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第6話 これが、わたしたちの最強のお家だよっ





 家に帰って落ち着いたところで、おれはロレッタと一緒に、一枚の紙と向かい合っていた。


 我が家の間取り図である。これに、どのように部屋を増やすか、相談しているのである。


「部屋と部屋の間は、細い道で繋ぐといいよ。一度にたくさんの人が入れなくなるから、迎え撃ちやすい」


 ロレッタはさらさらと自分の考えを描き加えていく。


「最初の部屋には罠をたくさん置いておいて、細い道には強い魔物モンスターをおいておけば、罠で傷ついた侵入者を、各個撃破できるんだよ。それでそれで、似たような部屋をたくさん作って、迷路みたいに道を繋げればどこにいるのかわからなくなって、ぐるぐる足止めできる。同じ罠にかかったり、べつの魔物モンスターに襲わせたり……」


 やがて描き終えて、「むふー」と誇らしげに胸を張って見せる。


「これが、わたしたちの最強のお家だよっ」


 それはそれは見事なダンジョンだった。


 見ただけで攻略難度が非常に高いことがよくわかる。


「うん、却下」


「えぇえ、なんで」


「ダンジョンはやめようね、って言ったでしょ。こういうのは普通でいいの、普通で」


 べつの紙に、改めて間取り図を描いていく。


 今はキッチンと寝室しかないが、寝室の隣にもうひと部屋を描き加え、家の裏手のほうにお風呂とトイレも追加する。


「こんな感じでいいでしょ」


「ぶー、侵入者対策がないよ」


「そういう心配はいらないから。これで充分だよ」


「充分じゃないもん。足りないもん」


 ロレッタは不満そうに、おれの描いた図面になにか描き加える。寝室より大きい部屋だ。


「さっきのじゃ、いつも違う部屋で生活する感じになっちゃうもん。せっかく一緒に暮らすのに、それじゃ寂しいよぅ」


「そっか……それは確かに。普段くつろげる居間はあったほうがいいか。じゃあ、ついでに……」


 ロレッタが描き加えた部屋に、暖炉の絵を描いてみる。


「暖炉もあったほうがいいかな」


「うんっ、すごくいいと思うっ」


「でも、これだと家の形が歪だから、ちょっと整えて……」


「えー、それならこういう形がいいよぅ」


「じゃあいっそこうしようか」


 と、ふたりで間取り図をいじっていき……。


「よし、完成だ」


「うん……完璧」


 ふたりが納得する間取り図が完成した。


 キッチンの位置はそのまま変わらず。今ある寝室は二方の壁を壊して広い居間に作り変える。その居間に隣接する形で、おれとロレッタの個室と、さらにちょっと小さな物置部屋を作る。キッチンと壁を隔てた隣には風呂場、その奥にはトイレ。


 うん、なかなか立派な家だ。


 というか立派すぎる。


「って、ここまでくるとほとんど新築だよ。やるのに苦労しそうだし……。考え直さない?」


「えー……ずっと暮らすのに、妥協なんかしたらきっと後悔すると思う」


「う〜ん、それもそうかも……」


 この間取り図を見ているうちに、もう頭の中でこれで生活するのだという理想ができてしまっている。ロレッタの言うとおり、ここからグレードを落として改築したところで、どこかで不満を感じ、後悔しながら暮らすことになるだろう。


「じゃあ、まあ、やってみようか」


「うんっ」


 となれば、まずは材木が必要だ。


 幸いなことに家は森のすぐ近く。家を購入するときに、森の木は薪や材木に使っていいと聞いている。気兼ねなく使わせてもらおう。


 剣を手に取り、さっそくふたりで連れ立って外に出る。


 適当な大きさの木を、剣で薙ぎ払う。


 一撃で倒れた木に、さらに剣を振るって、邪魔な枝葉を排除。続いて材木として使いやすい形に整えていく。


 この間、およそ10秒。あっという間に材木の束が出来上がった。


「ま、こんなものかな」


 するとロレッタが不敵に笑う。


「レオン、まだまだ。次はわたしがやるね」


 とおれから剣を取り、ロレッタが剣を振るう。そして跳び上がる。


 空中でさらに斬撃を加え、木が傾いてくる頃にはすでに枝葉は排除済み。そして木は、倒れた衝撃で材木の形でバラバラになる。


 この間、およそ5秒。


 ふふん、とドヤ顔のロレッタである。


「なにおう。おれは最初だから軽くやっただけだし。あれくらいおれだってできるし」


 ロレッタから剣を受け取り、より素早く木を材木に変える。4秒弱といったところか。


「負けない」


 またロレッタが剣を取る。


 といった具合に、ふたりで競って木を切りまくっていたら、材木が山となってしまった。


「……あと何本くらい必要?」


「実はおれもよくわかってない。どれくらい必要なんだろ。あとで分かりそうな人に聞いてみるよ」


「いっぱい作っておけばいいと思う。余ったら薪にも使えるし」


「そうだね。一回整理したら、また切ろう」


「…………」


 ロレッタはなぜか返事をせず、ぼおっと空を見上げていた。夕暮れにはまだ少し早い頃合い。それからおれをじっと見つめる。赤い瞳に目が引かれてしまう。


「ねえレオン、わたしお金、欲しい」


 急に言われて面食らってしまうが、ロレッタが材木の山に目を向けるので、すぐ納得する。


 つまり、お手伝いしたからお小遣いが欲しいということだろう。


「なにか欲しい物があるなら一緒に買いに行くけど」


「いい。頑張るから」


 それはひとりで買い物をしてみるという意味か?


 人見知りで、村人さえ怖いと言っていたのに?


「だ、大丈夫なの?」


「わかんないけど、頑張る」


 胸元で、きゅっと両の拳を握ってみせる。


「わかった。えっと、じゃあ、どれくらい欲しいの?」


「……わかんない」


 まだ欲しい品物が、どれくらいの価格なのかわからないのだろう。ひとまず、先程の昼食代くらいの金額をロレッタに手渡してあげる。


「じゃあ、とりあえずこれくらい。足りなかったら言ってね」


「うん、ありがとう」


「あと出かけるなら、着替えていきなよ。今の服、埃まみれになっちゃってるから」


「そうする」


 と、ロレッタは家に入っていく。


 おれはそれを見送り、作業を続けた。それで見逃してしまったらしく、ロレッタは気がついたらもう出かけてしまっていた。


 まあ、すぐ帰って来るだろうから心配いらないだろう。


 ……そう思っていたのだが。


「遅い……」


 ロレッタは、暗くなっても帰ってこなかった。

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