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第二話 一通の手紙

 封筒には宛名も差出人も何も書いていない。

「何それ。不幸の手紙?」

「それは懐かしいけど、もらいたくはないかな」

「いやいや! ラブレターしかないでしょ!」

「ボクにそれはないよ」

「まあ、こんなに可愛いのはもらっても困るよねぇ」

「ハハハ……」

 怪し気に笑う月ちゃんとは対照的に、目をキラキラさせながら天真爛漫に痛いところを突いてくる星ちゃん。二人の前で封筒を開けて中身を取り出すと、端がズレてはいるけれど丁寧に畳もうとしたことが分かるきっちりと折り畳まれた便箋が一枚。開いてみると封筒と同じデザインの便箋。そこには綺麗とは言い難いけれど丁寧な文字が並んでいた。

「なんて書いてあるの?」

「きらこ、聞いたら呪われるよ」

「不幸の手紙ではなさそうだよ」

 興味津々といった様子で身を乗り出してくる星ちゃんに不吉なことを言いながら、月ちゃんも手紙を覗き込んでくる。ついつい笑ってしまう。

「えっとね、『先日お借りした者をお返ししたいです。それとお話したいことがあるので、今日の放課後に三組の教室に伺いたいと思います。一年四組鬼頭武蔵』だって」

 手紙を読み上げて顔を上げる。すると星ちゃんと月ちゃんは驚いたような困ったような、何とも言えない顔で手紙を覗いていた。

「セイ、鬼頭さんと知り合いなの?」

「ううん。初めて聞いたよ。月ちゃん、知り合いなの?」

「いや、知り合い、ではないけどさ……」

 口籠もる月ちゃんにボクが首を傾げると、星ちゃんは眉間に皺を寄せて渋い顔をした。

「セイこそ、その鬼頭さんと知り合いなんじゃないの? 何か貸したみたいだし」

「うーん、どこかで会ったことはあるみたいだけど、どの人かは分からないなぁ。本棟に知り合いはいないし、体育とか音楽も六組と合同だから四組の人と関わる機会なんてないし」

「セイが誰かにものを貸すなんて、日常茶飯事だもんね」

 ボクは友人こそ星ちゃんと月ちゃんしかいないけれど、困っている人がいれば手を貸すことを心掛けている。一日一善。あまり人から好かれないボクには徳を積まないと人並みの生活は訪れない気がして、中学生のときから続けていることだ。

 うーん、と考え込んだ星ちゃんは月ちゃんと顔を見合わせると揃って深々とため息を吐いた。そんなに知らないと不味いような有名人なのだろうか。

「二人は鬼頭さんのこと知ってるの?」

「まあ、有名人だから」

「うん。私も噂はよく聞くよ」

 二人は微妙な表情で頷き合う。

「どんな人なの?」

 ボクの質問に渋い顔をした二人は揃って首を振った。

「私たちも話したことがあるわけではないから、噂は噂だよ。セイ、そういうの好きじゃないでしょ?」

「そうそう! 先入観は一切なしの状態で、セイが自分で確かめた方が良いと思うな」

 真剣な目でにっこりと笑う二人にボクは頷いた。星ちゃんと月ちゃんが言うように、噂話よりも自分がどう思うかが大事だと思うから。それで苦しい思いをする人がいることは、身をもって知っているから。

 二人に課題を教えながらも頭の隅には手紙のことが過る。男の子からの手紙。少しドキドキしてしまうことは仕方がなかった。女の子からラブレターをもらっても困ってしまうけれど、男の子からならば話は変わる。

「セイ、可愛い顔してるよ」

「え、本当?」

 月ちゃんに指摘されて慌てて頬を抑える。顔に出ていたのだろうか。そっちの方が恥ずかしくて頬が熱くなる。

「セイはさ、前に自分は一生恋なんてできないかもしれないって言ってたじゃん?」

 星ちゃんが言う通り、ボクは恋を諦めている。それはボクを好きになってくれるような相手がいるとは思えないから。それから、ボクが女の子のことを恋愛対象として見ることができないから。

