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第113話 パール公国の賓客


 今日は朝から雪が降る寒い日だった。

 室内は温められ、寒くないようにと厚手のショールを肩から掛けた芽依は、足首まで来るふわりと柔らかなワンピースを着ていた。

 水色と白のワンピースにたっぷりのビジューが華やかにワンピースを飾っていた。

 首周りからデコルテは白のレースになっていて肌が美しく強調されている。


 部屋は季節に合わせた調度品があり、テーブルや椅子は猫足の可愛らしいものだ。

 カーテンは雲のように霧がかっていて不思議な見た目をしている。

 同じく床からはまるでスモークが炊かれているかのように白い煙のような物がモクモクとしていた。


 (不思議だ、床を歩くと足元がフワフワしてるのが分かる)


 座った状態で足を動かすとふわりと煙も動いていて、何故かうっすらと薔薇の香りがする。


 これから他国の方との会談があるので待機場所から別室へ移動した芽依とメディトーク。

 そこにはすでにミカとアウローラもいて、2人はビクリと体を震わせた。


「………………あ、あの!」


 ミカが立ち上がり震える体を押さえ付けるように膝あたりのスカートを握りしめて声を掛けるが、二人がけ用ソファがある方にメディトークが無言で誘導する。

 芽依もいきなり過去に飛ばされ散々な目にあって数日、朗らかに対応など出来る筈もなかった。


 ふいっと顔を逸らした芽依は薄茶色のソファに座ると程よい硬さのソファは芽依の体をしっかりと支えてくれて座り心地は抜群だ。

 沈みすぎず、しかし固くて痛い訳でもないフワッと左右から支えるように足や臀部を包むソファの不思議な感覚に、芽依はソファを触って確認する。


「………………不思議な感覚がする」


『座りやすさに特化させたらしいぜ』


「ほぉ……」


 サワサワと撫でていると、ノックの音と共に室内に入ってきたアリステア。

 セルジオにシャルドネと続き、最後に他国の賓客だろう3人の人物が入ってきた。

 見た感じ人間2人に人外者が1人だろうか。


「皆、待たせてすまない。こちらはパール公国から来た方達だ。パーシヴァル王子、こちらはミカと、メイだ。それぞれに伴侶と庇護者がついている」


 手で示された3人はそれぞれ個性的で、1番前に居る人はニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべている。


 (…………今、王子って言った?)


「時間を頂き感謝する。私はパール公国より来たパーシヴァルという。よろしく頼む」


 にこやかに笑ってはいるが、その話し方は位の高い者が話しているように聞こえて芽依は微笑みを浮かべたままテーブルに隠れたメディトークの足をパシパシと叩いた。


「こっちはカナタ、君たちと同じ移民の民だ。そして記録係として一緒に来たリルワーマ。綺麗な精霊だろう?」


「綺麗ですね……」


 そう紹介されたリルワーマも奴隷紋があり、ここの人達は美しい奴隷を連れ歩く趣味でも有るんだろうか。

 ハストゥーレとは違う真っ赤な燃えるような赤い髪と目を持つその精霊は黙ったまま静かに頭を下げた。


 ミカがリルワーマを見てぽわわん……と頬を赤らめて言うと、パーシヴァルは機嫌よく笑いアウローラがチラッと見る。

 性懲りも無くミカは初めて見る人外者に顔を赤らめている。

 移民の民の軽率な対応についこの間芽依が巻き込まれたばかりだ。

 いい加減にして欲しい、と冷たい眼差しを向けつつ芽依は他の人たちに視線を向けると、セルジオ達が眉を寄せているのを見ている。

 おや?と首を傾げてメディトークを見ると斜め上を見つめていて、とそちらを見るが特に何かがある様子もない。


 なるほど、厄介な人か。


 そう結論付けた芽依は、お洒落と礼儀の一環として付けられているメディトークの垂れ下がったスカーフをバレないようにそっと触る。

 このスカーフも天鵞絨の艶やかな光沢があり、少し重量感がある。

 それがまたしっかりと手に持つ感覚が伝わり滑らかな肌触りを余計に堪能させてくれる。


 いきなり掴まれたスカーフに首を引っ張られたメディトークは芽依を見ると、何故か満足そうな眼差しでスカーフを両手でニギニギしていた。

 メディトークが話しかけると空中に文字が浮かびこれ程内緒話に適していない人……いや、蟻はいないだろう。

 角度的に見えるシャルドネは、思わずほほえみ口元に手を当てた。


「今回君達に会いたいと我儘を言わせてもらったんだがな、それは我が公国の作物事情が……まあ、あまり良くなくてな。ファーリアの特にドラムストは平均的に作物豊作だと聞く。それで、話を聞かせてもらい、それぞれの庭を見せて貰いたいんだ。構わないだろう?」


