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引退勇者と家出魔王ののんびりセカンドライフ
内田ヨシキ
異世界恋愛ロマファン
2024年11月01日
公開日
97,096文字
完結
 人間最強と謳われたレオン・ガルバルドは、20年間やってきた勇者を引退した。
 人間と魔族が和平を結び、平和になった世で、普通の暮らしをしてみようと小さな家を購入。新生活を送ろうとした矢先、雨の中、ひとりの少女を拾う。

 家出少女だと思ったその女の子は、なんと、勇者時代の宿敵である魔王ロレッタだった。
 彼女はどうやら訳アリで、魔王城から家出してきたらしい。

 実は人見知りで、陰キャ気質だった魔王ロレッタは、20年間も自分に挑戦し続けたレオンのことを「無愛想な自分に、いつも会いに来て構ってくれる友達」と認識していた。
 他に行くアテのない彼女は、唯一の友達であるレオンのもとに押しかけてきたのである。

 宿敵ではあったものの、因縁や憎しみがあったわけではない。
 レオンは訳アリの彼女をなんだかんだと優しく受け入れる。

 しかしふたりとも、料理も家事も下手。ロレッタに至っては、買い物の仕方すらわからない。
 加えて、二人暮らしするには家は狭い。トイレもお風呂もない。ロレッタには服すら足りない。

 大変だけれど、ふたりはなんだかんだ新たな生活を満喫していく。

 人間最強と魔族最強のふたりが、時に四苦八苦、時にのんびり、時に無双しながら送る、ハートフルなセカンドライフ!

【本作はカクヨムにて完結しております(タイトルが長すぎて登録できなかったので、タイトルを短縮しております)】

第1話 家を買ったら、魔王が付いてきたってこと?





 家を買ってみた。


 勇者として冒険と戦いに明け暮れていた20年間、旅暮らしが基本で、どこかに定住したことはない。


 命懸けで魔王に挑み続け、それで果ててもいいと思っていたのだが、実際には引退まで生き長らえた。そして生きている限り、日々は続いていく。


 そこで、今までする機会のなかった普通の暮らしをしてみようと思ったのだ。


 元パーティメンバーたちからの勧めでもある。結婚や怪我、出世などを理由におれより先に引退していった彼らだが、みんな、なんだかんだ幸せそうだった。


 戦いもなく、旅もしない、ゆっくりと時間の過ぎていく、のんびりとした平和な暮らし。


 それも悪くない。


 どうせ魔族との戦いは、次世代の勇者が終わらせてくれたのだ。先代のおれが、念のために控えておく必要さえ、もうないだろう。


 購入したのは、辺境の村の小さな家だ。


 正確には、村の外——近くの森の入口にある。かつては、ここに衛兵が住み込み、森から魔物モンスターが現れたときに迎撃したり、村に危機を知らせたりといった役目を果たしていたそうだ。


 もっとも、そのような危機が訪れることはなく、衛兵のなり手もいなくなってしまったため、空き家として放置されて久しかったのだという。


 間取りはシンプルで、寝室とキッチンだけ。水道は通っていない。村の井戸か、森の川から水を汲んでくる必要がある。


 食料は狩りをするか、村の作物を購入すればいい。道具は村の鍛冶屋で作ってもらえばいい。それ以外に必要な物は、月に一度やってくる行商人から買うか、3日かけて街まで買い物に行こう。


 あまり便利とは言えない環境だが、まあ値段が値段だ。こんなものだろう。


 紹介された家の中では、一番安かったのだ。


 勇者として活動中はそれなりに稼いでいたが、旅費や装備代がかさんだり、回復薬ポーション霊薬エリクサーを大量に使ったりしていたため、貯金はあんまりないのだ。


 戦いしか知らない40歳近い男が、新天地で新しい仕事にありつけるとは限らない。少ない貯金で残りの人生をまっとうするには、それくらいの節約は必要だろう。


 埃だらけの家を掃除して、前の住民が残していった家具の手入れをしていたら、いよいよ腹が空いてきた。


 外は雨で朝から薄暗かったのでよくわからないが、もう夕方頃だろうか? 腹も空くわけだ。


 村人たちに挨拶に行った際にわけてもらった野菜でスープでも作ることにする。


 慣れない料理に苦戦しつつも、なんとか形になったところ。


 ふと、気配に気づいた。


 家の外。玄関前あたり。なにかがいる。


 条件反射的に剣を手に取るが、すぐ思い直して手放す。こんな平和な村に、剣が必要な事態が起こるとは思えない。起こったとしても、武器が必要になるほどの相手がいるとも思えない。


 おれはそっと玄関の扉を開けてみる。


 そこには、ずぶ濡れのローブ姿でしゃがみ込んでいる小柄な子がいた。フードを目深かにかぶっているため顔はわからないが、体つきや、すらりと伸びた足の白さからして女の子だろう。


 ろくな荷物を持っていないあたり、遠くから来たわけでもなさそうだ。


 村の子が家出でもしたのだろうか?


 事情は気になるが、それより、こんな冷たい雨の中に放置するわけにはいかない。


「君、寒いでしょ。中へお入り。スープで体を温めるといい」


 声をかけると、こくこく、と二回頷いて立ち上がった。寝室へ案内し、まずはタオルを渡す。さらに、おれの服を適当に見繕う。


「濡れたままじゃ風邪を引くよ。体を拭いて、それに着替えるといい。その間にスープを用意しておくから」


 頷くのを確認してから、おれはキッチンへ。作ったばかりの野菜スープとひと切れのパンを用意する。


「もう着替えたかい?」


 頃合いを見て尋ねると、「うん」と返事があった。


 あれ? この声、どこかで聞いたことがあるような……?


 とか思いつつ寝室へ食事を持って行ったところ——。


 おれは、その少女の姿に固まってしまった。


 黒く艷やかな長い髪。赤い瞳をたたえたツリ目。なにを考えているのかわからない、不思議な眼差し。


 魔王ロレッタ……?


 その少女の顔は、おれの勇者生活20年の大半を費やして討伐を試みた宿敵、魔王ロレッタそのものだったのだ。


 いやしかし、落ち着け落ち着け。


 魔王がこんなところにいるはずがない。それに今更、魔王がおれとの決着を望むわけもない。魔族と人間は和平が成立したばかりなのだ。


 他人の空似。そう、ただ似てるだけに違いない。


 少女は、立ち止まったおれに首を傾げる。それから寒そうに背を震わせて、潤んだ瞳で上目遣いに訴える。


「……スープぅ」


「あ、ああ、ごめんごめん。はい、召し上がれ」


 スープの器とパンの載ったトレイを渡すと、少女は嬉しそうに微笑んだ。


 ふーふー、とスープを冷ましてからひと口。ほっと一息つく。


「あったかい……。ありがとう、レオン」


「それは良かった」


 ……ん?


 今、おれの名前を呼んだ? 名前を知られてる? ということは……。


「ロレッタ……? 魔王ロレッタ・オルディントン・イーズデイル、か?」


 少女はまた首を傾げた。


「なんでわざわざ聞くの? 忘れちゃった?」


 おれは頭を抱えた。


 なんてことだ。


 家を買ったら、魔王が付いてきたってこと?

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