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第141話 閑話 謝罪


 夕食が終わったその後の時間、移民狩りの事件が終結しさすがに疲れたアリステアは早々に自室に戻っていた。

 入浴を済ませたアリステアは、息を吐いて窓から見える2つの三日月を眺める。


「………………終わったよ、マリア……花雪の妖精だ……あの優しい妖精が心を壊していたみたいなのだ…………昔、あの妖精を見てから人外者が好きになったのだったな……私もマリアも」


 小さなグラスが2つ用意され、テーブルに置く。

 ひとつはアリステアの、もうひとつは妹、マリアリアの為に用意したものだ。

 マリアリアの昔から好きだった林檎のリキュールを炭酸水で割ったもの。

 クラスを軽く当て、カチンと鳴らす今は亡き妹の為に。





 あの目も覚めるような美しい妖精に会ったのは、ふたつの月が交わり赤く染まる夜だった。

 まだ幼く頼りなかったアリステアは、小さな妹の手を引き山道を急いでいた。

 母親に初めて叱られた日、アリステアは家を飛び出した。


 些細な喧嘩だった。妹が勝手にアリステアの大切な魔術書を読み水に濡らしてしまった事で喧嘩が始まった。

 母はお兄ちゃんなんだから、それくらい許してあげなさい!と子供心に傷付く発言をして、短略的に飛び出したのだ。

 母の声を背に、それでも振り返らずに。


 お兄ちゃんっ子のマリアリアは目を見開き母の目を盗んで兄を探しに出かけた。

 偶然にも日が暮れ掛けた時、泣きじゃくるマリアリアを見つけてアリステアは走りよる。


「マリア!なんでここに!?」


「お兄ちゃんが!いなくなったから!!」


「母さんは知ってるの?」


「…………言ってない」


「…………………………はぁ」


「お兄ちゃん……ご本濡らしてごめんなさい」


「……………………いいよ、怒ってごめん」


 素直なマリアリアは泣きながらアリステアに謝ると、マリアリアの頭を撫でながら謝った。


「…………帰ろう、暗くなるし母さん心配するから」


「うん!!」


 2人で手を繋ぎ歩き出した。

 家からほど近い山は、普段山菜を取りに入る場所で行きなれた場所のはずだった。

 しかし、あるけど街の灯りは見えなくてアリステアはマリアリアの手を強く握る。


「…………お兄ちゃん?」


「マリア、シッ!」


 口を抑えて木の影に入ると、グルグルと喉を鳴らす弟が遠くから聞こえてきた。

 空を見上げると、月は重なり合い赤い色がじわりと滲んでいる。


「………………やばい、ガイオスの夜だ」


 ガイオスの夜とは、一定の条件が重なった時に現れる特異点と呼ばれる存在だ。

 人間でも人外者でも幻獣でもない、それ以外の生命体。

 一体何者で、なにが目的なのかも分かっていないが、そいつに出くわしたら死ぬと言われていた。


 そんなガイオスの夜に家を飛び出したアリステアとマリアリア。

 グルグルと聞こえる巨大な漆黒の狼に近い姿のそれは、はるか昔からガイオスと呼ばれている。

 常に腹を空かせているのか涎を垂れ流し獲物を探すその獣に見つからないようにマリアリアの口を手で覆いながら震える体を叱咤した。


 マリアリアも気付いたのだろう、極限にまで目を見開き空を見る。


「…………んん」


「静かに……」


 何かを話しかけたかったマリアリアの耳元で囁くアリステア。

 泣きそうな顔で頷くのを見たが、震える足が小枝を踏み音を鳴らす。


「……………………ぐるるるるる」


「ッ!逃げるよ!!」


 振り向き2人を捉えたガイオスは口をくにぃ……と上に上げて走り出した。

 あっという間に距離を詰め、わざとらしく2人の衣服を破く。

 明らかに狩りを楽しみ、いたぶっている様子にアリステアは手を握りしめた。

 そして振り返りガイオスに手のひらを向ける。


「天上には水鏡、地上には大地の皿!包み抑えろ、蛟!!」


 魔術を練るのをまだ不得意とするアリステアは、魔術書を見てたまたま手のひらに練習で書いた魔術陣を使って水魔術を発動。

 しかし、魔術書の中級になる拘束魔術はいとも簡単に破られた。


 数秒稼いだことは稼いだが、あっという間に詰められて手を振りあげた。

 魔術を受け怒ったガイオスがアリステアに狙いを定めたが、次の瞬間守るマリアリアを見て標的を変えた。


 大切に守るモノから殺そうじゃないか


 そう、聞こえた気がした。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!いたぁぁ!足が!マリアの……足ぃぃ」


