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第97話 私は居合わせただけです


 あんなに可愛らしいぶどう好きのこの少年が芽依を本気で殺しにくる。

 両腕が切られまだ出血がダバダバと流れている。

 きっと少年にしたら花の香りが溢れているのだろう。

 しかし、喰う欲求はないらしくただ芽依を殺す事に重点を置いているようで、巨大な鋏を持ち今にも走り出そうとする少年。


「待って、なんの理由で私殺されそうなの?一体どうして?私の知ってる貴方は柔らかく笑っていつも私を助けてくれていたよ」


「………………気のせいだよ、僕お姉さん知らないから」


「それでも、私は知っているの。今隠されている貴方の黄色い瞳も、貴方がくれた羽根も」


「………………羽根?」


 ザっ……と走り出した少年は芽依に鋏を振り下ろした瞬間、羽根と言われてピタリと動きを止めた。

 首の皮が切られツー……と血が流れる。

 バクバクとなる芽依の心臓を握り潰さん勢いで少年は胸元を掴んだ。


「うっ……」


「そんなはずないよ。僕達の羽根には意味があるから、あげた人を忘れるなんてありえない。だから、君は知らない人」


 初めてお姉さんではなく君と呼ばれた。

 すぐ側で聞く少年の声は同じなのに硬質で優しさがない。

 羽根の話をしたのが如実に出た気がする。


「……………………見て」


 少年を見つめたまま手探りで箱庭を探し出し羽根を呼び出す。

 片手に持った羽根を少年の目の前に差し出し見せつけた。


「これが少年から貰った羽根だよ」


「………………………………本当に?」


 武器を地面に刺した少年は芽依から羽根を取りじっと見る。

 コテンと首を傾げて不思議そうに呟いた。


「…………確かに僕のだね。なんで、ねえなんでお姉さんが持ってるの?」


「少年がくれたんだよ、少年が私のプレゼントと引き換えに」


「……………………プレゼント」


「そう、こっちをあげる。その羽根はあげれないからこっちをあげる」


「ぶどう?」


「そう、君が大好きな私が作ったぶどうだよ、少年」


 箱庭からぶどうを出し1粒口に押し当てる。

 しかし、少年は口を開けることは無くぶどうを弾き飛ばした。


「あ……」


「毒が入っているかもしれないのに?」


「入ってないよ…………ほら」


 もう1粒、今度は半分齧った後に少年の口に運んだ。

 芽依のシャクシャクと聞こえる咀嚼音を鳴らす口を黙って見てから、少年はゆっくりと口を開き唇でぶどうを挟み取る。

 芽依を見ながら舌で器用に巻き取り口に入れ齧ると、広がる爽やかな甘みに目を細めた。


「これを買いに少年は私の所に来るんだよ」


「……毒はない……美味しいよ」


「ないよ……」


 毒の確認をする少年にカクリと頭を下げそうになるが、足元には鋏があるし胸ぐらは捕まられたままだ。

 困ったな……と芽依は眉を下げると、少年はゆっくりと手を離し鋏を持った。


「…………お姉さんに僕が羽根を渡したのは分かったけど……今の僕を見られている以上は殺さないといけないんだけど……どうしようかな」


「そこは悩まないで殺さないにしてくれないと困るんだけど……」


 少年は少しなやんだ様子で芽依を見つめる。


「…………お姉さんは別の世界線か、それとも未来か……たぶんそんな場所から来たんだと思うよ」


「………………別の世界線……未来……?」


「うん、確かに僕の羽根だけど、僕はお姉さんを知らないしお姉さんは今の僕を知らないでしょ?だから、1番可能性があるのは未来かな……羽根を持つお姉さんを勝手に殺したら未来の僕、怒るかな……」


