『それじゃあゲームはこれくらいにしてちょっとだけ雑談でもしようかな』
俺――
俺がこれを日課にしたのは高校二年生の頃だ。友達も全くおらず一緒に遊ぶ相手なんて幼馴染の
自慢ではないが勉強はしなくても授業さえちゃんと聞いていればちゃんとテストで点を取れたし順位も上位に入れる。だから家で勉強することもなかった。
そこで見つけたのがVTuberという存在だ。VTuberはもっと昔から存在していたが、丁度この頃から注目され始めた。
興味をもった俺はそれから色んなVTuberを見始めた。
何かをやらかしたり、嫌な事や悩み事があってもこの時間だけは忘れていられる。精神安定剤のようなものだ。
勿論VTuberだけではなく普通の配信者の配信も見るが最近は殆どVTuberの配信を見ている。
今日も最近話題のゲームをプレイしている水色の髪で三つ編みハーフアップヘアの美少女でチャンネル登録者数十五万人のVTuber、
声もビジュアルも凄いタイプで可愛いし、折角来たんだからもう少し見る事にしよう。
『そういえばこの前幼馴染と【最後にもう一度君の音を聴かせて】って映画見に行ったんだ~。もう終盤とか涙で全然スクリーン見えなかったよ』
:わかる。中盤からもうヤバかった。
:俺も涙でなんも見えなかった。
:¥1000あれ原作も読んだけど原作だと終わり方が少し違うから雫月ちゃんも時間あるときに読んでみて。これは小説代
『え!? そうなんだ。時間あるときに買って読んでみよっと……って思ったけど私小説読むと直ぐに眠くなっちゃうから無理かも……でもせっかく小説代もらっちゃったから絶対読むね!』
なんか身に覚えのある出来事だな。俺も昨日秋奈と一緒にその映画を見に行ったばっかりだ。雫月さんと同じで秋奈も終盤は涙で全然見えなかったと言っていた。
俺も映画では滅多に泣いたりしないが、あの映画は涙なしでは見れなかった。
テレビでも良く話題に上げられていることもあってやはり沢山の人が見てるんだな。
『最近沢山出かけてるんだけど雨雲の皆は最近どっか出かけたとかお勧めの場所ある?』
雨雲は多分ファンネームの事だろう。
俺も最近は幼馴染と色々な所に遊びに出掛けたから少し疲れがたまっている。秋奈と出かけるのが嫌なわけではない。秋奈と居ると楽しいし配信を見ている時と同様に嫌な事を忘れていられる。けれど運動もろくにせずに大学生まで過ごしてきた俺にとっては少し歩き疲れてしまっている。
『あー、夏といえば海水浴かぁ~。プールも良いよね。うんうん、キャンプかぁ~。私虫苦手だからキャンプはちょっとなぁ~』
:キャンプじゃなくても家の庭でバーベキューとか良いんじゃない?
;それこそ幼馴染と一緒に良いんじゃない?
:俺にも一緒にバーベキューしてくれる友達をくれ。
『それ良いね! また今度誘ってみよっと。因みに明日は幼馴染と新しくできたカフェに行く約束してるんだよね。そこのパンケーキが凄くふわふわで美味しいらしいんだ~』
:はいはい、また惚気話ですか?
:相変わらず仲良いよね~。
:いくら幼馴染でもこんなに仲良いの中々ないぞ。
:俺なんて幼馴染と一年くらい連絡取ってないぞ。
:俺も幼馴染が欲しかった……。
……あはは、そんなまさかな…………。
俺はその言葉を聞いて急いでスマホを取り秋奈とのやり取りを見返した。
『明後日って暇? もし暇だったら一緒に駅前にできたカフェに行かない? そこのパンケーキが凄いふわふわで美味しいんだって~』
☆
次の日、俺は約束の時間にカフェの前にやってきた。
「あ、やっほー透夜」
「おはよう秋奈」
いつも通りお洒落な服を着て笑顔で手を振ってくる秋奈。
やっぱり雫月さんに声色が若干似ている。
「よーし。じゃあ早速カフェにレッツゴー」
秋奈は元気よくそう言ってカフェへと入って行った。新しくできたという事もあってか結構人が多い。
俺たちは店員さんに席へと案内され、向かい合うように腰を下ろし、お目当てのパンケーキを注文した。
店内は茶色を基調としたお洒落なカフェで客の殆どは女性で俺一人で来るのはハードルが高い。
「ありがとう透夜、付き合ってもらって」
「いや、暇だったから全然良いよ」
「まぁ透夜は私以外に親しい人いないもんね~」
「帰るぞ」
「あーダメダメ! ごめんなさい!」
そう言って秋奈は俺の方に腕を伸ばして掴もうとしてきた。
「あ、そうだ透夜、この前見た映画ね、小説だと結末が違うんだって!