 軽く足をもぎ取りポイッと投げたガイオスは、倒れ無くなった足を見て叫ぶマリアリアを楽しそうに見た。

 だくだくと血が流れる様子をどうすることも出来ず慌てるアリステア。

 泣きながら切られた足を掴むマリアリアは恐怖と痛みに失禁した。


 そんな2人を舌舐りしたガイオスが1歩近づいた時、足がパキパキ凍りだす。

 同時にマリアリアの傷口と、切られた足も即座に凍り痛みが引いていった。


「………………え」


 パチクリと瞬いたマリアリアは顔を上げると、肩まで切りそろえた真っ白の髪にグラデーションピンクの花が咲いている男性が立っていてガイオスを見ている。


「…………嫌だなぁ、ただの散歩だったのにこんな場所に出くわしちゃうんだもん……君たち、ちょっとだけ目を瞑って待ってるんだよ?」


 振り向きふわりと笑ったその見た事ない美しさに恐怖は一瞬で吹き飛んだ。

 目を瞑っているように言われたのに、2人は瞬きもせずフェンネルの動く姿をじっと見ていた。


 剣を作り出し、凍った足を無理やり動かしぎこち無く動くガイオスの体を容赦なく切る花雪の妖精フェンネル。

 返り血を浴びることも無く一瞬で終わらせたその姿を2人は見つめていた。


「…………あれ、見ちゃだめって言ったのに……怖くなかった?」


「…………怖くない」


「本当?……痛かったね、我慢出来て偉いよ」


 マリアリアの頭を少し冷たい手が優しく撫で、髪をサラリと払ったフェンネルは、切られた足を持ってきて、足を繋げるように前に持ってくる。


「…………ちょっと痛いからね」


「………………え?…………うぁぁぁ!!」


 一瞬で足の氷を溶かし止血が無くなった事でまた出血が再開、痛みも出てきた。

 その足にすぐ切れた足を繋げて魔術をかける。


「…………うそ、復元魔術……こんな高等魔術を簡単に……」


「…………足が、治った……」


「もう立てるよ」


 恐る恐る立ち上がったマリアリアは問題なく足が動き、感極まって泣き出した。

 そんなマリアリアの頭をまた撫でるフェンネル。


「………………怖かったね、もう大丈夫だよ。お兄ちゃんも、妹を守って偉かったね」


 アリステアの頭も撫でると、ジワジワと涙を流し声を押し殺して泣いた。






「あそこが家かな?」


「うん」


 ふたりが落ち着くまでフェンネルは側にいて頭を撫でてあげていた。

 下半身が汚れてしまったマリアリアに暖かく温めた水をタオルで浸し足などを拭いてから、フェンネルは上着の裾を切りマリアリアに着せた。

 ちょうど足首までくる長さにして下半身をすっぽり隠されたマリアリアは顔を真っ赤にして別の意味で泣きそうだが、フェンネルは微笑んで話した。


「怖い思いをしたんだから恥ずかしくないんだよ」


 こうしてガイオスの夜に花雪の妖精フェンネルに助けられた2人は家の近くまで送って貰った。

 この出来事からアリステアは人外者をより好ましく感じ、マリアリアは実ることのない初恋を知ったのだ。


「…………フェンネル様が覚えていなくても、あの時確かに助けられて私たちは感謝していました……貴方が優しい妖精だから、きっと色々あったのだろうな。たしかにマリアを殺したのはフェンネル様だけど、結婚した後も恋心から憧れに変えたマリアリアは常にフェンネル様を特別視していたから……あの子の事だ、あんなフェンネル様を見てきっと…………悲しんだんだろう。誰がフェンネル様をこんなに追い込んだのか、と」


 はぁ……と息を吐き出した。

 カテリーデンで狂気に飲まれた花雪を見たアリステアは強い衝撃とショックを受けていた。

 やはり最初の強烈な印象はどう頑張っても覆すことが出来ない。

 同じ戦っている姿なのに、カテリーデンでのフェンネルはあの時の美しさのまま理性を完全に失っていた、分かっていた。

 それなのに、領主であるアリステアの心のどこかに判断を鈍らせる過去の幻影が浮かぶ。

 その結果が、あの処罰だった。


 フェンネルへの感情がどうしても国に鎖を付ける犯罪奴隷にしたくなくて、芽依に無理やり頼む事になる。

 芽依の周りは、人を、人外者を大切に扱うものばかりで、更に芽依自身が強くフェンネルの保護を求めた。

 微笑み今まで見たこともない幸福な表情で涙を流すフェンネルを見て、良かったのだと。

 そう、納得したのだ。



「………………アリステア様、今、いいですか?」


 控えめなノック音が聞こえグラスを置いたアリステアは扉を開けると、考えていた人物、芽依が所在なさげに佇んでいた。


「どうしたのだ?こんな夜更けに」


「………………ごめんなさい、どうしても謝りたくて」


「謝る?何に?」


「…………アリステア様の妹さんがリンデリントに居たと聞きました」


「……ああ、それか」


「私……私、犠牲者の家族がいることを理解していてフェンネルさんを取りました。この選択を今でも覆すことは出来ません……出来ませんが、あの時の私は、酷い事を言いました。アリステア様の気持ちも考えずに……私……」


「…………知らなかったのだろうし、人の意志を変えさせる事なんて魔術を使っても私はしたくない。それはメイではないからな……私はな、移民狩りを終結したかった。それは、花雪であるフェンネル様を止めたかったからだ……助けられた時、あの人の優しさに触れたからこそ、このままにはしておきたくなかったのだ。だから、メイに感謝こそしても怒るような事は私にはないよ」


「アリステア様……」


「フェンネル様を引き取ってくれてありがとう、メイ」


「いいえ!いいえ!こちらこそアリステア様の判断に心から感謝しています!」


「………………これからも、よろしくな」


「はい……!」



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