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第2話 と、友達だよね……?





「魔王ロレッタ、ここになにをしに来たんだ?」


「……目的は、ないよ」


「わざわざ長年の宿敵のもとに現れたんだ。なにかあるだろう?」


「……家出したから、他にアテがなくって……」


 魔王ロレッタは、落ち込んだように俯いてしまう。


 どうもおかしい。


 見た目は若々しい、人間の10代後半の美少女だが、実年齢はその10倍はあり、敵として対峙していたときは、年齢相応の威厳や凛々しい表情を見せていた。


 なのに今は、まるで本当に10代の少女のようだ。微笑みは可愛らしいし、仕草はちょっとオドオドしている。


「家出……? 魔族の王が、国を捨てて出てきたというのか?」


「わたしにも色々、あるから……」


 目線を逸らして、またスープをひと口。冷まし忘れたらしく、あちち、と舌を出す。


 う〜む、動作がいちいち愛らしい。おれの知っている魔王とは違いすぎて、同一人物だと思えない。


 よくよく観察してみると、おれの服に着替えてはいるが、用意したすべてを身につけてはいない。


 ズボンを余らせてしまっている。着ているのは、彼女には大きすぎるサイズのシャツ1枚のみ。余ったシャツの丈が、彼女の太ももまでを隠している。


 すらりと伸びた健康的な脚線と、だぼだぼなシャツの感じが、絶妙なだらしなさと可愛らしさを醸し出している。


「……本当に、おれの知ってる魔王ロレッタなのか?」


「なんで疑うの? 結構長い付き合いなのに……。さっきも忘れてたみたいな反応するし……」


「いや、おれの知ってる姿と比べて可愛すぎる。魔王城で対峙したときは、もっとキリッとしていて、喋り方だってもっと尊大だったはずだ」


 ロレッタはちょっとばかり頬を赤くすると、また目を逸らした。


「あ、あれは来客用の台本だし……。間違えないように、緊張してただけだし……」


「台本……」


「演出家の人が、魔王はそれらしく振る舞うようにって……。あっ、でもレオンがお城に通うようになってからは大変そうだったよ。セリフのネタが切れるって」


「演出家がいたのか……。いや確かに、だんだん口数少なくなっていったとは思っていたけど……」


「わ、わたしはいつも歓迎して、部屋の飾り付けも頑張ってたけど、気づいてた?」


「そういえば、毎回微妙に物の配置とか変わっていたような……。いやちょっと待て、歓迎してた?」


「う、うん……だって、お、お友達……だから」


「友達? え?」


「え?」


 ロレッタはこちらの反応がよほど意外だったのか、まん丸く目を見開いた。


 その瞳に、みるみる涙が溜まっていく。


「え、と、友達だよね……?」


 正直違うと思うのだが、そう答えたら確実に泣かれる。魔王といえど、女の子を泣かせるのは良くない。


「えっと、長い付き合いで、記憶が曖昧になっているんだが、おれたちいつ頃から友達だったっけ?」


「それはわたしも忘れちゃったけど、毎月——多いときは毎週会いに来てくれるのは、と、友達、だよね……?」


 言葉だけを聞くと、確かにそんな気もしてくるが……。


「おれはお前を倒すために通ってたんだが」


 頻度に関しては間違っていない。


 冒険の旅の末、魔王城に到達してからは、その攻略に挑んでいた。いつも魔王ロレッタに戦いを挑み、力及ばず敗走、高価な回復薬ポーション霊薬エリクサーで怪我を癒し、特訓して、また挑む。そんな日々を過ごすうちに、いつの間にか20年の時が過ぎていた。


 おれが特訓して強くなるたびに、ロレッタもまた強くなり、結局おれは一度も勝てなかった。そのうち次代の勇者が選出され、おれは引退となったのだ。


「うん……。わたしが負けちゃったら、もう来なくなっちゃうと思ったから、負けないように頑張ってたんだよ」


 おれが通っていたせいで魔王も強くなっていったと考えると、やり方を間違えていたのかとやるせない気持ちになるな……。


「なのに急に引退しちゃってて、他の勇者が来て……もう会えないって聞いて、さ、寂しかったんだよぅ……?」


「その新しい勇者とはお友達にならなかったのか?」


「む、無理ぃ……陰の者のわたしには、あの明るい陽の者とは打ち解けられないよぅ……」


 さりげなく、おれのことも陰の者って言ってないか? いやそれはともかく……。


「でも、そいつに和平を持ちかけたって聞いたが……まさか」


「……うん、もう来て欲しくなかったから。それに、そうすればわたしからレオンに会いに行けると思って……」


 よもや、そんな理由で和平が成っていたとは……。


 おれのしてきたことは、なんだったんだ……。


 平和になったからヨシ、と自分を慰めていたけれど、魔王を倒せずに終わってしまって、実績を残せなかったことを気にしてたのに……。


 でも、そんな理由だと、魔族の中でも色々反発があったのではなかろうか。それとも、魔族最強のその力で異論をねじ伏せてきたのだろうか。


「みんなにめちゃくちゃ怒られて怖かったけど……」


「そりゃそうだ。もしかして、それで家出を?」


「…………」


 ロレッタは押し黙ってしまう。


 図星というわけではなさそうだ。さすがに、そこまで子供みたいな理由ではないか。


 ロレッタは誤魔化すように、スープとパンを食べることに集中しだす。


 なにか、訳アリのように見えた。


「友達、か……」


 長年の宿敵ではあったが、これといって因縁もないし、恨みや憎しみがあるわけではない。


 敵同士とはいえ切磋琢磨してきた仲とも言えるし、今は和平も成っている。友達になれないことはない。


 とはいえ、魔王は魔王だ。どう対処したものか。


「これから、どうするつもりなんだ? 他にアテがないと言ってたが……」


 ロレッタは赤い瞳でおれを見上げた。


「泊めて欲しいなぁ……って」


「どれくらい?」


「えっと……ず、ずっと?」


 それは難易度が高いなぁ……。

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