「待って三葉……何か居ない?」
ゲーム内の一日目の夜。さっそく深夜の病院を徘徊することになった。
病院は五階まであり、一階は受付だから二階から五階を徘徊することになる。
「何もいないと思うけど」
「嘘だ! 絶対に居る!」
「目瞑りながらそう言われても……あなたの瞼の裏には何が映ってるんですか」
俺の人差し指と中指を小刻みに震える手で握ってくる秋奈。
「そもそもなんで電気付けて見回りしちゃいけないの! 暗い所歩いたら危ないじゃん!」
「いやホラゲーだから明るかったら怖さ減るだろ」
:勿論雫月ちゃんの部屋も暗いですよね?
:まさか明るい所でプレイしてないですよね?
:ホラゲーはやっぱり暗い部屋でやるに限りますよ。
「いやいや暗い所でゲームすると目悪くなっちゃうからしな――きゃぁぁぁああああ!」
:どうした⁉
:全く予想外の所で悲鳴聞けて驚きと嬉しさが混ざってるんだけど。
:悲鳴助かるけど悲鳴上げる要素なくね?
「ちょっと! なんで電気消すの馬鹿!」
「え、だってリスナーの皆が部屋暗くしてって言ってるから」
:ナイス三葉。
:流石我らの三葉。分かってらっしゃる。
:敵はホラゲーじゃなくて隣の三葉だったか。
「本当にバカ! 次やったら本当に怒るからね!」
「はいはい」
「って! 何勝手に進んでるのバカバカ!」
秋奈はキーボードを弄る俺の手を思いっきり掴んでぶんぶんと振りまわしてきた。
「ホラゲーって最初の方は特に何も起きないから大丈夫だって」
「最初の方はって後から何か起きるって事じゃん!」
:ホラーゲームなんだから当たり前でしょwww
:何も起きないホラーゲームはホラーゲームじゃない。
:¥5000 頑張れ雫月ちゃん。
:このホラーゲームできれば大体のホラーゲームできるから頑張れ。
「もー、本当に嫌すぎる……」
秋奈は目に涙を浮かべながらキーボードに手を置いた。
最初の方は何も起きず、三十分かけて序盤が終わった。
本来なら十分くらいで終わる長さだ。
:ここまでで三十分かかるならクリアまで何時間かかるんだ。
:雫月ちゃんの配信沢山見えるから嬉しい。
:さてここからが本番だね。
「待って……何か聞こえない? 絶対聞こえるって!」
「確かに何か聞こえるね」
「音大きくなってない? 絶対近づいて来てるってぇぇぇええ!」
「おい待て逃げるな!」
秋奈はゲーム内で逃げたわけでは無く、現実世界でパソコンの前から離れて逃げ出した。
一体何をしているのか全く理解できない。
嫌がる秋奈を無理やり元の席に戻しゲームを再開させた。
「はぁ……はぁ……まだ大丈夫……? ウワァァァァ‼ なんか来てる‼ 無理無理無理‼ 痛ッ! うぅ足ぶつけたぁ」
本当に騒がしい奴だな……。
「良く見て見ろって。普通に患者さんだよ」
「普通ってこの時間に普通患者さんは歩いてないでしょ!」
「確かに?」
「確かにじゃないよ!」
その後は患者さんを無事に病室まで戻し、一日目の見回りは終わった。
「よし! 一日終わったので雫月は今日で仕事を辞めてニートになります!」
「なりません。ってかさせません」
それからストーリは進んで行き、二日目は見回り中に懐中電灯が付かなくなり、電気が急に点滅し始めたくらいだ。
それでもだいぶ悲鳴を上げてリスナーを喜ばせていたが……。
そして三日目。朝に先輩から見回りで気になる事とかあるかと聞かれた。
「気になることって言うか変な事しか起きてないよ!」
主人公は昨日の夜に急に電気が付き点滅したこと。そして一日目に患者が歩いていた事を話した。
【……ほ、本当に303号室の患者さんが歩いていたの?】
【はい。確かに名前と部屋番号を聞いたら早川さんで303号室と言われたのでそこまで連れて行きましたよ】
【おかしいわね……】
「お、おかしいって何がおかしいの……」
【303号室の早川さんは一か月前に亡くなったはずなのだけれど】
「待って待って死んでない。生きてる。早川さんは生きてるから!」
「勝手に生き返らすな」
【まぁでもこの病院はたまに変な事が起きることがあるからそんな気にしないで】
「馬鹿なの? 気にしないでとかいうレベルじゃないでしょ!」
:キレてて草。
:ちょっと涙声なの草。