 悩ましい……と考え込む少年に芽依は目を見開く。


「………………どうしようかな?」


 首を傾げる少年に、芽依は息を吐き出し無理やり笑った。


「少年、等価交換をしよう。少年が気に入って私を守る代わりに対価として選んだぶどう、それをあげる」


「……………………ぶどう」


「うん、その代わりに教えて欲しい、私を殺す理由」


「……………………………………」


 少年はじっと芽依を見て、周りを見渡してから何かを探っているのかピタリと動きを止めた。

 其の瞬間風も、揺れる木の葉も落ちる瓦礫ですら時間が止まったかのように静まり返った。


「………………うん、わかった。今はいないから少しだけならいいよ」


 ゆっくりと長いまつ毛を震わせて目を開けた少年は、黒い布で隠れているはずなのに真っ直ぐ芽依の腕を触った。

 両腕から流る血液に触れて、それを舐めとると少年の身体が歓喜に揺れた。


「あ……駄目だよ少年」


「…………………………お姉さんはぶどうの味がする」


「え?ぶどう?」


 かぷっと切った腕に喰いついた衝撃に驚き腰を抜かした芽依はストンと座り込んだ。

 それに合わせて一緒に座った少年は、芽依の膝に片手を置き体を芽依に寄せながら切った傷跡を舐めとる。


「いっ………………」


 ぴりっとした痛みに目を眇めると、少年は顔を覆う黒い布の紐を解いて、あの黄色い瞳で芽依を見上げてきた。

 真っ赤な口を離して、血で汚れた舌で唇を舐めとる。

 そして、逆の腕を掴み切られた二の腕に舌を這わせた。

 またぴりっとした痛みが走って小さく呻くと、その様子を見ながら舐める少年が小さく笑って口を離した。


「………………なんで」


「傷、塞いだよ」


 いつもの見慣れた無表情が笑みを作る。

 真っ赤に染った口と、ちらちら見える舌が芽依の血液を飲んだのだと嫌でも理解させて血の気が引いた。


「移民の民の血を飲むのは初めてだけど、凄い美味しいね……お姉さん……これ以上血を流してもっと食べたくなったり、他の人外者を呼び寄せても困るから、ちゃんと消しとくね」


 腕をひとふりした少年は、地面に落ちた血液を浮かび上がらせ透明な球体に閉じ込めた後消し去った。


「…………これでいいね」


 満足そうに頷いてから少年は芽依を手招きして村長の家に入っていった。


 埃の被った室内を見た少年は鋏を取り出して床にカリカリと何かを書き出している。

 それは何かの魔術を展開させようとしていて芽依は身構えるが、魔術陣を結んだ瞬間優しい風がふわりと室内を満たして埃の被った室内は一瞬で綺麗になった。

 目を丸くして周りを見渡すと、木製の優しい雰囲気がそこかしこから現れる可愛らしい室内が復活していて、崩れた家屋から入るすきま風がいつの間にか修復されていた。


「…………わぁ、なんて可愛い家だったんだろう」


 復活した家を気に入った芽依はぐるりと周りを見渡すと、少年はカタン……と音を立てて椅子に座った。

 四角い食卓テーブルに丸みを帯びた鮮やかな色合いの椅子。

 木製で出来た大きな玩具のようだが、勿論しっかりした造りで座り心地も良かった。

 少年の座った向かいに芽依も座ると、じっと見てくる少年が口を開く。


「………………ぶどう、欲しいな」


「くっ…………髪の長い少年も威力ヤバい……」


 つい先程まで芽依を殺そうとしていた少年は、今や穏やかにキラキラとした目を隠すことなく素顔を晒している。

 強請られるがままに箱庭を開くと、相変わらず話し中の様子が見られる。

 しかし、そこにメディトークは居なくグイッと場所を変えると庭の外に続く扉に向かっているようだ。

 芽依は首を傾げつつ、そんなメディトークの頭をひとなですると、歩きが止まりピコン!とビックリマークがでる。

 この仕様が本当に可愛いと思う。


「…………お姉さんは箱庭を持っているんだね」


「うん。庭の様子がわかるから安心するよ。皆心配してるみたい」


 箱庭を撫でてからぶどうを取り出すと、いつの間にか用意されていた木製の皿が置いてあった。


「…………おお、これも可愛いらしい」


 そう言いながら2種類のぶどうを取りだした。

 ひとつはいつも少年が買うぶどう、そして品種改良中のぶどうだ。

 そのぶどうに手を伸ばした少年は1粒とり、張りのあるぶどうを口に入れた。

 半分に歯を立て芽依を見ながら齧り付く少年は、指に流れたぶどうの汁を舐めとった。

 シャクシャクと先程のぶどうよりも爽やかな甘さで、どうやら少年はこちらの方が好きなようだ。

 残り半分も食べて親指をペロリと舐める。


「………………こっちの方がお姉さんに近い」


「え、少年がぶどう好きなのって私の血の味に似てるって事……?」


「似てる、美味しい」


「え……えぇ……」


 しかも、何故かぶどうを食べる時に芽依を見ながら食べるのだ。

 芽依を見ながら食べる事で擬似的に芽依を喰っているつもりなのだろうか。





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