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第112話 仕事始めとほんの少しの秘密の共有


「………………よしよし、おっけ」


 朝早くから庭に来ていた芽依は、キラキラ輝く野菜畑に水をやっていた。

 最近忙しく箱庭から水やりや収穫をしていた為久々に感じる充実感である。

 風を感じて冬の寒さに体は震えるが、野菜の香りや収穫の重さ、水やりで跳ねる水しぶきがキラキラと光っていた。


「…………やっぱり自分でする方が断然いいなぁ」


 水やりをやった野菜は急ににょきにょきと伸び出し成長を倍速でやらかしていて芽依は、はは……と笑う。

 さらにぶどうの手入れを終わらせて、果物を管理する場所がガラガラであるのを眺めた。


「…………なんか果物育てるか」


 手当たり次第に作物を育てる芽依にメディトークは難色を示すが、果物はぶどうだけだ。

 それほど問題は無いだろうし、なによりタルトやパイを作る時の果物がないのだ。

 ゼリーやプリンを作るにしても、もっと種類が欲しい。


「……………………そうだな林檎は必要でしょ、個人的に桃と苺は欲しい。秋には柿と栗、冬には蜜柑……いや、季節関係あるかな?どうだろう……バナナもいるか、チョコバナナ食べたい」


『どうした?』


 家畜の世話をしていたメディトークがノシノシと近付いてくる。

 真っ白で硬い素材のエプロンを付けていているが、汚れは一切ない。

 だが芽依は知っている、このエプロンは撥水加工がされていて家畜が肉に変わる時に使われるエプロンなのだ。

 数分前にはなにかの首が落とされ皮を剥がれ血を……………………。


「…………うん、お疲れ様です。今日は唐揚げでしょうか」


『どういった経緯で聞いてきやがった』


 無意識に落とされた首は素敵な鳥さんでジューシーな唐揚げになるのでは?とワクワクしてしまうのも仕方ないだろう。


「だって、首を落としたんでしょ?」


『……………………お前、もう少し聞き方があるだろうが』


「このあとの予定がなければお酒飲めたのにっ……」


『朝から飲むんじゃねーよ』


 頭に足を乗せられワシワシと撫でられる。

 少し芽依が緊張しているのが分かるのだろう。


『緊張してんのか?』


「してる、メディさんが許可を出してくれるか」


『……………………なんの話しだぁ?』


「果物を……増やしたい」


『他国との交流よりそれかよ……』


「大事だけど!他国の人大事だけど、今後に続く私達の庭を考えるのも大事でしょ」


 見て!と指さすのはぶどうがある場所。

 その周りはガラガラで何も無いのだ。


「ぶどうしかない!他も欲しい!!」


『………………わかるが、売りに出す物が増えるとカテリーデンのテーブルに乗らなくなるぞ』


「うっ…………うぅーん……」


 注意され確かにその通りだ……と悩む芽依。

 素晴らしい庭を作り上げ爽やかな果物の香りに安らぎつつ、暖かくなってきたら綺麗な椅子とテーブルでガーデンパーティがしたいとも思っている芽依。

 メディトークは勿論、今では極悪なまでに可愛らしい白の奴隷がいるのだ。

 やっと笑うようになってきたハストゥーレの喜ぶ顔を見る為には多少の無理も押し通したいところである。

 ゲームのように、この場でも販売が出来たらいいのに……と今はしなくてもいい悩み事が浮かび、また後でだわ……と頭を振った。



 芽依が今回必要とされるのは移民の民と話がしたいと言った他国の来賓者だった。

 その為、正装をした芽依はアリステア達が窓からギリギリ見える部屋に待機していてくれと案内されていた。


 仕事始めの祝詞という魔術をアリステアが美しい声で何重にも重ねていくのを遠くから眺める。

 出来るなら前みたいに近くで見たいものだと、息を吐き出した。


『大丈夫か?』


「うん?なんでもないよ」


 部屋にいるのは芽依とメディトークだけで、今もメディトークの足の上にちょこんと座っている。

 椅子よりも高さがあり、窓の上部からアリステア達を見る芽依を勿論向こうからも見える。

 誰だろう、賓客だろう芽依に気付いて手を振る男性がいたが、すぐにメディトークに向きを変えられそれ以上見ることは無かった。


『いいか、俺はお前の庇護者としてそばに居る。余計な事は言わない、聞かれた事は逐一俺を見て確認だ。大袈裟なくらいに身振り手振りをつけてやってやれ』


「メディさんに決定権があるようにするんだよね?」


『そうだ。何が目的でこんな事言いやがったのかが分からねぇ、隙を見せねぇためだ……頑張れるか?』


「………………うん、大丈夫」


 メディトークの足が芽依の頬を撫で、真っ黒な瞳が芽依を真っ直ぐに見る。

 つい2日前だ、過去から帰ってきたばかりの芽依の腕にはもう無い傷があった。

 自分は守るはずの立場にいたのに、芽依が居なくなったその場に居ることすら無かった。

 激情のままにミカを殴り飛ばしたが、それもその場に居なかった自分の不甲斐なさが仕出かした事でもある。

 かといって、ハストゥーレを恨んでいる訳では無い。


 あんなに主人を守れなかったと、後悔と絶望に染まった顔で泣く奴隷を誰が責められるか。

