もうすっかり暗くなってしまったのに、ロレッタが帰ってこない。
ど、どうしよう。やっぱりおれも一緒に行くべきだったか?
もしかして誘拐された? いや、人見知りなら、知らない人にはついていかない。じゃあ知っている者なら? 例えば、魔王城から誰かが連れ戻しに来たとか……?
ただでさえ落ち着かないのに、さらに不安になってくる。
でも最強の魔族であるロレッタが帰ってこないのなら、それくらいの事態を想定すべきだろう。
ならおれはどうする? ロレッタを取り戻しに行くのか? 下手したら魔族と再び戦端が開かれる事態に発展するかもしれないのに?
……だとしても、行く。おれは一緒に暮らしてあげると約束したんだ。その程度の覚悟もなく、約束なんてするものか。
静かに決意を固めて、剣を腰に装備する。いざ、と家の外へ出たところ。
「あ、レオン」
ロレッタの姿があって、ほっと緊張が解ける。その場にへたり込んでしまった。
「よかった……無事だったんだね」
「うん。わたし頑張ったから」
ちょっと誇らしげな様子のロレッタだ。おれはため息をつきつつ立ち上がる。
「でも遅いよ。なにかあったんじゃないかって心配したんだからね」
「大丈夫だよ。わたし、レオンより強い」
「強さだけで解決できることばかりじゃないんだ。これからは、出かける時は、どこでなにをするのかと、帰る時間を教えておいてよ」
「……うん、わかった」
「それと、出かける時は『いってきます』って声をかけて。気がついたらいなくなってるのは、不安になるから」
「……うん」
「それから、帰ってきたら『ただいま』だよ」
「うん……。じゃあ……ただいま?」
「おかえり。ロレッタ。何事もなくてよかったよ」
おれはロレッタを家に迎え入れる。
「それで、なにを買ってきたの? 玉子?」
尋ねてみると、ロレッタは自信ありげに、にんまりと笑う。
「美味しいごはん、だよ」
「うん?」
「レオン、ちょっと待ってて」
ロレッタは玉子の籠を持ってキッチンへ。なんだろうとついていくと、押し返された。
「そっちで待ってて」
ちょっと強めに言われてしまったので、大人しく寝室のテーブルについて待つ。
火おこしの音に、油の跳ねる音、それに香ばしい匂いが漂ってくる。
まさか、ロレッタが料理してる?
やがてキッチンから顔を出した。手にはトレイ。目玉焼きがふたつに、パンがひと切れ。
「夕ごはん、作ったよ」
「お、おお……」
少々焦げ付きもある目玉焼きだが、それが逆に、たった今ロレッタが作ってきたことの証明になっている。
「食べて」
「うん、いただきます」
おれが食べようとすると、ロレッタはしゃがみ込み、テーブルに顔を乗せて、ジッとこちらを見つめてくる。
「えっと、そんな見られてると食べづらいんだけど……」
「気にしないで。食べて」
ロレッタは赤い瞳を逸らさない。なにか期待している様子だ。
観念して目玉焼きを口にする。黄身が固く焼かれていて、塩コショウも適度の振られている。思った以上に、よくできている。
「……美味しい?」
「美味しいよ」
「美味しいごはん、嬉しい?」
「ああ、嬉しいよ」
すると、にっこりと笑顔を見せる。
「よかった」
「でも、どうしたの? 昨日は料理できないって……」
「できる人に教わって、練習したよ」
「そのために出かけてたのか……。人が苦手なのに」
「うん……頑張った」
「そうだね、ロレッタ。よく頑張ったね。ありがとう」
頭を撫でてあげる。ロレッタは気持ちよさそうに目を細めて、頬を緩ませる。
とても可愛いらしい。
「うん……。レオンも、ありがとう。一緒にいさせてくれて」
ロレッタはやがて立ち上がり、またキッチンへ。今度は自分の分を作るのだろう。
と思っていたら、作った目玉焼きをおれの皿へ移してしまう。
「あれ、ロレッタ?」
「おかわり。食べて」
「ああ、うん……」
ロレッタは今度はテーブルの上に頬杖をついて、またこちらをジィっと見つめ続ける。
もしや味が違うのかな? とか思って食べてみるが、先ほどと同じ普通の目玉焼きだ。
「美味しい?」
「うん、さっきと同じで美味しいけど」
ロレッタはまた満足そうな笑みを浮かべてキッチンに消える。そして、また目玉焼きを持ってくる。
「ろ、ロレッタ?」
「おかわり。食べて」
「いや、おれはもう充分食べたから……」
ロレッタは、しゅん、と肩を落としてしまう。
「本当は美味しくなかった?」
「いや、そうではなく……」
「じゃあ、食べて」
「た、食べるけど、もう充分だよ? お腹いっぱいだよ。ロレッタも食べなよ?」
「うん。えへへ、美味しいごはん、嬉しい」
上機嫌なのはいいが、同じ料理ばかりだと飽きるということを、ロレッタには学んでもらいたいところだった。
ちなみに、翌朝の朝食も大量の目玉焼きだった。
ロレッタに料理を教えたのは誰か知らないけど、早くレパートリーを増やしてあげてくれ、と願わずにはいられなかった。