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第5話 でも、頑張ってみる





 ロレッタは、魔王の黒いドレスの上にローブを羽織り直し、フードを目深に被り直してついてくる。


「ねえレオン、用事ってなあに?」


「服以外にも色々必要な物があるんだよ」


「美味しい食べ物?」


「わざわざ美味しいってつけるところに含みを感じるけど、違うよ。大工道具が欲しいんだ。壊れた床を直したいし、ついでに部屋を増やしたいし」


 ロレッタは明るく目を輝かせる。


「お家、改築するの?」


「ああ、ロレッタの部屋も必要だろうし、女の子がいるのにトイレもお風呂もないのはどうかと思うしね」


「わたし、そういうの得意」


「お、そうなの?」


「うん、たまにダンジョン作ってた。設計なら任せて。侵入者は、誰ひとり生かして帰さない」


「うん、それはダメだね。お客さんはちゃんと全員生かして帰そうね」


「わたしたちのゴロゴロ生活、誰にも邪魔されないよ」


「ゴロゴロ生活はしないよ。あと、出入りが大変になるから家をダンジョンにするのはやめとこう」


 とか話してるうちに、村の鍛冶屋に到着。


 大工道具一式を注文すると、店主に問われた。


「おやレオンさん、なんか作るのかい?」


「ええ、まあ。家の修理とか。あとベッドもひとつ作りたいんですよ」


「なに、別々に寝るの? すでに倦怠期なのかい?」


「だから結婚してないし、恋人でもないんですって。見た目でわかるでしょう。親子や歳の離れた兄妹に見られるならわかるけど」


「あんたそんなに歳かい? 見た目じゃあ、ちょっとした歳の差カップルってくらいに見えるんだがなぁ」


「おれ、そんなに若くないですよ」


「そうは見えんけどなぁ」


 おれの背中に隠れたままロレッタは呟く。


「うん……。わたしのほうが、ずっと歳上だし……。まだまだ若いよね」


「ややこしくなるから、それは置いとこうね」


 と言ってから、店主に向き直る。


「まあ、そういうわけで、恋人でもない男女がひとつのベッドで寝るのは健全じゃないと思うんですよね」


 するとシャツの裾をロレッタに引っ張られる。


「レオンは、わたしと寝るの嫌なの?」


 その発言に、鍛冶屋の店主が「ぴゅう♪」と口笛を吹く。


「なぁんだ、やることやってんじゃないの」


「やってませんって。ロレッタも、勘違いされるようなこと言わないの。君が嫌ってわけじゃないけど……」


「友達同士が一緒に寝たらおかしいの?」


「こういうのには順番があるんだ、っていうか、う〜ん、おれが意識し過ぎなのか?」


「よくわかんない、なにを意識してるの?」


「なんでもない」


 店主は、おれたちを見てニヤニヤとする。


「ははは、なんとなく関係がわかったよ。オーケー、大工道具は作っとく。なんなら家の修理やらベッド作りも手伝うが、どうするね?」


「まずは自分たちでやってみますよ。今は収入がないもので、貯金は節約して使いたいんです」


「そうかい? ま、必要ならいつでも言いな。お安くしとくからよ。道具は仕上がったら、届けに行くよ」


「よろしくお願いします」


 おれは代金を支払って、鍛冶屋を出た。


 そのあとは、昼時なのもあって村の宿屋兼酒場に顔を出した。昼間は食堂として開いている。


 注文したのはオーソドックスなシチューや肉料理だったが、ロレッタには初めて料理ばかりだったらしい。


 ひと口食べるたびに「美味しい」とにっこり笑顔を見せる。おれは料理の味よりも、そんなロレッタの可愛らしい様子に満足した。


「ねえレオン、これ、お家でも作ろう。ごはんは美味しいほうがいいよ。外に出なくても食べれるようにしようよ」


「それは難しいよ。まず作り方がわからないし、わかってもここまで美味しくできるかどうか……」


「そっかぁ……。どうしたら、作れるようになるかな」


「そりゃあ作り方を教わったり、練習したりすればいいと思うけど」


「練習すればいいんだ……。戦いと、おんなじ?」


「やり方は違うけどね。ここの味が気に入ったんなら、これからも食べに来ようか」


 ロレッタは料理をじっと見つめて難しい顔をした。


「お外、あんまり出たくないから……」


「なら、しばらくはおれの作るまずいスープで我慢かな」


「レオンは、美味しくないものが好きなの?」


「いや好きではないけど」


「美味しいごはんのほうが、嬉しい?」


「もちろん」


「…………」


 また料理をじっと見つめる。


 やがて、なぜか胸元でぎゅっと両の拳を握る。


「頑張る」


「なにを?」


 ロレッタは問いに答えず、料理を口にする。そしてまた「美味しい」と嬉しそうに笑うのだった。


 その後、食事が終わり、勘定を済ませたところでロレッタは首を傾げた。


「ねえレオン、なんでコインを渡すの?」


「うん? そりゃあ代金は払わないと」


「代金?」


 一瞬冗談かと思ったが、ロレッタは本当に疑問に思っている様子だ。


 まさか、魔族には買い物という概念がない? すべて力による略奪で成り立たせている? かとも思ったが、そこまで野蛮ではないのは知っている。


 ということは、ロレッタが知らないだけ?


「えっとロレッタ、買い物ってしたことある? 聞いたこととか」


 ロレッタはふるふると首を横に振る。


 なんてことだ。それすら教育していないのか。


 彼女をこんな風に育てた者へ怒りを覚えつつ、おれはロレッタにお金や買い物の概念を簡単に教えた。


「なにかをもらったり、してもらったら、お金を払うんだね」


「そういうこと。同じくらいの価値のお金と交換するんだ」


「でも、さっきりんごとか服とかもらったときはお金あげてない」


「相手がいらないって言うときもあるよ。親切でね。でも、基本的にはお金と交換するんだ」


「ふぅん……」


「試しに、なにか買い物してみる?」


「……うん。教えて」


 おれは村のパン屋で、ふた切れほどのパンを買ってみせる。その間、ロレッタはじっとおれの様子を見ていた。


「……という感じだけど、わかった?」


「うん……。わたしには、難しそう……。知らない人と、お話しなきゃいけないんだね」


「ほんのひと言ふた言でもいいんだけどな」


「それでも難しいよぅ……。でも、頑張ってみる」


 今日二度目のその言葉を口にして、ロレッタは遠い目をする。


 なにを考えているのかよくわからない眼差しだ。


 ただ、おれにはそれが良い兆候のように思えたのだった。

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