「…………庭は3人でお世話をしています。家畜と野菜、ぶどう栽培を細々と……ですね」
「量はどれくらいだ」
「………………3人でお世話が出来る程です」
間違った答えは出していない。
ただ、乳製品を伝えていなかったり、お惣菜を後々考えていたり、ワインなどを生成する巨大な工場がある事を意図的に言っていないだけ。
3人でお世話ができる範囲である事も間違っていない。
ただ、そこにいるのはスパダリな蟻と、白の奴隷でどちらも物凄く有能であり、芽依が全幅の信頼を寄せる人達であること。
更に箱庭持ちで、お手入れが簡略化出来、芽依とメディトークは豊穣と採取の恩恵があって収穫物が色々有り得ないのを言わなかっただけ。
嘘はついていない。
「………………なら難しいな。やはり他より収穫物が多いとはいえ無理なのか」
悩むパーシヴァルに芽依は首を傾げると、アリステアも口を挟む。
「話とは庭の様子を聞きたかっただけでは無いのか?」
「いや、我が領は分かっていると思うが海の幸は多くても庭からの収穫物があまりにも少ない。その事で何か手はないか、もしくは援助はして貰えないかの打診に来たんだ……メイ、お前マール公国に来ないか?家畜野菜果物を一気に作る者は少ない」
「あ、むりです」
「…………早いな、何故だ」
「あなたの国にはアリステア様もセルジオさんもシャルドネさんも、メディさんも居ませんから」
「……………………メイ」
アリステアは目を見開き息を飲む。
驚愕な表情で芽依を見るアリステアの銀髪がサラリと揺れた。
「ここに来ていっぱい助けられてたんですよ。それはこの3人だけじゃなくて。私が居なくなったら駆けつけてくれるブランシェットさんも少年も、泣いて心配してくれるハス君も、自分とは関わりが無いのに何かと助けてくれるフェンネルさんも。ここに来て数ヶ月だけど、大切な人が増えているから、私はみんなの為に力を尽くすんです」
ふわりと笑った芽依はアリステア達にとって嬉しい言葉を言う。
芽依が、移民の民が自分達を信頼している。
自分達がいるからここに居ると、そういうのだ。
移民の民を知れば知るほどに、自分達は好かれない存在だと思っていたアリステアは芽依の信頼を好意を嬉しいと胸を熱くさせる。
「だから、好きでは無い貴方の国には行きません」
『…………くっ……好きでも無いは余計だ』
「………………失礼しました」
思わず笑うメディトークにハッ!としつつ一応に謝罪をした芽依はしずしずとお酒を飲みローストビーフを口にした。
「………………うま」
口に手を当て小さく言うと、パーシヴァルは笑顔全開で膝を叩く。
「気に入った!!お前、俺の伴侶にしてやる!マール公国に行くぞ!!」
「…………頭沸いてます?」
もぐもぐと口を動かし食べる芽依はローストビーフをじっと見る。
そしてメディトークを見上げると、ピクリと反応し芽依の頭を撫でながら喉の奥で笑った。
『また帰ったら作ってやるから、ハストゥーレの心配はしなくていいぞ』
「…………本当?なら食べちゃお」
『ぶれねぇな、こんな所でもアイツの心配か』
「…………だって、ただでさえ1人でお留守番で寂しいでしょ?せめて美味しいのは……」
「アイツも子供じゃないんだ、そんなに心配はいらないだろう」
「わかってますけど、あの子は大切なうちの子ですから……」
「なんだ!誰のことを言ってる!まさか誰かと添い遂げるつもりか!」
「そもそも移民の民は人外者の伴侶として連れてくる存在だぞ、お前何を言っているんだ?」
カツリと革靴を鳴らし足を組むセルジオ。
おお、かっこいい……と眺めていると、がたん!と立ち上がったパーシヴァルはメディトークを指さす。
「お前!その伴侶の席を開けろ!」
「…………あらやだ、本当にめんどくさい」
ポツリと零した声にアリステアも深く息を吐き出した。
マール公国は小さな国で、元はファーリアの中の一つの領土だった。
他国から攻め入れられた時にパーシヴァルの父は自ら戦地に赴き大きな戦果を挙げたのだ。
ファーリアの王が提示した褒賞を全て断り、かわりに領土を独立させる事を訴えた事により、パーシヴァルの父は小さな国の公王となった。
正式な国の王と認められず、ファーリアから離れた新たな国として公王として立つ事になったパーシヴァルの父。
それがパーシヴァル2歳の時だった。
まだ浅い歴史の中で、他国から見たマール公国はあまりにも脆弱で特産物としても海の幸があるくらいだ。
ファーリアから離れた為、以前に受けていた支援もなく、後ろ盾もない。
だが、当然だがファーリアの国に関わる人達との面識はあるため交流はそのまま続いていたのだ。
その理由として、王はパーシヴァルの父を気に入っていたのが大きな理由だろう。