 不意に昔の光景が脳裏をよぎって、身体の奥底がゾクッとした。ボクが女の子を恋愛対象として見られなくなったのは、多分あの日から。それまでも恋をしたことがなかったから分からないけれど、あれ以来明確に女の子に対して何か思うことがなくなった。

「だけどさ、私たちはセイのことが大好きだからね? セイのことを誰も好きになってくれないなんて、言わせないから」

 星ちゃんは困ったように眉を下げた。どこか悲しそうなその顔に、ボクは星ちゃんを傷つけていたのだと気が付いた。星ちゃんと月ちゃんはボクなんかを友達だと言って笑ってくれる。少なくとも、星ちゃんと月ちゃんはボクのことを好きでいてくれる。それが友愛でも、好きでいてくれることに変わりはない。

「ごめん。あと、ありがとう」

 星ちゃんと月ちゃんを窺うように見ると、星ちゃんはニパッと明るく笑ってくれた。

「分かれば良いの!」

「大丈夫。不安になる度に何回でも言ってあげるから」

 月ちゃんも力強い言葉と共に微笑んでくれる。ボクは本当に素敵な人たちと友達になることができた。

「というか、そもそも告白だと決まったわけではないからね?」

「まあ、そうだけど。でもさ、もしかしてって考えると楽しくない?」

 月ちゃんは呆れたように笑っているけれど、星ちゃんは目をキラキラと輝かせている。星ちゃんは本当に恋バナが大好きだ。本棟にいるお友達さんから恋愛系のお話を聞きつけると目を輝かせている。その噂話の真偽が確かめられるまでは誰かのためにならないからと、それを言いふらすようなことはしないところがボクの星ちゃんの好きなところ。

 星ちゃんはギャルっぽい見た目をしているから勘違いされるけれど、真面目な子だ。そもそも真面目じゃなければこんなに偏差値が高い高校には入れなかったと思うけど。ちなみに星ちゃん曰く、ギャルなのに真面目なのではなく、ギャルとは好きなものに対しては真面目なものらしい。星ちゃんの姿を見ていると、確かにそうだと思う。誤った常識はアップデートするべきだ。

 朝礼のチャイムが鳴ると、二人は前を向いて座り直す。朝のホームルームが終わると、すぐに授業が始まる。引き出しの中にはずっと手紙が入っていて、教科書を出し入れする度に視界に入る。その度に緊張して、だけど授業が始まって集中してしまえば手紙のことをすっかり忘れる。昼食までの間、ずっとそんなことを繰り返していた。

 昼食は星ちゃんが本棟のお友達さんと食べると言ったから、月ちゃんと二人で。ボクが作ったお弁当の具材と月ちゃんのコンビニ弁当の具材を交換して味の感想をもらう。

 ボクは毎朝お姉ちゃんたちの分も含めてお弁当を作る。その味には自信があるけれど、新しいレシピの試作をすることもしばしば。家族だと同じ味を食べて育っているから味覚が似てしまう。だから違う味を食べて育っている月ちゃんに味の感想をもらうと多角的な視点から判断ができて有難い。

「いつも試食してくれてありがとう」

「私こそ、いつも美味しいもの食べられるから嬉しいよ」

 そう言って優しく笑ってくれる月ちゃん。その優しさにどれだけ救われていることか。

「そういえば、手紙のことだけど」

 月ちゃんが不意に真面目くさった顔をして何か小さなスプレーを手渡してくれた。

「これは?」

「万が一のことがあったらこれを相手の顔に吹きかけて」

 月ちゃんはそれだけ言ってまたお弁当に集中してしまう。きっと護身用グッズの類だろう。心配をしてくれることは素直に嬉しい。

「ありがとう」

 これを使う可能性のある相手だと思っているのか、それともボクのトラウマに勘付いているのか。分からないけれど、下手なことを言わないようにボクもお弁当に集中することにした。


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