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第102話 閑話 ある仕事中のたわいない雑談はその胸に灯火を灯す


リクエスト作品


 アリステア執務中の騎士や人外者から見たメイについての雑談。

 後にアリステアが混ざりたくなりウズウズとする。



 暖かな日差しが入る2時過ぎ、執務中のアリステアはサラサラと緑の茂る樹木の葉の擦れる音に顔を上げた。

 いつの間にか昼食を取ってから既に2時間が経過している。

 かなり集中していたせいか、本日の終了予定の3分の2が終わっていた。

 今日みたいな気分が乗っている日は早めに終わりそうだと椅子の背もたれに体を預けて少しの休憩を摂ることにする。


 サワサワと擦れ揺れる葉の音や小さな小動物の囀りを聞いて無意識に口端を上げた。


 室内に訪問者が現れた。

 ノックなく入ってきたのか休憩で珍しくぼんやりしていて気付かなかったのか、傍に来るまでその存在に気付かなかったのに、アリステアは領主としての立場故に失敗したと内心呟いた。


「………………ん?」


「休憩ですか?アリステア」


「シャルドネ……?いい香りだな、ありがとう」


「持って来ないと貴方は自分から水分を取ろうとしないでしょう?」


 コトリと音を立てて置かれたティーカップに透明なミニカップに入ったぶどうのゼリーを置いたのはシャルドネだ。

 追加資料を取りに来るついでにお茶を持ってきたらしい。

 鮮やかな緑色のぶどうがツヤツヤとしていて爽やかな香りが部屋いっぱいに広がる。

 疲れた体に染み渡る甘さを含んだ爽やかな香りに体を起こし、ミニカップを持つと2種類の層になっていた。


「……メイか?」


「作ったのはハストゥーレ君らしいですよ」


「そうか……仲良くしているようで良かった」


「元々優しい気質ですから、あの方にも合っていたのでしょうね」


 おやつ休憩にとわざわざ芽依が持ってきたのはアリステア達4人分のぶどうゼリーが入った白い箱と、その他2段になった真っ白の箱。

 ホワホワと笑いながら廊下で会ったシャルドネに駆け寄った芽依。


「お疲れ様です。良かったら休憩中にでも召し上がってください、ハス君が作ったぶどうゼリーです。ぶどうは品種改良中なので味や食感の感想を頂けると助かります」


 芽依は度々こうして庭で作った作物を使った試作品を持ち込み休憩のお供にと手渡してくれる。

 それは、4人分では無く工場生産の試作で作った物も持ち込み皆さんでどうぞと渡してくれるのだ。


 食料難になりやすい時期での贅沢なお菓子の差し入れに芽依を見た騎士はざわりと色めき立ち、人外者は直接中身を見に来る者も最近出てきているようだ。


「………………メイは凄いな」


「あの豪胆な性格、かと思えば細やかな気遣いも見せる。今の時期に素晴らしい祝福を皆に与えてくれる貴重な存在ですね」


「…………そうだな」


 目を伏せ鮮やかなゼリーを見るアリステアはボソボソと聞こえ始めた声に顔を上げた。

 聞こえた方向は外のようで開け放たれ、風が入ってくる窓に視線を向ける。

 休憩に入った騎士や、通りすがりの仕事をこなす人外者達の声が聞こえていたのだ。

 立ち上がり窓に寄ると、ハッキリと話し声が聞こえシャルドネも隣に並ぶ。


 アリステアの執務室の真下は騎士の休憩に使われやすい巨大な樹木が横並びに沢山ある。

 青々と茂った葉からはサラサラと優しい音がして、用意された椅子に座り上をむくと木漏れ日が美しいのだ。

 そこは騎士だけでなく人外者も休憩に来る人気の場所で、最近は芽依の差し入れを持ってくる事も多い。


「みろよこれ、ぶどうこんなに沢山……」


「なんか仕事してるだけでこんな贅沢していいのかな」


「…………子供に食わせたい」


 じぃ……とゼリーを見る騎士たち。

 普通のゼリーの上にぐるりとぶどうで飾り真ん中に生クリームをぐるりと人回し。

 その上に別の種類のぶどうが乗っていて、ドーム型の蓋がしていた。

 十分な量が用意されていて、不定期に持ち込まれるこの差し入れに騎士や人外者は心を惹かれている。


 最初は伴侶の居ない芽依に訝しげな眼差しを送る人が多く、そのクルクル回る表情や親しげな振る舞いが余計に未確認生物を見るような眼差しになっていたのだ。


 しかしこの差し入れをされる事で人間は、人外者は思っていた以上に現金な生き物で欲望に忠実だと言うことを再認識する。


「くっ!!なんだこの美味さは!!」


「これが毎日食えるんだよな……再就職……」 


「やめろ馬鹿野郎!……なんだその羨ましい職場は!!」 


「騎士道精神はないのか!お前ら!」


「……………………ゼリー食べながら言われても説得力ないっすよ」


 若手や中堅の騎士がふざけて話すのを先輩が止めるのだが、その手にはゼリーがしっかりと握られていて手が止まることは無い。