それなりに保っていた公国ではあったが、ここに来て最大の危機が始まる。
全てはディメンティールが居なくなったらことから始まった。
元々海野幸が豊富で庭からの収穫が少なかった土地が、ディメンティールが居なくなったら事で一気に貧困が加速した。
世界規模での飢饉が発生した為、ファーリアでも支援は難しく公国は大打撃を受ける。
パーシヴァルとて、その時死にかけた程だった。
後にメディトークが現れ回復が見られた頃には人口のおよそ6割が亡くなり、今にも亡くなりそうな人は後を絶たなかった。
それでも草木をかき分けなんとか食べ物を増やしたマール公国は今も細々とだが存続を続けている。
収穫にも影響があり、海の幸も以前程取れない中でマール公国はまた別の問題に差し掛かっていた。
それは栄養の偏りから来る体調不良者が続出しているのだ。
だからこそ、一定数の野菜や果物が収穫出来るドラムストにパーシヴァルは訪れた。
「カテリーデンと言ったか、今日は後から見に行く予定ではあるが、そこで野菜などの状態を見るつもりだ」
「………………カテリーデンに?」
「ああ、何か問題があるか?」
芽依は顔を上げてパーシヴァルを見る。
そしてメディトークを見た。
今日は初売りである、芽依も参加予定だった。
しかも野菜果物がたっぷり入った福袋である。
メディトークも芽依を見て険しい表情をしているから、鉢合わせはしたくないのだろう。
「…………メイ、何か良いアドバイスなどは無いだろうか、マール公国での庭の収穫量を上げるために」
アリステアも、これ以上問題は起こしたくないと芽依を見て聞いてくる。
頷き悩む芽依は、メディトークを見た。
「マール公国以外にも海に面した国って有りますよね?」
『………………ああ、他にもあるぞ』
唐突な敬語に1拍置いてから返事をするメディトーク。
「……多分、海に物凄い近くに庭があるとか、砂地だったり……そんなんじゃなきゃ十分に育つと思うんですけど……むしろ海が近いならどちらも収穫可能で十分の利益が出そうですけど……なんででしょうか」
「……………………海が近い?」
パーシヴァルは聞き返すと、芽依は首を傾げた。
「……まあ、そうですね。物凄い塩害をこおむったとかじゃなければ問題ないと思いますけど……」
「…………海の水が畑に侵入した場合はどうだ」
「………………アウトじゃないですかね……詳しくは私も分かりませんけど」
良く良く聞いたらマール公国の土地は狭く周りの3分の2が海らしい。
住宅街や領主館があるので畑を用意する広大な土地がないようだ。
なので、不可侵の海の近くの土地を切り取り庭の場所を作ったらしいのだが、高波などの影響で庭に海水が侵入するらしい。
切り取っているのに、そこは入るんだ……と首を傾げつつ、それなら塩害もあるだろうなと思った。
「…………今までずっとそうしてきたんですか?」
「ああ、ディメンティールがいた頃は収穫に問題は無かったからな」
なるほど、ディメンティールの恩恵というより祝福が莫大過ぎて塩害などものともしなかったのだろう。
しかし、ディメンティールの祝福が消え、収穫量を下げたと同時に収穫に対する天災が起きないようにしていたのも薄れ塩害が発生したようだ。
それはマール公国にとって大打撃だった事だろう。
今までそれで問題なく育っていた作物が急に育たなくなった。
そこに塩害被害をパーシヴァル達公国は考えなかったらしい。
まあ、仕方ないのかもしれない。全国的に貧困になり収穫量が減ったのでディメンティールが居なくなったせいだと考えたのだろう。
しかし、ディメンティールが居なくなり100年だ、何か解決策を考えようとは思わなかったのだろうかと思わずにはいられなかった。
「………………どうすればいいんだ」
「え、あとはそちらの国で考えて下さい……」
メディトークに引っ付き言うと、パーシヴァルは身を乗り出して芽依に近付く。
それをセルジオが足払いで椅子に戻した。
「おわっ!何をする無礼だぞ!」
「…………ふん」
鼻で笑い顔を逸らすセルジオは酒を飲み芽依を見た。
「突っかかれてるのも面倒だ、何かあるか」
「ええ……んー塩害対策と、土壌の整備くらいしか思いつきませんよ……あとはセイシルリードさんに聞いてください……ていうか、なぜ専門家に聞かないんですか?」
「下々の者に聞くなどあってはならん」
「はぁ!?問題があるならまず専門家に聞くべきでしょう!貴方国のお偉いさんなのよね!?民を守ってなんぼでしょうが!自分のプライドなんか今は必要ない!他の国に支援とか頼む前にする事有るでしょ!?」
「………………まさか、なにも対策せずに来たと言うのか」
これにはアリステアも茫然自失である。
こんな頭の弱い人が公族でマール公国大丈夫なのだろうか。