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第101話 そんな理由は聞きたくなかった


 少年の唐突なもぐもぐタイムが開始して、芽依は黙ってその様子を眺めていた。

 少年が話し出すのを待っていたが、既に一房の半分を食べている。


「…………えーっと、少年?」


「………………あ」


 芽依を見ながら無心で食べていた少年は、ピタリと止まって悲しそうにぶどうを見たあとため息をつく。

 そして、足が床につかない少年はプラプラと少し動かしてから話し出した。


「…………詳しくは言えないけど、僕はある妖精を追いかけているんだ。彼がこの死の村に来たって言う情報を掴んだから来たんだけど、居るのは君だけだった。もう彼は傍には居ないみたい」


「なんで、追ってるの?見つけてどうするの?」


「彼が移民の民を殺して回っているから」


「………………ころ、す?移民の民を?」


「そう。だから、僕が見つけて殺すの」


「な、なんで少年がそんな事をするの!?」


「しないといけないから。そんな僕を見たからお姉さんも殺さないといけないの」


「…………だって、私が知ってる少年は……」


「そんな事言わなかった?その僕はこの格好をしてる?どうしてお姉さんは僕の瞳の色を知ってるの?」


 俯き話す少年はブラブラと動かす自分の足を見ていた。

 巨大な鋏を持って小さな体をバネのようにしならせて芽依を殺そうとした少年と、芽依の知っている少年は本当に同じ人なのだろうか。


「………………そうか、違う世界線って言ってたよね……なら、少年も今の君とは違う……」


「多分、同じだよ」


「どうしてわかるの?」


「お姉さんが僕の名前を呼ばないから」


「………………なま、え」


 愕然とした。

 ずっと少年と呼んでいた彼の名前を芽依は1度だって聞こうとすらしなかった。

 あんなに可愛らしくぶどうを選別して売るくらい気に入っているのに芽依は1度も少年の名前を呼ぼうとはしない、考えたら事すらなかったのだ。


「僕は……僕達はね、人にバレてはいけない存在だから自分を認識させるものを排除するんだよ。名前はその人自身を紐付ける物だからね。だからお姉さんが僕の名前を知らないなら今の僕と同じ存在なんだと思う」


 買い物や休みの時と服装を変えている為、芽依が知っている少年はお休みモードだったらしい。

 しかし、その状態を知っていて今の少年と分かってしまうのは避けなくてはいけない。

 だからこそ休みだろうがなんだろうが少年が名前を名乗る事は無いし、バレたらどんな人だって殺さなくてはいけなかった。

 それが彼らのルールだからだ。


「でも、そうか。未来の僕は今を知っていてお姉さんに羽根を渡したって事なのかな。という事は……羽根を伝ってお姉さんを迎えに来るかもしれないよ」


 少年はふわりと笑った。

 立ち上がり背伸びをして芽依の頬を触れる。

 黒くザラっとした皮の手袋から出る指先が優しく撫でた。


「それなら、あとは未来の僕に選択を譲ることにする。今の話は仕事に関係するから内緒にしてね……妖精には気を付けて、あの妖精は移民の民を殺すから。あの…………い………………はな…………のよう……」


