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第12話 可愛いは偉大だ





 気がついたら、家のベッドに横になっていた。


 どうやって帰ってきたのか覚えがない。例のごとく、隣にはロレッタが寝ている。


 いつもならベッドから抜け出すところだが、今はそんな気力がない。


 気持ち悪い。吐き気がする。それになにより……。


「うぅう、頭が痛い……割れるぅ……」


 完全に二日酔いだ。身動きが取れそうにない。


 今はとにかく安静にしていよう。そう思って横になっていると、やがてロレッタが目を覚ました。


「……レオン、おはよう。今日は素振りしないの? ふわぁ……」


 まだ眠そうな目をこすりながら、あくびをひとつ。どうやらロレッタは二日酔いではなさそうだ。


「うん、今日は調子が悪いから……もう少し寝てるよ」


「調子が悪いの?」


「頭が痛くて、気持ちが悪くて吐き気がするんだ……」


 ロレッタは息を呑み、瞳をうるうるさせた。


「び、病気……? レオン、し、し、死んじゃうの……!?」


「ううっ、大きな声出さないで。頭に響いて痛いんだ……」


「あ、う……。ごめん……」


「大丈夫、死なないよ……。ただの二日酔い。昨日、お酒を飲みすぎたみたいだ」


「わ、わたしに、できること、ある?」


 動揺しつつも、心配そうに覗き込んでくるロレッタ。おれは無理にでも安心させようと、微笑みを作ってみせる。


「じゃあ、お水が欲しいな」


「うんっ、わかったっ」


 とてとてとキッチンへ駆けて行き、コップに水を汲んできてくれる。


 受け取って一気に飲み干す。


「ありがとう」


「ごはん、作る? 食べる?」


「ごめん、ロレッタのごはんは美味しいけど、いま食べたら吐いちゃうと思うから……」


「あ、そっか……」


「ロレッタは食べてていいからね。おれはこのまま、少し眠るから」


「うん……」


 こちらを見つめ続けるロレッタを見つめ返しながら、おれは目を瞑った。


 気持ちの悪さを我慢していれば、やがて寝付くことができる。


 しばらくして目を覚ましたとき、ロレッタはそのままの姿勢で変わらずにいた。


 まったく時間が経っていないと錯覚してしまう。


「ロレッタ? ずっとそうしてたの?」


「うん」


「ごはんは食べたの?」


「忘れてた」


「食べなきゃダメだよ、ロレッタ」


「平気……。それよりレオン、良くなった? お水、飲む?」


「うん」


 また汲んできてくれたので飲み干す。


「ふう、さっきよりはマシになったかな」


「まだつらい? また寝る?」


「いや寝るほどじゃないけど、少し座ったままでいたいな」


「わたしに、他にして欲しいことある?」


「大丈夫だよ。ロレッタは、好きなことしてていいから」


 そう言っているのに、ロレッタは心配そうにおれを見つめ続けるばかりだ。


 しかし、やがてなにか思いついたらしい。キッチンへ姿を消す。料理するのかと思ったが違うらしい。数分ほどで戻って来る。


 服装が変わっていた。


「ねえ、レオン……わたし、可愛い?」


「えっと……?」


 ロレッタの今の服装は、肩の出ている白いサマードレス。今の時期には寒い服装だろうが、ロレッタの黒髪と白い生地が鮮やかなコンストラストとなっていて、眩しさを感じてしまう。露出された肌の綺麗さも相まって、とても——。


「うん……可愛いよ」


「嬉しい?」


「ん? うん?」


「じゃあ、次」


 と、またキッチンに消え、着替えて戻って来る。


「これは? これは、可愛い?」


 今度は、襟の深いブラウスに、前開きで襟の深い袖なしの胴衣を重ね、長いスカートとエプロンを組み合わせた服装だ。よく村の若い女性が着ている。確か、ディアンドルとかいう衣装だったはず。


 ごく一般的な庶民の服装なのだが、ロレッタの庶民離れした美貌が組み合わさり、不思議な魅力を醸し出している。


「もちろん、可愛いよ」


「うん。じゃあ次」


 続いての衣装は、薄い緑色のワンピース。腰のあたりを紐できゅっと結んでおり、スタイルの良さが強調される。無防備でどこか幼く見えるロレッタの表情に対し、大人の女性らしいシルエット。それらのギャップに、妙に心惹かれてしまう。


「可愛い?」


「可愛いよ。ロレッタ自身が可愛いから、大抵はなにを着ても可愛いっていうか……。いや、それ以前にさっきからなにをしてるの?」


「こうすればレオン、元気になるかなって……」


「うん? どういうこと?」


「この前、古着くれたおばさんが、可愛い女の子が近くにいれば、男の人は喜ぶって。喜んでくれるなら、元気になる……よね?」


 小首を傾げる。その仕草に、きゅっと胸が締め付けられる。


「ま、まあ、うん。喜ぶのは、正しいかな。ただ、元気……体力的に元気が出るかどうかはわかんないけど……」


 けれど、なぜだろう。まだ頭はグラつくし、頭痛も吐き気も残っているけれど、動く気力は湧いてきている。


 本当に、元気が出てきた?


 だとしたら可愛いは偉大だ。


「じゃあ次は……」


 とまた着替えに行こうとするロレッタを、「待って」と引き止める。


「ありがとう。元気が出てきたよ。もう着替えはいいから、またお水をもらえるかな?」


「うん」と頷いて、水を汲んできてくれる。


 今度は一気に飲み干すのではなく、ゆっくりと喉を潤していく。


 その間、ロレッタはまた着替えてきた。今朝、寝間着にしていたシャツとズボンだ。


「あれ、着替えちゃったんだ」


「うん。レオンに喜んでもらうだけで良かったから。この服、楽だし」


 自分自身は着飾ることにまったく興味がないらしい。


 だがその発言が、むしろ嬉しい。


 ロレッタになにかしてくれるだけでも嬉しかったのだが、彼女は、おれだけのために、可愛い姿を見せてくれたということだ。ロレッタの可愛さを、おれに独占させてくれた。おれだけの『可愛い』だ。自分でも不思議なくらい嬉しい。


 いや、アラフォーのおれが、こんな若い女の子にそう思うなんて、誰かに知られたら気持ち悪がられるかもしれないけど……。


「それよりレオン、溜めてたお水、今飲んでる分で終わりだよ」


「あ、そうか。また汲んでこないと……」


「村の井戸?」


「うん、そっちのほうが近くて楽だけど……そろそろ服とか体とか洗いたいし、今日は川まで行こうかな」


「レオン、平気? 動けるの?」


「ロレッタのお陰で、元気出てきたからね」


 すると、嬉しそうな笑顔を見せる。


「よかった。元気ないときは、またしてあげる」


 ……たまには体調を崩すのも、悪くないかもしれない。

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