 まるで断るなど有り得ないと言われている様子に芽依はゆっくりと顔を上げると、目が合い不敵に微笑むパーシヴァルにニヤリと笑われた。

 この感覚は祈り子アデリーシュに似ている感じがする。

 芽依のあまり好ましくないものだ。


「我らパール公国はな……君達移民の民はその場を動くことは無いだろうから知らないだろうが、海に面した国でな、海産物は豊富に取れるのだがなどうにも庭からの作物はなかなか育たないんだ。そこでだ!ドラムストの庭を直接見て改善点を測ろうと思ってな!どうだ、いい考えだろう?」


「(……この人、今私たち移民の民を馬鹿にしたね。しかも王子って言ってた。こういう階級には疎い方だけど流石に王子の意味くらい知ってる )」


 芽依はこのパーシヴァルの提案という名の強制を感じていた。

 マール公国の賓客として来た人に無礼を働くのは良くないのだろうが、これを素直に飲み込むのも癪に障る。

 しかし相手は殿下、つまりパール公国の正当な後継者なのだろう。

 だからそんなに偉そうにしているのだろうが、公国と言うだけあってさほど大きな国では無いのだろう。


「(さて、これは何処まで相手の要望に従うべきなのか)」


 ドラムストの、アリステアの立場が悪くならないで立ち回れる線引きは一体何処だろうとメディトークを見上げると、フッ……と笑ったメディトークが芽依の頭を撫でた。


 良く返事をしなかったと、メディトークは芽依を見る。


『殿下さんよ、コイツは最近来たばかりでまだこの世界にも庭にもようやく慣れ始めてきた所なんだわ。だからよ、簡単に知らんやつを招き入れて仲良くお話は出来ねぇんだわ』


 芽依を馬鹿にしたのは、メディトークは勿論アリステアやセルジオ、シャルドネもわかり、一瞬ピリッ……となっていた。

 そんなことを言った相手を庇護者である人外者のメディトークが良しとするはずが無い。

 メディトークから見たら、所詮他国の人間なのだ。


 サラッと馬鹿にしつつ返事を返すと、パーシヴァルの額に青筋が浮かび顔を赤くする。

 パーシヴァルの国では集まる人外者の位はあまり高くない。

 それは、小さな国であり人外者が好む物や気になる物があまり無いため寄り付かなのだ。

 結果、居場所を探した位の低い人外者が集まり公国の守護をしている。

 公国の王や、パーシヴァルに力を貸す人外者も勿論中位が多い。

 その為、王やパーシヴァルに頭を垂れる人外者も多く、マール公国以外をあまり知らないパーシヴァルは人外者を下に見がちだった。


「………………おい、たかが幻獣が俺に意見するな」


 メディトークへ向けた侮辱の眼差しに芽依が眉を寄せる。

 それはもう一気に機嫌を損なったのだ。

 それに気付いたセルジオは片眉を上げて小さく笑う。

 アリステアもそれに気付きシャルドネと顔を見合わせると、芽依はアリステアを見た。


 どこまで合わせるのですかね?


 そう如実に伝えてくる芽依の豪胆さに思わず苦笑するアリステアは小さく首を横に振った。

 その表情と仕草に、そんなに合わせる必要無しと判断した芽依はヨシ、と小さく頷く。

 もう悩む必要がないとわかって落ち着いた所で料理や酒が運ばれてきた。

 調度昼時で昼食のタイミングの為会食も一緒にとなった今回。

 様々な料理が運ばれ芽依の輝く瞳が料理を順番に追っている。


「………………素晴らしい野菜だな……やっぱりドラムストには何かあるな!」


 料理の野菜を見て頷くパーシヴァル。

 その中には芽依が提供した野菜も勿論多く含まれている。高級食材だと教えられた蕗の薹によく似たそれも美味しそうに料理されていて芽依は釘付けになった。


「では!いただくかい?」


 賓客として来ていたパール公国の移民の民カナタはそのまま座っているが、リルワーマはゆっくりと立ち上がり壁際に立つ。


 それを目で追っていた芽依に気付いたパーシヴァルはクスリと笑い、まだアリステアが箸を付けてすらいない料理を取り分けた。


「いや、すまないね。彼は奴隷だから同じデーブルに付く資格がないんだよ。移民の民である君達にはわからないかもしれないが、そんなものなんだ………………うむ。美味いじゃないか」


 フォークに指した肉を食べ絶賛するパーシヴァルに芽依は半眼になる。

 なんだろう、根本的にこの人とは合わない気がする。








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