ロレッタも離れていく。
しかし、しばらくして戻って来る。
「ロレッタ?」
「レオン、背中に手、届かないでしょ? わたしがやってあげる」
「いや、いいよそんなの」
「いいから」
と手ぬぐいを奪われてしまう。さらに、ズボンを掴まれる。
「濡れちゃうから、これも脱いで」
「えっ、いや、それはさすがに」
「脱がないなら、わたしが脱がすよ? 抵抗しても無駄。病み上がりじゃ、わたしには敵わないと思う」
「くっ、わ、わかったよ」
言われたとおりにズボンも脱いでパンツ一丁になる。風が冷たいが、それは訓練してるから気にならない。むしろ気になるのは……。
ジ〜っと見つめてくるロレッタだ。ズボンを脱ぐところも、まじまじと見られて、なんだか恥ずかしくなってくる。
「ろ、ロレッタ? なんでそんな見てくるの?」
「……レオン、傷だらけだと思って……」
「ああ、なんだ、そっちか」
「そっち?」
「なんでもない」
一瞬でも、ロレッタが男の体に興味津々で眺めてると思った自分を殴ってやりたい。
「傷、わたしが付けちゃったのもあるの?」
どう答えるか迷ったが、おれは正直に言うことにした。
「あるよ。君は強かったからな。でも、特訓中に自分で付けちゃった傷もあるから」
「……ごめんね。わたしなんかに、いつも会いに来てくれてたのに。友達に、なってくれたのに」
「気にしなくていいんだ。おれが挑んでたんだから」
「もっと早く、家出しちゃえば良かったな……」
やがてロレッタはおれの背中に回り、手ぬぐいでごしごしと拭い始める。汚れではなく、付けてしまった傷痕を洗い落とそうとしているように感じられた。
「……レオンの背中、おっきいね」
「大人の男だからね」
「なんだか……か、かっこいいね」
「そ、そうかな?」
「うん……。不思議。なんだか……よくわかんないけど、ドキドキする」
「……ッ」
つい顔が熱くなる。
「手で、触ってみてもいい?」
「だ、ダメっ。それはダメだと思う!」
おれは慌ててロレッタから距離を取る。
ロレッタは顔を赤らめながら、小首をかしげる。
「なんで?」
「な、なんでもだよっ!」
「嫌だった?」
「嫌なわけじゃなくて……。ええと、ロレッタ、君だっておれに裸見られたり、触られたりしたら恥ずかしいでしょ? えっちだって思うでしょ? そういうことだよ」
「わ、わたし、えっちだったのっ?」
ロレッタは動揺して数歩退いたようだった。その隙に服を回収して、すぐ身につける。
なんだよ、やっぱり男の体に興味があるんじゃないか。本人、無自覚っぽいけど!
「と、とにかく、ありがとう。おれのはもういいから、君は自分を——って、うわあ!?」
ロレッタは、なぜかその場で背を向けたかと思うと、シャツを脱ぎ捨てた。
下着もつけていない綺麗な背中が露わになる。ちょっと角度がずれれば、胸まで丸見えになってしまう。
「なにしてんのロレッタ!?」
「お、お詫び……。知らなかったこととはいえ、レオンにえっちなことしちゃったから。わ、わたしにも同じことしていいよ」
「い、いや……そんなことしなくても……ッ!」
「そ、それに、わたしも、背中に手、届かないから……。やってくれないと、困るぅ……」
そっと上目遣いで振り返るロレッタ。顔だけでなく、体も少しこちらを向いているので、形の良い胸元が見えてしまいそうで、思わず目を逸らす。
「わ、わかった。わかったから、こっち向かないで。背中向けてっ!」
「うん。お願い」
そしてさらに、ズボンを脱いで薄布一枚だけをまとった姿になってしまう。
息が止まりそうになる。
ほとんど全裸になったロレッタを前に、胸がドキドキしてくる。
「レオン、早くぅ……。この格好、寒い……」
「あ、あぁ……」
ここまで来たらやるしかない。おれはできるだけロレッタの肢体を見ないようにしながら、手ぬぐいを押し当てる。
「ひゃんっ、冷たい……」
「んぁっ、くすぐったいよぉ……」
「んっ……。んっ……ふぅ……っ」
拭くたびに漏らす声に、おれは自制心を維持するのに必死だった。
なんだこれ、なにかの修行かな!? 今までで一番過酷だなあ!
なんとかやりとげると、ロレッタに手ぬぐいを渡して背を向けた。
「あ、あとは自分で手が届くでしょ。おれはその間に、温まれるように火を起こしておくから」
先に起こしておくべきだったかもしれないが、後回しにしていたお陰で離れる口実ができたので結果オーライだ。
「うん……ありがとう。えへへ、レオンの手、気持ち良かったよ」
わざとかな? わざと、そういう行為を連想させる言葉を使ってる!?
あ、まずい……。鼻血が出てきちゃった……。
洗い物に、おれが今着ていたシャツが加わった。