「え、なんで雫月こんな話聞いた後に一人で深夜に見回りしないといけないの! 誰でも良いから二人で見回りしようよ」
「たまに起こるって言ってたから今日は何も起こらないかもしれないよ」
「今日は良くても次がダメならダメなの!」
三日目の見回りもゆっくりと進んで行き、また一日目と同じようにコツコツと何かが近づいてくる音が聞こえてきた。
「はぁぁぁああ。もうやだやだ。主人公もなんで早くこの病院やめないの意味わからない!」
:ゲームの主人公にキレ始めたwww
:でも確かに俺が主人公の立場ならあの話し聞いたらやめてるだろうな。
:てか夜の病院とか怖くて働けない。
「今度は早川って患者じゃないみたいだね」
歩いてきたのは女性ではなく男性。早川さんではない。
「何も良くないよ! だって患者さんが一人で夜中に歩いてるんだよ⁉」
秋奈はもーやだと何度も繰り返し言いながら患者さんに話しかけに行った。
その患者さんは408号室の患者だと言う。
秋奈はその患者と並びながら408号室へと向かった。
「はい着いたよ。もう本当に歩き回るなら昼間にしてよね…………あれ? ……え?」
秋奈は何度も画面と俺の顔を交互に見始めた。
「え!? さっきまでこの人隣に居たのになんでベッドで寝てるの⁉」
「多分凄く素早く移動して寝たのかな?」
「そんなわけないでしょ⁉ だってドア開けた瞬間にはもうベッドに居たんだよ⁉」
「じゃあ幽――」
突然秋奈が俺の口を塞いできた。
「それ以上は言わないの! そんなのこの世に居ないの!」
「いやでもゲームだし」
「関係ない!」
秋奈はそう言って直ぐに病室を離れてエレベーターに乗り一階のボタンを押した。
「きゃぁ! え、無理無理無理! やだやだ! 本当に無理ヤダ! なんで停電⁉ もーバカバカ!」」
エレベーターで降りて行く途中に中の電気が点滅を始め、電気が消えた。
そしてエレベータが急に止まり、今まで下に向っていたはずがいきなり上昇し始めた。
けれど俺はそんな場合じゃない。
「ちょ、ちょっと雫月……く、苦しい……」
俺は秋奈に思いっきり抱き着かれ呼吸が苦しくなり何度も秋奈の背中を叩いているがそんな事お構いなしに秋奈は力強く抱きしめてきた。
本来なら嬉しいが苦しすぎてそれどころじゃない。
このままでは俺も幽霊になって秋奈の前に表れることになってしまうとできる限りの力を振り絞り秋奈を引き剥がした。
「はぁ……はぁ……呼吸ができるって素晴らしいな」
:一体何があったんだ……。
コメント欄はハテナで埋まっていた。
「え、ちょっと雫月⁉」
大丈夫かと雫月の方を見たら目に涙を浮かべてマジで泣いていた。
「も、もうやだ……」
今まで溜まってた恐怖が溢れたのだろう。涙も一緒に溢れていた。
「え、大丈夫? もうやめようか」
:雫月ちゃんマジで泣いちゃった?
:え、大丈夫?
:相当怖かったんだろうね。
「ごめんね視聴者の皆。ちょっと今日の配信はこれで終わります」
;お疲れ様。後は頼んだ。
:よく頑張った雫月ちゃん。
:てか三葉くん全然ビビったりしないからホラゲー耐性強いのかな。
:それ思った。今度三葉くんに一番怖いホラゲーやってほしい。
「それはまた考えておくね」
そう言い残し俺は配信を切った。
「飲み物持って来るから一旦落ち着いて」
とりあえず飲み物を取り秋奈に渡すと同時に秋奈のスマホに電話がかかって来た。
電話の相手は結唯さんだった。
「もしもし秋奈ちゃん。大丈夫? 落ち着いた?」
「とりあえず今水飲ませて落ち着かせてます」
「そうなんだ、よかった。配信が終わったら二人に一緒に配信しようって誘おうと思ったら秋奈ちゃんが大変な事になっちゃったからちょっと焦ったよ」
「ぐすっ……一緒に配信?」
涙を拭い、秋奈が口を開いた。
「明日二人の予定が合えば水平思考クイズをしようと思ったんだけど。二人とも予定あったりする?」
「俺は特に無いけど秋奈は?」
「私も予定は無いよ」
「じゃあ決まり! 二人とも明日の夜六時くらいに私の家に集合ね!」
そう言って結唯さんは電話を切った。
「……二人っきりじゃないなら良いか……」
「ん? 何か言った?」
「ううん。何でもないよ。ごめんね透夜、取り乱しちゃって」
「気にしなくて良いよ」