それより一つ聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと? なんでも聞いて良いよ」
俺はスマホを取り出し、雫月さんのアカウントを表示させて秋奈に見せた。
「この雨音雫月ってVTuber、もしかして秋奈だったりする?」
でもまぁ、例え秋奈が雫月さんだったとしても違うって言われるだろうな。
「うん、私だよ」
「…………え、マジ? 」
「なんでそんなに驚いてるの? 私だと思ったから聞いたんじゃないの?」
「そ、それはそうだけどもし本人だったとしても否定すると思ったし秋奈がVTuberをやってるなんて聞いてなかったしチャンネル登録者も十五万人もいるし! そもそもなんでバレたのに何食わぬ顔なんだよ」
「だって言ってないんだもん。活動始めた時はちょっと恥ずかしかったし。でもまぁ、バレちゃったなら仕方ないかなって」
「でもなんでVTuberになったの? 秋奈ってVTuber好きだったっけ?」
今まで秋奈からVTuberの話しなんて一度もされたことがない。なんなら配信者の話題もあまりしたことがない。
どういう成り行きでVTuberとして活動することにしたんだ?
「きっかけはとあるVTuberの記念ライブを見た事なんだ。大きなステージで歌って踊ってキラキラ輝いてまるでアイドルみたいで憧れちゃったんだよね。それでVTuberってコンテンツを見るようになって、楽しそうに配信している姿とか見て私もやりたいって思ったんだ。それでVTuberを始めたの。私もいつかあの人みたいにキラキラ輝くアイドルみたいになりたいなって思って」
なんか秋奈がこんな楽しそうに何かを話すの久しぶりに見たかもしれない。
それに秋奈が夢を言ってくるなんて初めてだ。
これは幼馴染としても応援しないわけないはいかないしサポートできる事は出来る限りしたいな。
「それより透夜ってVTuberとか見たりするんだ」
「色んな配信者の配信見てるよ。それで昨日たまたま開いた配信で身に覚えのある出来事を話してて声色も笑い方も秋奈そっくりだったからもしかしてって思ったんだ」
「へ~、流石幼馴染だね。声色とかちょっと変えてるつもりなのに。分かっちゃったか」
どちらかといえば映画の話だったりカフェに行く約束の方が大きいけど……。それは言わない方が良いな。
「失礼します。ご注文のパンケーキお二つになります」
そんな話をしていると注文したパンケーキが届いた。
目の前に出されたのは二段重ねのふわふわのパンケーキ。横には生クリームが添えられている。
周りを見渡してみると結構同じ物を注文している人が居る。
「わ~! 美味しそう! 写真撮っちゃおう!」
そう言うと、秋奈は目を輝かせながら早速色々な角度から何枚も写真を撮り始めた。
「いただきます」
そう言って秋奈はゆっくりとパンケーキにナイフを入れ、口に運んだ。
すんなりと入っていくのを見ると、どれだけふわふわしているのか分かる。
「ん~~美味しい! 凄いふわふわ!」
秋奈は満面の笑みで落ちそうになる頬を手で押さえながらそう言った。
俺もナイフとフォークを手に取りパンケーキを口にした。
甘さ控えめの生クリームにふわふわなパンケーキ。今まで食べてきたパンケーキの中で間違いなく一番美味しい。
「ねぇねぇ透夜、一つ提案なんだけどさ」
突然秋奈はパンケーキを食べる手を止めた。
「提案?」
「私の配信に出てみない? 一緒にゲーム配信しようよ」
「…………は?」