 騎士の大きな体に小さなカップは余計に小さく見えて、あまりの美味さに数口で無くなりシュンとカップを眺めてしまう。


 こうして芽依の庭信者が増えてきているのだが、芽依の持ち込む差し入れは基本的に売り物では無いので休みの日にカテリーデンに来ても無い方が多い。

 それ以前に、2日に1回とはいえ販売時間は3時間である。

 出会えるのが確実では無いのだ。


「…………………………どうやったら仲良くなれるんだ、簡単に買い付けしたい」


「や!やめてさしあげろ!!」


「え?」


「知らないのか?伴侶がいないあの人にはかなり執着している人外者が周りにいるって話だぞ!セルジオ様を筆頭にあの豊穣の立役者なメディトークも目を光らせてるらしい!……最近ではシャルドネ様も気に掛けているとか……」


「あ!このゼリー受け取ったのシャルドネ様って話だぞ!」


「……………………あの掴みどころなく笑ってる人が気にかける移民の民……こえぇ」


 笑いながら話す声はしっかり聞こえていて、シャルドネはほぉ……?と鋭い視線を向け、下にいる騎士がブルリと一瞬震えた。

 アリステアは苦情して、シャルドネ?と声を掛けると冷たい眼差しで微笑むシャルドネがアリステアを見て更に苦笑した。


「…………そうだな、たしかにシャルドネはメイと仲良くなった気がする」


「備蓄について話したのがきっかけではありますが、そうですねやはりカナンクルの薔薇に多少の影響があるのかもしれませんね。セルジオに遠慮せずもっと早く話しておけば良かったと後悔したくらいです」


「そんなことを言うなんて、本当に珍しいな」


「…………それくらい、人外である私達から見たら魅力的なのでしょうね。あの方と話をしたいと思っている妖精や精霊は多いと思いますよ。分け隔てないのも困りものですね」


 ダラダラと話をしているのを聞いていて、既に休憩とゼリーを持ってきてから30分が経過。

 下では入れ替わりに休憩にくる騎士が訓練や仕事の話をしつつ、ポツリポツリとゼリーや芽依の話をしている。

 人外者は表立って口に出す事は少ないが、芽依の言動は気にしている素振りを見せる者が増えてきてセルジオの眼差しが鋭くなっているのをブランシェットが、もう仕方の無い人ね!とプリプリしている。

 仕事に支障は無さそうだが雰囲気は悪いのだろう。


 芽依はあの通り穏やかで、時に豪胆でいて自分の欲望に真っ直ぐだ。執着も強そう。


 アリステアは仕事上の付き合いや移民の民についての話をすることの方が遥かに多い為、芽依自身をそこまで知らない。

 セルジオを筆頭に人外者に好かれる芽依だからこそ、トラブルが起きた時は注意が必要だろうという認識は今後も変わらないのだが、アリステアは芽依を一体どこまで知っているのだろうか。


 最近チラホラと聞こえる騎士からの芽依の好感度の高さ。

 しかし、芽依と騎士との接点はほぼ差し入れのみである。

 芽依自身を知らない騎士達は何を思って盛り上がっているのか、そして自分自身も芽依の知りうる事はもしかしたら騎士と大差ないのではないか。


 勿論そんなわけないのだが、アリステアは最近の騎士や人外者を見て要らぬ考えを巡らすようになった。

 何かを気になると知りたくなる性分であると同時に心配性であるアリステアは、芽依が一体どういう人物で何を考えているのか、また、芽依から見た自分は一体どう写っているのか。

 そんな疑問がチリチリと湧き上がって来ているのに気付いている。


 それは、移民の民と今まで引っ括めて見ていたアリステアが芽依個人に強い興味が出てきた証拠だろう。


「……………………ん?」


 パタパタと走るのは芽依である。

 こんな場所にくるなんて今までなく、困ったように眉を下げてキョロキョロと周りを見ていた。

 誰が声をかけるかと色めき立つ騎士達を横目に、我先にと近付く人外者にあっという間に囲まれたようだ。


 困ったように周りを見る芽依に手を伸ばす人外者を見てシャルドネから不穏な気配が溢れてきた。

 ぶわりと殺気立った気配に気付いた人外者や騎士は一斉に武器を構え上を見あげるが、そこに居るのはシャルドネとアリステアである。

 芽依を気遣う素振りを見せたのは数名だった事にシャルドネは目を眇めると、守る動作を取った騎士のうち1人は直ぐに武器を戻し礼を取った。


 そして素早く芽依を救出したその騎士がアリステア達を示し何かを話している様子が伺える。

 頷く芽依の様子を見て、これから数分で芽依がアリステアの執務室に来るのだろうと理解した。


 これからその数分間、珍しく不機嫌を隠さないシャルドネと待つ事になる不憫なアリステアはこんな日常が当たり前になってきたのだな、と何故か胸が暖かくなったのだった。


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