 しかも彼は決して戦闘向きの奴隷ではないのだ。

 優秀でそつ無くこなし、体術を含む戦闘も勿論出来る彼であるが、どちらかと言えば武は苦手な方である。


 そんな彼に今回の件を責めることは無いし、主人の芽依が叱ることが無いのだ、メディトークが叱る権利はない。

 ただ、自分自身が許せないだけだ。


「メディさん、どうしたの?なんかピリピリしてる」


『……なんでもねぇよ』


 頬を撫でる足に手を重ねて首を傾げるが、返事はなくて、頭をゴツンと当てられた。

 メディトークの漆黒の瞳に芽依が映り込み自分と目が合う。

 自分の倍以上大きなメディトークの頭は、きっと口を開くと芽依を丸呑みするくらいに大きいのだろうな、と黙って自分が写った瞳を見返した。


『……不安になったら直ぐに言うんだぞ』


「うん」


『……………………はぁ』


「何故にため息」


『お前がなぁ……緊張感なく酒に飛びつきそうだからなぁ』


「それは止めたら怒る…………いや、我慢しないと……ううぅ」


 本気で葛藤する芽依にメディトークは呆れた優しい眼差しを向けた。




 アリステア達のお仕事が終わるのを待っている間、芽依とメディトークは久しぶりのゆっくりな時間を過した。

 年末年始の慌ただしい数日は、今までの2人のまったり庭手入れとは真逆で詰め込まれた仕事を必死にこなす業務に近い。


 そんなたまにの仕事も2人は楽しかったのだが、ハストゥーレという新たな仲間が含まれ以前の様な2人でのんびりまったりというのも、また変わってくるのだろう。


 だから、今の2人きりの時間を大事にしようと思うのだ。


「…………ねえ、助けに来てくれてありがとう」


『それは聞いた』


「うん、でもバタバタした時間の中でちゃんとメディさんと話せなかったから」


『……まぁ、そうだなぁ……あの過去に行った話よ』


「うん」


『なんか隠してんだろ、お前』


「………………なんで?」


『不自然だったから』


「不自然……」


 メディトークの足に座っている芽依は振り向き見上げると、真っ黒な瞳がギョロリと下を見た。


『お前な、落ち着いてんだよ。いきなり知らん場所に行ってわけも分からず切られたんだろ。今まで見てきたお前は、どんな内容でも驚いたり怖かったら俺に話してたからな。それに何かを考えながら話してるだろバレバレだわ』


「…………………………ええ、メディさん芽依ちゃんの事大好きすぎるじゃん」


『茶化すんじゃねーよ』


「……………………うん、内緒なことあるよ」


『俺にも言えねぇのか?』


 真剣な眼差しに言葉。

 美しい室内にいる2人の間には少しだけ固い雰囲気がピン……と張り詰める。

 メディトークが心配しているのは芽依の存続。

 恙無く穏やかに、何時までも笑っていて欲しいのだ。

 それには、どんな情報でも隠さず提示して欲しいと思うのは傲慢だろうか。

 芽依だって、隠し事の1つや2つ有るだろう。

 しかし、この世界はどんな小さな事で足元を救われかねないのだ。


 しかし、芽依にだって理由がある。

 今回は自分の命が掛かっていたのだ。 

 ニアが言った。

 仕事に関わることだから話をしないでと。

 それはニアを含む今回の事のほぼ全てだ。

 芽依が言えるのはリンデリントの村の情報くらい。

 アリステア達はそれで納得したが、この蟻は追求を緩めない。


『それはあのガキの事を隠してんのか?』


「……………………」


『芽依、無言は肯定だぞ』


 その言葉にも芽依は笑っているだけで返事はせずメディトークはため息を吐いた。


『つまりだ、お前はあのガキを思って何かを隠してやがるって事か?』


 そこで芽依は、ゆっくりと首を横に振った。

 自分の頭に足を当てて聞いていたメディトークは、手を離し芽依を見る。


『………………なんだ、弱みを握られたか』


 それにふわりと笑った。

 芽依は決して返事を返した訳では無い。

 声を出して言葉にして伝えた訳でも無い。

 だが、これだけで芽依は明確な返事を返したのだ。

 詳しい話はしない。だだ、秘密はある、と。


『…………危ねぇもんか?それは』


 首を傾げる。

 正直よく分からないからだ。

 移民狩りについて、きっとまだ何かあるのだろうが詳しい話は一切されなかった。

 だから、この回答が正しい。


 メディトークは眉を寄せこのやるせない気持ちの置き場が分からずむしゃくしゃして、唐突に芽依を足で挟み持ち上げた。


「…………メディさん?」


『……なんだ、イラつくな』


「えぇ」


 ぶん……と横に振られて芽依はユラユラと左右に揺さぶられる。


「メディ……さぁん?」


『あ?イラついてんだ、話しかけんな』


「めっちゃブンブンされるん、だけど?」


『イラつき解消』


「なんて解消の仕方」


 ブンブンされるが芽依の服や髪型が崩れる事はなく、遊園地の怖くない乗り物に乗っている感覚だ。

 わぁーお、と浮遊感を楽しんでいた芽依は、ノックの音に意識をそちらに向けた。










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