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第100話 そんな幻獣がただの中位だと思うか?


「……どれくらいでわかりそうなのだ?」


「そうですわね……とにかく広いですから数で当たってはいますけれど少なくても2、3時間はかかりそうですわね」


「……そうか」


「隅から隅まで探しますからどうしても時間がかかりますの」


「いや、2、3時間で全てを見れるんだ、助かるよ」


 アリステアとブランシェットが雪虫の行動の確認をしている時、休日の少年が飛び散る雪虫に視線を向けた。

 何かを探すように隅まで入り家屋や地下、見えないように擬態した雪虫が教会に入り込んでいる。

 最深部までは弾かれ到達出来ず、それにブランシェットは眉を寄せていた。

 もし芽依が教会に囚われでもしたら……

 食材の確保を含め芽依という存在がもたらす幸運は計り知れない。

 国という狭い範囲に閉じ込めてしまったが、芽依を自由にするといずれ争いが起こる。

 それくらい、今は存在自体が貴重とされてきているのをアリステアは実感してきている。

 なによりあの豊穣と収穫の恩恵の力が強すぎるのだ。


「………………早く見つかれば良いのだが」



 アリステアとブランシェットが探している最中、落ち込むハストゥーレは無理やり笑みを作り庭仕事をはじめ、それを見ながら昼食を準備するメディトーク。

 そして、泣きじゃくるミカと震えるアウローラは隣にいるセルジオを見た。


「セルジオ様……あれは本当に中位なのですか?同じ中位でも力は私の方が上ですし、あれは戦闘向けの幻獣ではないではないですか……なのになぜあんなにも簡単に私の魔術を解除出来たのでしょう……なぜ……こんなにも震えが止まらないの……」


 セルジオはアウローラの疑問を聴きながら煙草を吐き出す。

 白い煙が空に上がって行く様子を黙って見てからアウローラに視線を向けた。


「………………さあな、詳しくは知らん。だが、おかしいとは思わないか」


「おかしい……?」


「ディメンティールが居なくなってから、同じ豊穣と収穫の妖精が代わりに祝祭を行ったが、まるで力が足りなかった。最初の1年目を覚えているか?収穫量が全体の3割程まで低下し飢饉が全国を襲った。生き物という生き物は死に絶えたあの1年は地獄のようだった。その次の年もその次の年も少しずつ回復傾向は見られたがそれだけだ。国がメディトークを見つけるまでそんな極貧の時期が続いた」


「………………ええ、勿論覚えています。食べる物が無く木の根をはむ様なあの生活を私は今でも悪夢のように思い出しますわ」


 ミカは知らない歴史を飢饉の話を泣きながら黙って聞いている。

 食事に困る生活をした事がないミカにしてみれば、遠い御伽噺のような話だ。


「あのメディトークは、上位の豊穣と収穫の妖精すら完全回復させることが出来なかった庭の状態を補助という役割だけで7割まで回復させた…………そんな幻獣が、本当に中位である訳がないと俺は思うがな……加勢の幻獣であるのもどこまでが本物かわからん。あれの姿は多種多様だからな」


 どういう理由で偽っているのかは知らないが、中位という見た目だけの力ではないだろうとセルジオは思っている。

 だからこそ、芽依がいる庭に二人だけで守護が足りなくても、セルジオは芽依の外的な危険をある程度守られるだろうと安心していたのだ。

 事実、芽依とメディトークが一緒にいる時目立った危機はないのだ。


「たしかに補助として入った年から実りはまるで別の食材や果実だと思うくらいの違いでしたわ、異常なくらいに。ですが、喜びが先に来て気にもしませんでした」


「ほとんどのヤツらがそうだろうな。だが、それだけに留めなかったからこそアリステアはメディトークとの関係を良好に維持し続け、メイの世話にまでこじつけた。多分アリステアもメディトークの真実には気付いていないのだろう。ただ本能が手放しては駄目だと思ったんだろ。今に思えばメディトークの補助をドラムストに任せたファーリアはいい選択をしたな」


 初回、メディトークを見つけたのはファーリア国の中枢で、ドラムストでの補助を依頼しなければメディトークはドラムストには来なかったのだ。

 そこでアリステアはメディトークをしっかりと今後のドラムストの豊穣と収穫の補助を取り付けた。

 それがとくにドラムストが豊かである証拠だ。


「ですがそれでも、私の花嫁に手をあげたことを許せません……許せませんが私が勝てる見込みはありそうにないです。あれは……中位などではないと思います一瞬向けられた殺気で私は数回殺された気分でした……格が違います。まるで……」


