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第9話 ありがとう、鍛冶屋さん





 大量の目玉焼きを出された朝食後。


 おれは大きくあくびをしてしまった。昨夜もロレッタにベッドに引っ張り込まれて、一緒に寝ることになってしまったのだ。


 初日ほどドキドキすることはなく、また、すでに徹夜していたのもあって少しは眠れたのだが、やはり抱きつかれたり、目の前に可愛らしい顔があったりすると、なかなか寝付けないものだ。


 さすがに睡眠不足なので、そろそろどうにかしたいところ。


 家の改築より、新しいベッド作りが優先だ。材木はある。あとは鍛冶屋が大工道具を持ってきてくれれば作れるのだが……。


 そう考えながら、今日も日課の剣の素振り。


 ロレッタも、余った木の切れ端で作った木剣で素振りしていたりする。


「おはよう、レオンさん、ロレッタちゃん……って、なにしてんだい?」


 そこにちょうど鍛冶屋の店主がやってくる。


 手を止めて軽く会釈。ロレッタはおれの背中に隠れてしまう。


「ああ、おはようございます。剣の素振りですよ。もう剣なんていらない時代かもしれませんけど、日課になってて、やらないと気持ち悪いんです」


「あ、ああ、剣の素振りだったのか……。速すぎて、まったく見えなかった……」


 日課の素振りは、軽めに1万本。これを1時間かけずにおこなう楽なものなのだが、一般の人には速すぎて見えないのかもしれない。


 ちなみにロレッタは、木剣が軽いのもあって、もっと早いペースでやっていた。


「っていうか、家を修理するとは聞いてたが、この材木は……」


 家の外に山に積まれた材木に、鍛冶屋は目を見張る。


「ああ、ついでに家を改築しようと思って」


「こんなにたくさん、どこから調達したんだ?」


「そこに森があるので」


「自分で切って用意したってのか? 斧も持ってなかっただろっ?」


「剣があったので」


「こ、これを全部、剣だけでやったってのか? こんな綺麗に整えられてるのに?」


「他に道具もなかったので」


 材木はすべて、同じ大きさに切り揃えてある。寸法は、今の家に使われてる物に合わせてある。


 戦闘において敵との距離や、武器の長さ、間合いを測ることは非常に重要なことだ。目測を誤ればこちらの攻撃は届かず、逆に相手の攻撃でトドメを刺されることにもなる。


 ゆえに、戦いを生業とする者はみな、目で距離や長さを測る能力に長けている。そしておれとロレッタの目測は、世界でもトップクラスの精度だろう。


 そして武器を振るう精密さも世界最高峰だ。測ったとおりの寸法で、正確に切り出すことなど、おれたちとっては造作もない。


「はー……俺も昔は剣士を目指して修行したもんだが……こりゃあ格が違いすぎるなぁ……」


「おれなんてまだまだですよ」


「これでまだまだだったら、世の中みんな未熟者になっちまうよ。どんな技を使って切ったんだ、この木は?」


「技?」


「ほら、あるだろ? 有名なのだと、ガルバルド流、大地裂斬とか。シーロン流、天風双剣とか」


「いやぁ、おれ、不器用だからそういう高等な技は使ってないんですよ」


「ええ、それはさすがに嘘だろ。木を切り倒すのに、技を使ってないわけないだろ。というか使わずに切れないだろ」


「あんな複雑なことしなくても、基本を鍛えればそれくらいできますよ」


 冗談ではなく本当だ。


 他の仲間や、出会った剣士たちはみんな、強力な応用技を数多く習得していた。中には自ら強力な奥義を編み出している者もいた。


 でもおれには、あまり効率的には思えなかった。


 応用技の多くは強力な反面、使いどころが限られたり、使用するのに気を高める必要があったり、使用後に隙ができてしまうようなものばかりだ。


 だったら隙の少ない基本的な技のみを鍛えて、奥義並みに威力を高めてしまったほうがいいと思ったのだ。


 何事も基礎が大事と言うし。


「それより、朝早くからわざわざどうしたんですか?」


「ん? ああ、悪い。あんまりすごいもんで忘れてた。大工道具一式が仕上がったから届けに来たんだよ」


「おお、ありがとうございます」


「つっても、ほとんどの道具はいらなかったんじゃないか? のこぎりとか手斧とか、使わずにこれだもんな……」


「あはは、そうだったかも。でもトンカチとかは使いますから」


「家の修理って聞いてたから、釘とかも持ってきたけどよ。改築ってなるなら、他にも入り用だろう? 見繕ってやろうかい?」


「ぜひお願いします。こんな感じの家にしようと考えてるんですけど……」


 と、昨日ロレッタと描いた間取り図を見せる。


「ふむふむ……。ヒンジに、蝶番に、錠前に……他にも色々金具が必要そうだな。それで? べつの図面は?」


「いや、それだけですけど」


「おいおいおい、じゃあこの材木の山はなんだよ。小屋があと二軒は作れるぞ」


「あ、やっぱり切りすぎてましたか……」


「勘でやるもんじゃねえぞ……。まあ、棚とか家具とか作るのに使えるだろうけどよ」


「余ったら薪にでもしようかと」


「薪にするくらいなら俺が買い取るわ。もったいない。あと、暖炉を作る気ならレンガか石材が必要だが、うちじゃ扱ってないな……」


「それはこっちでなんとかするので大丈夫です」


「そうかい。んじゃま、さっそく作ってやるかね。でもな、床板の修理はともかく、家の改築なんて素人だけでやるもんじゃねえぞ。俺も手伝ってやるから、待ってろよ」


「ありがとう、鍛冶屋さん」


「テイラーだ。代金は全部終わってから精算するからな」


 鍛冶屋の店主——テイラーは、肩をすくめて去っていった。


 それからおれは、壊れた床板を直してから、ベッド作りに取り掛かる。ちょっと苦戦しつつも、もうひとつのベッドの構造を真似て、それらしく組み立てることができた。


 そのあとは、暖炉の材料を調達することにした。


「レンガは調達に時間がかかりそうだから、石材を用意しようと思う」


「うん、どうするの?」


「岩を探す、適当な大きさに切り分ける、終わり」


「どんな岩がいいの?」


「んー、暖炉に使う石だから火に強いのがいいな。とりあえず火の魔法を浴びせて、溶けにくかったやつにしよう」


 そう決めてふたりで岩を探しに森に入る。


 岩を見つけるたびに、火の魔法で耐熱性をチェック。大抵のものは3秒保たずに溶け出してしまう。


 そんな中、ロレッタが良い岩を見つけてくれた。かなり大きい。暖炉の大きさの想定からして、充分な量の石材を作れそうだ。


「レオン、この岩いいよ。すごい。わたしの魔法に10秒も耐えた」


「おお、いいね。じゃあ、冷めたら持って帰ってぶった切ろう」


 持てるくらいまで冷えたところで、ふたりで協力して持ち上げる。


 普通はなにか大掛かりな装置で運ぶのだろうが、まあ、これくらいの重さならおれとロレッタなら大丈夫だろう。


 去り際、岩のあったところからなにか鳴き声らしきものが聞こえたが、特に脅威は感じなかったので無視した。

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