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第3話 ふつつか者だけど、よ、よろしくお願いします……?





「なあ、魔王ロレッタ。ずっと泊まりたいと言うが——」


「ロレッタでいいよ。他に誰も見てないんだし、かしこまんなくていいもん。それに、と、友達、だし……」


「じゃあロレッタ、ずっと泊まるってことは、おれと一緒に暮らすって意味になるんだが、それはわかってるのか?」


「うん……わかってる。わたし、レオンとなら……いいよ? ふつつか者だけど、よ、よろしくお願いします……?」


「そのセリフはちょっと違うと思うんだよなぁ」


「……そうなの?」


 可愛らしく首を傾げるロレッタである。


 正直に言えば、彼女からそんなことを言われて嬉しくないわけではない。


 思えば20年前、対峙したときはその美少女ぶりに目を奪われた。討伐してしまうのは勿体ないとさえ思った。いつか命を奪わずに勝ち、友好的な関係を結べたらいいと密かに思ったものだ。


 が、まあ、結局勝てなかったわけで。


 そんな淡い恋心は過去のものだ。10代の頃のようにときめいたり、ドキドキするようなことはもうない。


 それにそもそも、お互いに10代の見た目であればまだいいが、今のアラフォーなおれと美少女のままのロレッタとでは釣り合わない。


「……ダメ?」


「考え中」


 眉をハの字にして問いかけてくるロレッタに、おれは短く答える。


 普通に考えて、家出してきた魔王と同居なんてできない。真っ当な大人として、彼女は魔王城に送り届けるべきだろう。そして魔王としての責務を果たさせるべきだ。


 家出の理由を聞いて、相談に乗り、説得する。それが正しい。


 小さくため息をついて、問いかけようとしたところ、先にロレッタが動いた。遠慮がちに、スープの器をこちらに差し出す。


「おかわり、してもいい?」


「ん、ああ。美味かったか?」


「うぅん、どうかな。でも1週間ぶりだから、いくらでも入りそう」


「そっか。まあ料理はほとんど初挑戦だし……って、ちょっと待て? 1週間ぶり?」


「うん、ごはん、1週間ぶり」


「なんで1週間も」


「レオンのこと探してたから。気配追うだけでも大変だった、よ?」


「だからって食事を抜くことはないだろう。お前なら狩りも簡単なはずだ」


「狩ってもわたし、料理できないし」


「なら木の実や果物を……」


「どれが食べられるのかわかんないし」


「なら諦めて城に帰ったって良かったんじゃないか」


「良くない、よ。帰りたくないし、帰っても、どうすればいいか、わかんないし……」


 どうすればいいかわからない、か……。


 それだけ、彼女が家出してきた理由は難しい問題なのかもしれない。


 飢えていても帰らなかったあたり、家出の本気度も相当なものだ。


 やはり訳アリか……。


「それより、おかわり……ダメ?」


「ああいや、そうだった。いいよ、お腹いっぱいお食べ」


 また器いっぱいにスープをやると、ロレッタはにこにこと嬉しそうに笑った。


「うん、美味しくない。でもすごい。レオンはスープ作れる」


「魔王なら、必要最低限の教育くらい受けてると思ってたんだがな」


「わたし、戦うことしか教わってこなかったから……」


「そう、なのか……?」


 自分たちの王を、そんな風に教育することなんてあるのか?


 ……あるんだろうな。


 戦力として最強。だけれど下から操りやすい王。それを望む者はどこにだっているだろう。実現させてしまうことも、あるのかもしれない。


「でも、レオンが教えてくれるなら、他のことも頑張って覚える、よ? だから、ね? 居させて」


 自信なさげな口調に反して、拳はきゅっと握られ、視線は真っ直ぐだ。強い意志が伝わってくる。


 もし、おれの想像のとおりなら、今まで言いなりになって強さを利用されてきた彼女が、初めて自分の意志で行動したのが、例の和平だったのかもしれない。そして、この家出に対する本気度も、そこから来るものなのかもしれない。


 想像が違っていたとしても、同等の事情があるのだろう。


 だとしたら、逆に帰してはいけない気がした。


 少なくとも、彼女がその事情に立ち向かえるようになるまでは。


「……わかった。いいよ、ロレッタ。一緒に暮らそう」


 ぱぁあ、と花が咲くようにロレッタは笑顔になる。


「うんっ」


「ただし、いつか魔王——魔族の王として為すべきことを為す時が来たなら、ちゃんと魔王城に帰る。そう約束するんだ」


「……為すべきこと?」


「王様としての責務だよ」


「……よくわかんないね」


「いつかわかる日が来たらでいいんだ」


「じゃあ……えへへ、それまではずっと一緒、だね?」


「ああ、そうだ。約束できるな?」


「うん、わかった。約束する」


「いい子だ、ロレッタ」


 と、頭を撫でる。


 ロレッタはびくり、と反射的に身を引いた。目を丸くしている。


「あっ、ごめん。つい……」


 若い容姿や言動のせいで、親戚や元仲間の子を相手にしている気持ちになってしまっていた。


 ロレッタはびっくりしていたものの、すぐ首を振ってから、そっと頭を差し出してきた。


「うぅん、それ、好きかも」


 おれはその愛らしい様子に思わず笑みを漏らす。また頭を撫でてあげる。


 ロレッタは気持ちよさそうに目を細めて、頬を緩ませた。


 だがしかし、その後すぐに問題が浮上してきた。


 ベッドがひとつしかない。


 これはロレッタに譲り、おれは床で寝袋で寝ると言ったのだが……。


「なんで? 一緒に寝ればいいよね? そうしようよ」


 ロレッタは無邪気にそう提案してくるのだ。


「いやまずい。付き合ってもいない女の子と一緒になんて」


「友達だよ、付き合い長いよ。ねえ、そうしようよぅ」


 おれの腕を取り、ベッドに引っ張るロレッタ。踏ん張るおれ。


 ウキウキワクワクした様子のロレッタだが、引っ張ってくるパワーは本物。魔王の怪力だ。おれも本気で抗わなければならない。


 人間最強と魔族最強のパワーは拮抗し、その余波で——。


 ばきんっ!


 床板が割れた。


 ふたり揃って「あっ」と力を抜く。


 お互いに無言で苦笑。それから……。


「これじゃ床で寝れないね。ベッドで一緒だねっ」


 と不意をつかれてベッドに引き込まれてしまった。


「しょうがないな……」


 というわけで一緒のベッドで寝ることになってしまったのだが……問題はここからだ。


 とても可愛い寝顔が、すぐ横にある!


 吐息が近い! 伝わってくる体温が温かい!


 ときめきやドキドキはもうないと思っていたが、撤回する。


 こんな状況は初めてだ。ドキドキしすぎて寝られない!


 しかもロレッタはやがて寝返りをうち、枕でも抱えるみたいにおれに手足を絡ませてきたのだ!


 うわー、うわー、うわー!


 あたたかくて柔らかくて、なにこれ、なに!?


 もう無理だ。やっぱりどうにか寝袋で、と脱出を試みるが、ロレッタはおれを離してくれない。


 これは……朝まで寝れないやつか……?


 悶々とするおれの気も知らず、ロレッタは安心しきった顔で熟睡していた。

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