 チラリとセルジオを見るアウローラは青ざめた顔をふいっと逸らす。


 …………まるで、最高位の妖精や精霊の怒りを買った気分




 あれから昼食を取り、ブランシェットが全国に放った雪虫の情報を静かに集めているのを待つ時間が経過した。

 それぞれが模索し、様々な状況を鑑みてすぐに対応できる状態を維持するようにと考えを巡らせていた時だった。


「……………………あっ!」


「ブランシェット、見つけたか!?」


「いえ違います……あのメディトーク」


 ブランシェットはメディトークを探すと、庭の奥からノシノシと歩いてくる。

 ミカはビクッ!と体を跳ねさせアウローラにくっつくと、ぽわんとアウローラの頬に赤みが灯った。


「メディトーク!お嬢さんのところに来る子が居ますでしょ!?」


『…………だれだ?常連はかなりいんぞ』


「男の子の姿の子です!クルクルとした髪の」


『ああ、あいつか』


「あの子、何か知っているかもしれません。わざわざ雪虫を潰してこちらが気付きやすいようにしています」


『………………今はどうしてる』


「捜索中の雪虫の後を追っていますわね」


『…………庭に誘導してくれや』


 作業中の道具を片付けに行くメディトークはそのままハストゥーレを呼びに行った。

 これが何か解決の糸口になるだろうか……。

 すでに深夜帯になり、年始から活発に動き出す害獣である幻獣への対策をしながらメディトークは芽依の安否を心配した。


 少年はかなり遠くに居たようで、雪虫に案内されて到着したのは0時を過ぎた頃。

 雪虫以外にも捜索は続けられていて、教会内部の侵入を考えるべきかと話し始めた時だった。

 庭に響き渡るインターホンにメディトークはいち早く反応した。

 ミカはウトウトしていた時で、その音に驚き飛び起きる。


「な……なに?なに……?」


「大丈夫ですよ、ミカ」


 背中を撫で落ち着かせるアウローラは、ワサワサと沢山の足を動かし外へと続く扉に向かうメディトークを見る。

 暗くなった当たりを照らすように宙に浮かぶ苔玉と光石が淡く光り足元を照らしていて幻想的に美しいのだが、今は誰もそれに目を向ける余裕は無かった。


「…………遅くなっちゃった」


『いや……入ってくれ』 


 くるりと背中を向けて歩いていくメディトークの後ろを静かについて来る少年は、綺麗に整備された庭を見る。

 プリプリに実っている野菜は暗がりの中でもよくわかるし、遠くにあるブドウ栽培の方から芳醇な香りが漂ってくる。

 1度足が止まりコクン……と喉を鳴らしてから、少年はまた歩き出す。


「……雪虫、何か調べてたよね」


『ああ……よくブランシェットの雪虫だとわかったな』


「あれだけの量をいっぺんに出せるのは限られてるから」


『……そうだなぁ』


 キョロキョロと周りを見ると眠そうに目を擦るミカを見つけ、集まる人達の顔ぶれから少年はいつもと違うと違和感を感じ首を傾げた。


「あの可愛い子……」


 そんなミカは少年の登場にポツリと呟が誰にも拾われない。

 ついさっきまで隣にいるアウローラはアリステアと話をしに行った為、ミカは心細さを感じていた。

 1人孤独の中膝を抱えて座っていると、ハストゥーレが暖かな飲み物を用意しているのが見えて、ミカは無謀にもそろりと立ち上がりそちらに向かうのを誰も見ていなかった。



「…………雪虫が探していたのはお姉さん?」


 前を歩くメディトークに聞くと、ちらりと振り返り頷かれた。


「…………お正月」


『正月がなんかあんのか』


「………………だからあの格好だったんだ……うん。お姉さんは無事だよ」


『なんでわかる』


「…………なんでも……そっか、あれは君だったんだね」 


『何の話だ?』


 不振そうに振り向き少年に聞こうとした時だった。


「待って!ねぇ!!」


『チッ今度はなんだってんだ!』


 ミカの声が響き、メディトークだけじゃない全員の視線が集まった。

 またあの花嫁なのか、と全員が集まって来たのだが様子が少しおかしい。


 ミカがハストゥーレの腕を掴み声を掛けていて、涙目のハストゥーレは眉をひそめている。


「…………何をしている」


 はぁ……とため息を吐きながらセルジオが言うと、ミカは振り向き首を横に振る。


「ち……ちがう!謝ろうとしただけ!泣くほどびっくりさせちゃったから……」


「…………そいつが泣いたのはびっくりしてじゃない。自分の命と引き換えにしても主人を守るという奴隷としての使命をなせず目の前で主人を失った自責の念だ」


「………………え、奴隷」


 セルジオに言われどこに驚くべきなのか、ミカはハストゥーレを見ると、ギュッと目を瞑り手を強く握り締めていた。


