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第96話 飛ばされたのは初めてです


 あの様々な色が一斉に飛び散り芽依に襲いかかった時、ハストゥーレはそれから守るように芽依を押してくれた。

 しかし、不幸な事に追跡魔術でも着いていたのかまっすぐ芽依へ進行方向を変えた光は全身にぶつかり弾けた。

 眩しさと少しの衝撃、恐怖に目を閉じた芽依は、触れていたツルツルの綺麗な床からザラザラとした砂を感じて目を見開く。


「…………え、何処ここ」


 屋内に居たはずなのに何故か外にいて、寂れた街の片隅に座り込んでいた。

 たった一人で周りには誰もいない。

 場違いな程飾り付けられた格好のままの芽依は立ち上がり呆然と周りを見渡すが、勿論見覚えは無い。


「…………これは」


 すぐ隣にある崩れ掛けた木製の建物は酷く朽ちている場所もある。

 人が、住んでいるのだろうか……。

 こんな場所で?


「…………これ、私帰れる?」


 眉を寄せて不安そうに呟いた芽依は、雨降りそうなどんよりとした雲が少しずつ流れてきて居るのを見上げる。


「とりあえず人……人を探そう……」


 ベールを被っていることを確認してから人通りがありそうな場所を探して歩き出した。

 室内でも靴を履く習慣があるのを今こそ感謝したことは無い。

 柔らかな靴は瓦礫が崩れて歩きにくい道路でも芽依の足を守ってくれる。

 針金や木材などが崩れて色々な場所から飛び出ているのを慎重に避けながら歩いていてやっと気付く。


「………………雪がない」


 あれだけ毎日雪が降っていたのに、どこにも雪が積もっていない。

 それどころか、少し肌寒さは感じるがコートが無くても動ける事にまた足を止める。


「…………まってよ、なんで寒くない?此処ってドラムストからかなり離れた場所なの?」


 顔を青ざめさせた芽依は、こんな時の緊急連絡の仕方を知らない。

 芽依は急いで箱庭を開くと、庭にはアリステアやセルジオ、シャルドネや今日居なかったブランシェットまでも居た。

 ハストゥーレが泣いているのだろうか、涙がポツリポツリと流れる絵が動いていて傍らにメディトークがいる。

 少し離れた場所にはミカとアウローラも居るようで、相変わらず泣きじゃくるミカをアウローラが抱き締めているようだ。


「………………ハス君、君のせいじゃないんだよ。ごめんね、泣かせて」


 箱庭からハストゥーレを撫でると、ピコン!とビックリマークが浮かぶ。

 お?と見ているが、箱庭からは特別変わりはない。

 何か話しをしているようだが、多分芽依が居なくなったことに対してなのはわかる。


「………………迷惑、かけてるなぁ」


 かなり困惑する状況ではあるが、芽依はまだ半信半疑で現実と捉えていない所がある。

 とりあえず人……と呟きながら箱庭をしまって歩き出した。


「…………なにも音がしないし、明かりもない。それどころか建物がほとんど崩れてる……住むには無理そう」


 開けっ放しの玄関から中をのぞき込むと食べ掛けの料理が乗せられた食卓に埃がかかっていた。

 周りを見ると整理整頓されているが、食卓と同様に埃が被っている。

 家は一般的な家庭らしく別の部屋を覗くと子供部屋みたいだ。

 小さな女の子用の玩具が散らばり、服が壁に掛かっている。

 そっと扉を閉めて家を出た芽依は別の家を見るが、同じように埃が被っていてやはり人の気配は無かった。


「………………どうしよう、人がいない」


 暫く歩き気紛れのように無人の家の中を眺める。

 困った事に人が居る温もりがまったく感じ無くて本当に芽依しか居ないようだ。


 小さな村のようだ。

 少し歩いたら端から端まで到達するくらいの狭さで、村長だろう家は同じく木製で出来た少し大きな家。

 どの家も木製で出来た家具があって、埃に塗れているが今でも丁寧に磨き手入れをしたら美しい家具に生まれ変わるだろう。

 それくらい匠の技術が施されたものだった。

 全てが小さな子供の玩具の様な木製の家具で、更に不思議なのは蛇口やコンロも木製なのだ。

 家を作る為の木とは確実に違う木材を使用していて、あれだけ家屋が崩れているのに家具の痛みは一切ない。

