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第10話 封印していた竜が、こんな、あっさり……





 森の奥から見つけた岩は、例の如く剣で細切れにしてしまう。


 もちろん、使いやすいブロック状に整えてある。寸法もみんな同じはずだ。


 ひと仕事終わったところで、ロレッタはおれのシャツの裾を引っ張った。振り向くと、笑いかけてくる。


「そろそろお昼ごはんにしよう」


 おっと、目が輝いている。目玉焼きを作る気満々だ。


「そ、そうだね。また村に食べに行こうか」


「え……」


 あからさまに嫌な顔をされるのは堪えるが、こちらとしても、これ以上の目玉焼き責めは勘弁だ。傷つけないように、慎重に言葉を選ぼう。


「ロレッタが美味しい料理を作れるようになってくれて嬉しいからさ。教てくれた人に、おれからもお礼を言いたいんだ」


「そうなんだ。あ、わたしもベスにもっと料理教わりたいんだった」


 というわけで村の酒場に訪れた。


 茶髪の女性店員がロレッタを見かけると、笑いかけてくる。ロレッタは緊張しつつも、挨拶と言葉を交わす。


 そして昼食後、ロレッタはその女性店員(ベスと言うらしい)と厨房で料理の練習を始めた。


 やがてロレッタが料理に集中している間に、ベスはこちらに声をかけてきた。長い茶髪を一本の三つ編みにまとめた、エプロンの似合う女の子だ。


「レオンさん、ロレッタちゃんの目玉焼きは美味しかった?」


「美味しかったよ。18個も食べさせられたけど」


「あははっ、ロレッタちゃんよほど嬉しかったんだね。愛だよ、愛」


「愛かどうかはわからないけど、ロレッタがお世話になったね。どうもありがとう。おれもろく料理できないから、美味しいものが食べられるのは助かる。同じものばかりはきついけど」


「すぐそれを懐かしむ日が来るよ。ロレッタちゃん、筋が良いから」


 なんて話していたときだった。


 ——グォガアアァアアアア!


 遠くで叫ぶ、獣の声が聞こえた。


 ベスを始め、酒場の店主夫婦、少ない客も一斉に驚き、不安に眉をひそめる。確認のため、店の外へ出ていってしまう。


 ロレッタはまったく意に介していない。


 おれもまったく恐れはないが、念のため、表に出てみる。


 村のほとんどの者が家から出てきて、森のほうに目を向けていた。鳴き声の聞こえた方向だ。


「ま、まさか……封印が解かれたのか……? 封印の岩が、ついに壊れた……?」


 震え上がりながら呟く老人がいた。引っ越してきた日に挨拶した覚えがある。村長さんだ。


 村長はおれを認めると、ふらふらと歩み寄ってくる。


「レオンさん、森の近くに住んでて、なにか気づいたことはなかったかい。森に異変は……」


「特にはなかったと想いますよ」


「そうか……。いや、すまん。この村ができたばかりの頃、ひどく凶暴な魔物モンスターがいてな。倒す手段がなかったがために、封印していたのだ。森の奥の、とある岩を媒体にして、な。今のレオンさんの家は、昔は衛兵が詰めていたが、それはこの封印を監視する意味もあったのだよ」


「倒せずに封印とは、相当強力なやつなんですね?」


「ああ、やつの強靭な鱗には刃が立たず、魔法も効果が薄い。爪は鉄さえ容易く切り裂き、牙に狙われれば生き延びる術もない。とてつもなく恐ろしいやつなのだ」


「そうなんですね。でも、今のところそこまで脅威を感じる気配はないんです。大丈夫だと思いますよ」


「そうだといいが……」


 そこにロレッタが割って入る。


「レオン、できたよ。はい、オムレツ。食べて」


 オムレツの載ったお皿を差し出してくる。


「ああ、うん。ありがとう」


 さっそく食べさせてもらう。


「美味しい?」


「うん、美味しいよ。ありがとう」


 と頭を撫でてあげる。


「えへへ……っ」


 嬉しそうな可愛らしい笑顔だ。


 その後、しばらく経ってもなにも起こらなかったので、村人たちは各々の家に戻っていく。おれたちも、店員や客たちと一緒に酒場へ戻っていく。


「さてと、じゃあおれたちは帰るよ」


「え、まだベスに教わりたい」


「それならロレッタは残っていいよ。おれは森の様子を見に行こうと思うけど」


「なんで?」


「村長さんや他のみんなも不安がってるからね。一応確認して、脅威なんてないって安心させてあげたいんだ」


「そうなんだ……でも、えっと」


 ロレッタは、おれとベスとを交互に見遣り、やがておれのほうに身を寄せた。


「レオンと一緒がいい。料理の練習は、また今度」


 その様子にベスが微笑み、びっ、と親指を立てる。


「愛だね、愛!」


「単に人が少ないほうに行きたいだけだと思うけど」


 それから帰宅してすぐのこと。


 ——ガルアァアアアア!


 急に大型の魔物モンスターが森から現れ、我が家を押し潰さんという勢いで突っ込んできた。進路は村の方角。


「よっと」


 剣を抜いて、一閃。


 その大型魔物モンスター——ドラゴンの首は宙を舞って、どすんと地に落ちた。


 その体も、我が家に衝突する前に力を失い、地面に這いつくばる。


 生臭い血の匂いが辺りに漂っていく。


「う〜ん、村長さんが言ってたのはこいつ……なわけないか。めちゃくちゃ強そうなこと言ってたもんなぁ」


「このドラゴン、弱いもんね」


「きっと封印してるのは、暗黒竜ダークドラゴンとか古代竜エンシェントドラゴンとかじゃないかなぁ。そんなヤバいやつの気配はないし、やっぱり封印は効いてそうだよね」


「うん。でも、どうするの、これ。おっきくて邪魔だけど」


 ドラゴンの遺骸を見上げて、迷惑そうに唇を尖らせるロレッタだ。


「そうだなぁ……。そうだ、ロレッタ。夕飯はオムレツもいいけど、新鮮なお肉もありじゃない?」


「あり、かも。ベス、呼んでみよう。どうやって料理したらいいか聞かないと」


 ロレッタの提案に乗ってベスを連れてきてみたら、彼女は固まってしまった。


「……わー、でっかい」


 やがて、ひきつらせた笑顔をこちらに向けた。


「ちょっとー、経験がないんでー、お父さんたちにー、聞いてくるねー」


 数歩ほどゆっくりと歩み、それからスタコラと村へ向かって駆け出す。


「お、お、お父さぁーん! お母さぁーん! 事件だよぉお!」


 そして、ほどなくしてベスは酒場の店主夫婦だけでなく、村長を始め、たくさんの村人を引き連れて戻ってきた。


 村長はドラゴンの遺骸を見上げ、ぽかんと大口を開けた。


「ふ、封印していたドラゴンが、こんな、あっさり……」


 えっ、この程度のザコをわざわざ封印してたの?

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