「……大丈夫だよ」


「あ……君は……」


「お姉さんなら無事に帰るから大丈夫」


「なぜ分かるんだ」


「過去の僕が会ってるからだよ、今のお姉さんに」


「なに!?」


『会ってるだと?どこでだ!』


「死の村……リンデリント村だよ」


「……リンデリントだと」


 セルジオの顔が険しくなり少年を睨み付けると、無表情な少年は見返した。


「……うん、そこでお姉さんに会った。ちゃんと帰ってるのを見てるから心配しなくていいよ」


「そうじゃない、なんでリンデリントなんだ。なんの為にそこに居てあいつに何をした、何を話した」


 セルジオが少年の胸ぐらを掴み聞くが、その答えは少年から帰っては来なかった。


「…………いいの?お姉さん」


「……リンデリントは死の村と呼ばれる所以がある。どの時期のあの村だ」


「…………全てが終わったあと」


「……………………………………あいつを取り戻した魔術はなんだ」


「今の僕だよ」


 セルジオは胸ぐらを掴んでいた手を離すと、シワのよった服を直してから羽を広げた。

 そして、羽根を1本抜いて両手に持つと皆んなにみせた。


「…………羽根?」


 アリステアが覗き込むと、ぽわんと優しい光が内側から光った。


「僕の羽根は共鳴していて、預けた相手の場所を探せる様になってる。そこに道を開けるんだけど、僕が二人同じ場所に存在したら道は脆く崩れやすくなるから道と扉は開けるけど迎えには行けないよ。そして、過去への扉は僕以外が通るとなったら時間は短くなるから行って帰ってくる位しか出来ないと思う。急がないと過去に囚われるから気をつけて……お姉さんが僕の羽根を持っているから真上に扉を開いてあげる」


「………………なんでメイがそれを持っているのかはわからないが、それでメイの場所までいけるのだな?」


「…………うん、誰がいくの?」


「私が行きますわ、今回ミカのしでかしたことですもの。伴侶である私がするべきです」


 突然のアウローラに、ミカは目を見開き走りよる。


「まってアウローラ、それってアウローラが行かないとダメなの……?」


「責任を取らなくてはいけません」


「責任……」


 そんな二人にセルジオは手を振った。


「信頼の出来ない奴に頼むつもりはない」


「セルジオ様、私しっかりとあの方を助けて見せますわ!」


「私は庇護者だから、私が行った方が良いのでは……」


「アリステア、貴方は領主なのですよ!」


「あなたに何かあっては困りますからね。了承は出来ません」


 ブランシェットとシャルドネ両方にピシャリと止められ残念そうにするアリステア。

 一目でもリンデリントの様子を見たかった下心もあったのを2人は見抜いていた。

 リンデリントを見て時間が過ぎ過去に囚われるなんて事あってはならない。


「俺が行く」


『…………セルジオ、俺が行ってくるからよ道の補強と時間の延長をしてくれねぇか』


「……メディトークが行くのか」


『ああ、早く助けに行った方がいいだろうが、より安全に。それには道の補強と時間の延長は必須だろうが。だが俺には出来ねぇからな』


「…………わかった、メイはまかせる。補強はまかせろ」


「私も道の幅を広げますからね」


 セルジオ、ブランシェットとシャルドネも頷き道を維持する助力すると約束する。


「…………メディトーク様」


『ハストゥーレは笑って待っていろ、それがアイツの為になるからな』


「……………………はい」


 話をしているセルジオやメディトーク達を見てから羽根を持ったまま少年を中心に魔術を展開する。

 羽根の追跡に過去への魔術の道を開き扉を開ける。

 さらに本人ではない別の人が通る魔術を更に重ねがけし、道を少しでも長くする為に更に魔術を重ねる。

 下から幾重にも重なる魔術の合わさりにアリステアは息を飲んだ。


「…………あんな高度な魔術を短時間に練り上げ寸分の狂いもなく重ね合わせるなんて信じられん……あんなに美しく作り上げるなど、高度な魔術錬成が出来る者は他に見た事が無いぞ」


『……初めて見た時からアイツの異質さや強さはなんとなくわかったが、これ程とはな』


「この魔術に補強か……伸ばせても数秒単位になるぞ」


 完全に力を覆い隠していたこの少年を一目見てこの強さが分かるのも、そんな魔術の重なりに手を加え時間を数秒でも伸ばせるのも普通では出来ない事だ。

 アウローラはゾクリと身体を震わせた。

 中位と上位とでは埋められない力の差がある。

 その更に上のセルジオに、中位のはずのメディトークは同じくらいの力の差に感じて仕方なかったのだった。




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