 これは素晴らしいな、と頷いてから村長の家を出ると1人の人外者が佇んでいた。


 小さな体に薄い水色のクルクルした髪は記憶よりも長いが、その背中にあるフワフワの羽は背中を向けているが見違えることは無い。

 芽依の常連客としてぶどうを買いに来る少年ではないだろうか。

 いつものフリルがたっぷりの服ではなく、全身真っ黒の体にピッタリと吸い付くような服を着てごついブーツを履いている少年は、瓦礫が積み上がった場所に片足を乗せていた。

 ガラン……と瓦礫が崩れ、それを静かに眺めているようだ。

 その手には大きな布を持っている。


 「………………間に合わなかった。今回は村ごとかぁ」


 はぁ……と息を吐き出して呟いた少年はゆっくりと振り向き芽依を見る。


「あ…………」


「で、お姉さんはだれ?どうしてこんな死の村なんかに居るの?」


「…………え、少年、だよね?」


「僕、お姉さん知らないけど?」


 振り向いた少年は顔に真っ黒の布を付けていて布から出ている紐を後頭部で結んでいる。

 感情の乗らない声色で話す少年に芽依は一方後ろに下がった。


「失敗したな、こんなタイミングで人が来るなんて。ちょうど外套を汚したばかりだったのに」


 片手に持っていたのはどうやら黒い外套だったらしく、よくよく見たら血がベッタリと付いていて裂けている。

 ポイッと瓦礫の中にそれを投げ捨て、細い体が余計はっきりと見えた。

 返り血だったのかもしれない、怪我は一切なく傷1つないようだ。


「…………少年、ここはどこ?」 


「少年……?ここは死の村だよ。もう誰も住んでない」


「ドラムストから遠いのかな?」


「………………ドラムスト?どこ?」


「え!?……少年、えぇ待って……少年がドラムストを知らないはずないよね……え?別人?でもそんなはず……髪、どうやって伸ばしたの?」


 ゴクリと生唾を飲み込んで聞くと、少年は首を傾げた。


「……僕、ずっとこの髪型だけど?お姉さん大丈夫?」 


「…………………………え、大丈夫じゃないかも」


 俯きスカートを握りしめた芽依はキョロキョロと忙しく視線を巡らせた。

 前にいるのは確かに少年で、顔は隠れているが見た目や声、話し方は完全に一致している。

 知らない場所、知ってるはずの少年の冷たい対応に芽依は混乱した結果。


「………………ふぅ、ちょっと待って」


「……………………?」


「飲まなきゃやってられない」


 箱庭を取りだして中から出したのは庭で作っている葡萄酒である。

 瓶から直接口を付けて一気に半分飲み干すと、少年は呆気にとられていた。


「………………なにしてるの」


「お酒を飲んでる!まったく、いきなり知らない所に飛ばされて知らない場所で少年はいつもとなんか違うし、意味わからない」


 ぶわっ!とスカートを膨らませてその場に座ると少年は黙って見つめている。


「……いきなり知らない場所に来た?何かの魔術が反応したんじゃない?」


「……あ、あの子か、厄介だな……!」


 ダン!と瓶を床に叩きつけると瓶の中でちゃぽんとワインが跳ねた。

 それによって芳醇な葡萄酒の香り立ち少年は瓶を見つめる。


「……で、お姉さんどうするの?僕はお姉さん殺さないといけないんだけど……」


「………………え?」


「実行中に見られたからには殺さないと。それが決まり事だから……」


 ぶんっ……と風が吹き顔を両腕で庇うと、両腕の肉がぱっくりと切れた。


「は………………ああああぁぁぁぁぁ!?」


 ボタボタボタ……と両腕から血が流れて地面を濡らすと、少年は顔を上げて芽依を見た。


「……………………お姉さん、花嫁だったの?そんな感じしなかったからわからなかった…………そっか、困ったな」


 目を伏せ呟く少年を切られた両腕を抑えながら見ているが、少年からは無常な言葉が聞こえてくるだけだった。


「……………………仕方ないよね、伴侶ごと消すしかないかな。逃げたヤツも捕まえないといけないのに仕事増えた」


 はぁ……と息を吐き出した少年はいつの間にか持っている巨大な鋏をジャキリと動かして芽依を見る。

 ほんわかとした雰囲気を完全に消し去った少年は足に力を込めた。


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