「なあ、魔王ロレッタ。ずっと泊まりたいと言うが——」
「ロレッタでいいよ。他に誰も見てないんだし、かしこまんなくていいもん。それに、と、友達、だし……」
「じゃあロレッタ、ずっと泊まるってことは、おれと一緒に暮らすって意味になるんだが、それはわかってるのか?」
「うん……わかってる。わたし、レオンとなら……いいよ? ふつつか者だけど、よ、よろしくお願いします……?」
「そのセリフはちょっと違うと思うんだよなぁ」
「……そうなの?」
可愛らしく首を傾げるロレッタである。
正直に言えば、彼女からそんなことを言われて嬉しくないわけではない。
思えば20年前、対峙したときはその美少女ぶりに目を奪われた。討伐してしまうのは勿体ないとさえ思った。いつか命を奪わずに勝ち、友好的な関係を結べたらいいと密かに思ったものだ。
が、まあ、結局勝てなかったわけで。
そんな淡い恋心は過去のものだ。10代の頃のようにときめいたり、ドキドキするようなことはもうない。
それにそもそも、お互いに10代の見た目であればまだいいが、今のアラフォーなおれと美少女のままのロレッタとでは釣り合わない。
「……ダメ?」
「考え中」
眉をハの字にして問いかけてくるロレッタに、おれは短く答える。
普通に考えて、家出してきた魔王と同居なんてできない。真っ当な大人として、彼女は
家出の理由を聞いて、相談に乗り、説得する。それが正しい。
小さくため息をついて、問いかけようとしたところ、先にロレッタが動いた。遠慮がちに、スープの器をこちらに差し出す。
「おかわり、してもいい?」
「ん、ああ。美味かったか?」
「うぅん、どうかな。でも1週間ぶりだから、いくらでも入りそう」
「そっか。まあ料理はほとんど初挑戦だし……って、ちょっと待て? 1週間ぶり?」
「うん、ごはん、1週間ぶり」
「なんで1週間も」
「レオンのこと探してたから。気配追うだけでも大変だった、よ?」
「だからって食事を抜くことはないだろう。お前なら狩りも簡単なはずだ」
「狩ってもわたし、料理できないし」
「なら木の実や果物を……」
「どれが食べられるのかわかんないし」
「なら諦めて城に帰ったって良かったんじゃないか」
「良くない、よ。帰りたくないし、帰っても、どうすればいいか、わかんないし……」
どうすればいいかわからない、か……。
それだけ、彼女が家出してきた理由は難しい問題なのかもしれない。
飢えていても帰らなかったあたり、家出の本気度も相当なものだ。
やはり訳アリか……。
「それより、おかわり……ダメ?」
「ああいや、そうだった。いいよ、お腹いっぱいお食べ」
また器いっぱいにスープをやると、ロレッタはにこにこと嬉しそうに笑った。
「うん、美味しくない。でもすごい。レオンはスープ作れる」
「魔王なら、必要最低限の教育くらい受けてると思ってたんだがな」
「わたし、戦うことしか教わってこなかったから……」
「そう、なのか……?」
自分たちの王を、そんな風に教育することなんてあるのか?
……あるんだろうな。
戦力として最強。だけれど下から操りやすい王。それを望む者はどこにだっているだろう。実現させてしまうことも、あるのかもしれない。
「でも、レオンが教えてくれるなら、他のことも頑張って覚える、よ? だから、ね? 居させて」
自信なさげな口調に反して、拳はきゅっと握られ、視線は真っ直ぐだ。強い意志が伝わってくる。
もし、おれの想像のとおりなら、今まで言いなりになって強さを利用されてきた彼女が、初めて自分の意志で行動したのが、例の和平だったのかもしれない。そして、この家出に対する本気度も、そこから来るものなのかもしれない。
想像が違っていたとしても、同等の事情があるのだろう。
だとしたら、逆に帰してはいけない気がした。
少なくとも、彼女がその事情に立ち向かえるようになるまでは。
「……わかった。いいよ、ロレッタ。一緒に暮らそう」
ぱぁあ、と花が咲くようにロレッタは笑顔になる。
「うんっ」
「ただし、いつか魔王——魔族の王として為すべきことを為す時が来たなら、ちゃんと
「……為すべきこと?」
「王様としての責務だよ」
「……よくわかんないね」
「いつかわかる日が来たらでいいんだ」
「じゃあ……えへへ、それまではずっと一緒、だね?」
「ああ、そうだ。約束できるな?」
「うん、わかった。約束する」
「いい子だ、ロレッタ」
と、頭を撫でる。
ロレッタはびくり、と反射的に身を引いた。目を丸くしている。
「あっ、ごめん。つい……」
若い容姿や言動のせいで、親戚や元仲間の子を相手にしている気持ちになってしまっていた。
ロレッタはびっくりしていたものの、すぐ首を振ってから、そっと頭を差し出してきた。
「うぅん、それ、好きかも」
おれはその愛らしい様子に思わず笑みを漏らす。また頭を撫でてあげる。
ロレッタは気持ちよさそうに目を細めて、頬を緩ませた。
だがしかし、その後すぐに問題が浮上してきた。
ベッドがひとつしかない。
これはロレッタに譲り、おれは床で寝袋で寝ると言ったのだが……。
「なんで? 一緒に寝ればいいよね? そうしようよ」
ロレッタは無邪気にそう提案してくるのだ。
「いやまずい。付き合ってもいない女の子と一緒になんて」
「友達だよ、付き合い長いよ。ねえ、そうしようよぅ」
おれの腕を取り、ベッドに引っ張るロレッタ。踏ん張るおれ。
ウキウキワクワクした様子のロレッタだが、引っ張ってくるパワーは本物。魔王の怪力だ。おれも本気で抗わなければならない。
人間最強と魔族最強のパワーは拮抗し、その余波で——。
ばきんっ!
床板が割れた。
ふたり揃って「あっ」と力を抜く。
お互いに無言で苦笑。それから……。
「これじゃ床で寝れないね。ベッドで一緒だねっ」
と不意をつかれてベッドに引き込まれてしまった。
「しょうがないな……」
というわけで一緒のベッドで寝ることになってしまったのだが……問題はここからだ。
とても可愛い寝顔が、すぐ横にある!
吐息が近い! 伝わってくる体温が温かい!
ときめきやドキドキはもうないと思っていたが、撤回する。
こんな状況は初めてだ。ドキドキしすぎて寝られない!
しかもロレッタはやがて寝返りをうち、枕でも抱えるみたいにおれに手足を絡ませてきたのだ!
うわー、うわー、うわー!
あたたかくて柔らかくて、なにこれ、なに!?
もう無理だ。やっぱりどうにか寝袋で、と脱出を試みるが、ロレッタはおれを離してくれない。
これは……朝まで寝れないやつか……?
悶々とするおれの気も知らず、ロレッタは安心しきった顔で熟睡していた。