「え………………しょうね…………」


 いきなり少年の声がブツリブツリと途切れると、ブワッと風が舞い上がり室内なのに上から沢山の羽根が落ちてくる。

 目を細めて上を見ると、光がさし羽が舞い散る中、フワフワの羽根を生やしたメディトークが降りてきた。


「……………………羽アリっっ!!」


 くっ!!と別の所で戦いている芽依に、神々しい光を背負って降りてきたメディトークは芽依を見た瞬間三本の足で抱え込むように抱き締め少年から距離を取る。


『大丈夫か!?怪我はねぇか!?』


「メ……メディさん…………」


 グッと涙腺が刺激されて目がカッと熱くなる。


「アイツが死にはしないとは言ってたが……」


 芽依を見ると確かに怪我はない。

 しかし、袖は二の腕からスッパリと切れていて何かの攻撃を受けたことがよく分かる。

 すぐに腕を上げられ確認されたがもう怪我は無いのだ。


「……………………お前」


 メディトークは少年を見ると、無表情なままの少年は上を見あげた。


「………………僕じゃない誰かが羽根だけを道標に通ってきたなら、扉はすぐに閉じるから早く帰った方がいいよ」 


『………………クソッ……メイ、まずは帰んぞ』


「え……う、うん」


 振り返り少年を見ると小さく手を振っていた。


「………………またねお姉さん、未来で……もしかしたら未来の僕は……」


 舞い散る羽根に導かれるようにメディトークに支えられて空中に出来た扉をくぐる。

 その先は星空が輝く砂漠のような砂地で、羽根がヒラヒラと落ちている方向にメディトークは勢い良く羽を動かして飛んでいる。

 珍しく焦っている様子で、芽依は心配を掛けた……と脚にしがみつき黙っていた。


「…………メディさん、心配かけてごめんね」


『お前のせいじゃねぇだろ』


「うん。助けにきてくれてありがとう」


『……………………当たり前だろうが』


 ギュッと足に力を入れて薄汚れている芽依を落とさないように抱え直して遠くに見える扉に向かってひたすら飛ぶメディトーク。

 美しい星空を眺め、遠くの砂地には長く連なる商隊が練り歩き、また別の場所では火を囲って座る人達。

 ひたすら砂の城を作る人外者や巨大な釜をグルグルと混ぜる人と、離れた場所で何かをしている人が数箇所に存在している。


『…………クソッなんて道だ』


「道?」


『様々な道や時間を繋げる道が点在すんだがな、その道を魔術で繋いでいるんだ…………随分と良くねぇ道に繋いだもんだな』


「そう…………なんだ…………あれ?」


 遠くに一瞬、過ぎ去る道のどこかで見えた白い何か。

 その足元は真っ赤に染っていてだらんと力無く横たわる何かも見えたけど、一瞬だったから芽依の'気の所為だったのだろうか、蜃気楼みたいなもの?と首を振った時、急に現れたぶどうとツタの模様の扉を抜けた。







「………………帰ってくるよ」


 魔術を展開し続けていた少年が目を開き呟くと、閉じていたぶどうの絵が描かれた扉がゆっくりと開いた。

 ぬぅ……と現れた足にビクリとしたが、次第に現れるメディトークの頭や体にアリステアはホッとする。

 その足に芽依が捕まっているからだ。


「メイ……よく無事で」


「アリステア様……心配かけました」


「いや、いいんだ。無事に帰って来てくれたなら、もうそれで」


 メディトークに下ろしてもらい頭を下げると、メイに影が落ちる。

 顔を上げると心配そうなセルジオが芽依を見下ろしていた。


「セルジオさん」


「……………………………………はぁ」


 ため息をついてからギュッと抱き締めるセルジオに芽依はオロオロとした。

 今まで見たことがないくらいに憔悴したセルジオが抱き締めたまま話し出した。


「……居なくなったって聞いて心配した」


「…………はい」


「怪我はないか?服が破れているが今は大丈夫か?」


「なんともないです」


「……………………何があった?」


 体を離して聞いてくるが、もう時刻は深夜である。

 みんなが心配そうに芽依を見ているが、詳しい話は明日になった。

 落ちた場所がリンデリントであると聞いた事により、事情聴取がながくなると判断したからだった。


「明日、詳しく聞かせてもらいたいことがあるのだ」


 アリステアは芽依をじっと見て言い、芽依は静かに頷く。

 そして、ブランシェットが走り寄り芽依の安否確認をしていると安心した表情のシャルドネも微笑んでくれた。


「………………皆さんこんな夜中まで居てくれたんですね」


「勿論よ!良かったわお嬢さんが帰って来てくれて……」


 泣きそうなブランシェットは小さく夫の大口契約者だし……と呟き、優しいおばあちゃんな妖精さんの本能を覗き見した。

 思わず苦笑すると、あら!と口元を抑えるブランシェット。

 だが、そんなブランシェットがいないと少年を見つけることは出来なかったし、すぐに来てくれたからこそ芽依は無事だったのだ。

 全員の協力なくして芽依が無事に帰ってくる事は難しかっただろう。

 詳しい話は明日聞くのだが、芽依の怪我や呪いなど気付かない負荷が掛かっていては困ると、セルジオは芽依に体内を含めた体の不調を確認する魔術を芽依にかける。

 特別変わりは無いが、右手首に少しの違和感を感じた。手首を見るが変わりは無い。


「………………少し気になる跡があるから明日にでも詳しく確認するぞ」


「ん、はい」


 手首を返し甲を見るが、目視で変わりは見当たらない。

 セルジオは芽依に伝えると、素直に頷いたのだった。





「ご主人様……」


 アリステア達との話が落ち着いた時、自分よりも大きなその妖精はポロポロと涙を流し綺麗なかんばせを濡らしていた。

 無理やり笑みを作る痛々しい姿に芽依の胸はギュッとする。


「………………ハス君」


「申し訳ございません、申し訳ございません!」


「ハス君、大丈夫だから。怖い思いさせてごめんね」


 背中を優しく撫でて安心させると、急に力が抜けたのか芽依にしがみついたまま地面に倒れた。


「うわぁぁあお!?ハス君!?」


「……………………………………」


「寝てる」


 頬に掛かる髪を避けてあげると、瞼は閉じていて緊張の糸が切れた様に倒れ込んだ。

 すぐ横にしゃがみ込んだメディトークがハストゥーレを抱き上げる。


『お前が居なくなって自分をせめていやがった。無事に帰ってきて安心したんだろ……怒んなよ』


「ハス君はおバカさんだねぇ、あんなに必死に助けようとしてくれた子に怒ったりする訳ないのにね」


『…………寝かせてくるわ』


「うん、ありがとう」


 ハストゥーレの頭を撫でてからメディトークが連れて行く姿を見送った。

 そして、今まさに扉を閉じて消した少年へと視線を向ける。

 彼には聞かないといけないことがあるだろう。





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