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第94話 新年のご挨拶


 芽依は先程のガデリとの会話で値引きしての販売は大所帯には助かるよね……と販売方法、更には売る場所を検討する。

 1番は痛まないように管理する事なのだが、他の人のように時間経過を止める事は芽依には出来ないし、メディトークやハストゥーレに頼むには量が多い事と、頼む仕事が増えすぎて頼みにくいのだ。


「何かいい方法は……」


 芽依はブツブツと言いながら歩いていると、アリステア達がいる広間に到着した。

 比較的近い場所の広間だった為に芽依はひとりで向かったのだ。

 広間にはアリステアとアリステアに近い場所で働く人や数人の人外者が集まり、お正月の割には人数が少ないなという印象だった。

 ブランシェットも居ないので芽依にしてみれば意外である。

 その他壁際に集まる移民の民がいて、芽依も其方に行くべきかなと歩き出したが、ミカが芽依を睨み付けた事で足が止まりそうになる。


「………………面倒な感じがしてならん」


 はぁ……と息を吐き出してから、ゆっくりになったスピードを戻してミカから離れた場所にたった。

 隣はあのミサの時にメディトークを見て吹き出した花嫁さんだ。

 えへ……と笑った芽依に、その人は手を握りしめてきた。


「あ、あの……お節買いました。ありがとう……嬉しかった」


 頬を赤らめてお礼を言うその女性は日本食に飢えていたのか、お節を見た瞬間伴侶を放置して芽依のブースに駆け込んで来たのだ。

 目を見開きたどたどしい話し方でお節を買う旨を伝えるその人に、芽依はなにやら込み上げるものがあったのだが喜んでくれて本当によかった。


 それを聞いた他の移民の民も数人芽依にお礼を言いに来た。


「お節なんて、もう食べれるとは思ってなかったよ。ありがとうな」


「昔は昆布巻きの何がいいのとか思ってた自分をぶん殴りたくなったわ」


「あれは高い作りよね……凄いわ、あれを量産するなんて」


「茶碗蒸し美味しかったよ!」


 伴侶は微妙な顔をしているが、思いがけないお節に購入者全員の顔が綻んでいるのを見ていたからグッ……と我慢しているらしい。


「ふ……ふふ、正月前に食べたんですか?」


「北海道出身だからね!」


「なるほど」


「私、我慢できなかった」


「我慢する余裕がなかった」


 絶賛されるお節、その存在を知らなかった移民の民は愕然とお節……?と呟いているし、ユキヒラは最終日カテリーデンにはいなかった為購入所か作っている事も知らなかったショックにヘナヘナと椅子に座りこんだ。


「あら!?ユキヒラ!?そのお節……?が欲しいの?待ってて!!ねぇーー!!お節が欲しいのだけどー!!」


「売り切れでーす!完売でしたー!!」


「いやぁぁぁ!!」


 メロディアが倒れ込み顔を覆う。

 慰めるユキヒラもガックリなのでメロディアの落ち込みようは半端なかったが、仕方ない事だからと南無南無と祈っておいた。

 お節を作った事で移民の民にはかなり喜ばれたようだ。

 芽依が作っていた事を知らなかった移民の民は、まさか……お節!?とギュイン芽依を見たが、売り切れの言葉にユキヒラみたいな反応をしている。


「では、そろそろ挨拶を………………どうしたのだ」


 アリステアは準備が終わり芽依達の所に開始の連絡をしようとしたのだが、まさかのお節で狂喜乱舞していたり、絶望している人もいる。

 あ……はは……と乾いた笑みを浮かべる芽依に、また何かしたのか?と視線を向けてくるアリステア。

 最近のアリステアは、問題が起きた時はチラリと芽依に視線を向けてくるようになっているのだが、冤罪である。

 ただその元になっているのが芽依から提供される食材や料理だったりする事もあるのだが。


「お節がぁぁぁぁぁ……」


「…………ああ、なるほど。あのお重の事か」


 素晴らしい出来だったな……と思ったが、絶望を背負っている移民の民達の前で軽々しく言えなかった。






「では、新年の挨拶とさせて頂く」


 芽依たちの座る場所の前にアリステアやセルジオといったお偉いさん達が並び挨拶をしている。

 この挨拶は領主であるアリステアから領民全てに向けられるもので、投影と遠隔、共鳴の魔術を重ねてアリステアを含むこの場所全てを街の広間や各家庭に飛ばしている。

 年初めの挨拶は、アリステア達の顔見せや、去年1年で変わった移民の民の顔見せも含まれている。

 様々な仕事に着く移民の民は領民と接する機会もある為、顔を見せて素性を明かしているのだ。


 そして、三が日にわざわざ朝から家を出て挨拶にくるアリステア達のために並んだり場所を整える必要が無いように投影する様に変わったのは、まだ10年も経っていないらしい。

 それまではアリステア達が各街を訪問してそれぞれに挨拶と祝福を祈っていたらしい。

 今では1度で全てを終わらせ祝福も領内全て広範囲で行う大規模な物になったけれど、前もって準備をしておけば時間の短縮もアリステア達の労力もグッと減った。


 何やら小難しい事を話すアリステアを見ていると、芽依の隣にはいつの間にか来ていたハストゥーレの姿があった。

 今日の芽依のパートナー代理はハストゥーレらしい。

 最近笑顔が見えてきたハストゥーレにホクホクしていると、ハストゥーレは小さく微笑み右手を胸に当てて頭を下げる。

 美しい奴隷のそんな姿にクラリとすると、首を傾げご主人様?と聞き返されたら、もうグッチョブと親指を立てるしかないではないか。

 緑の色彩が強いハストゥーレは暖かな印象が強くなってきていて、その映像も流れるので芽依が白の奴隷持ちと分かる領民もかなり居ることだろう。

 そう、微笑む白の奴隷である。

 その爆発的な威力は今参列している移民の民にも流れ弾が当たり、胸を抑える人が続出している。


 (ご……ご主人様だと……)


 (あの外見でご主人様って笑うなんて……)


 (禁欲的な雰囲気が余計に色気を増してる!)


 (けしからん!!……奴隷……) 


 皆さん、抑圧されて闇堕ちしていたとは思えない程感情が豊かになりましたね……と芽依は乾いた笑みを浮かべた。

 それくらい分かりやすかったのだ。

 ギラリとハストゥーレを見る眼差しに、芽依は警戒心を上げ投影されている事も忘れてハストゥーレの腕をギュッと握った。


 (うちの子は誰にも渡さない!!)


 そんな芽依に色の含んだ眼差しを向けるセルジオ。

 しかし、考えている事はしっかり話を聞いていろ、である。

 芽依を喰った事で否応なしに香り立つ色気が立ち登り目に熱が籠る。

 だがそれでもセルジオの理性は正常で、年始初めての行事中のざわめきに眉を寄せていた。


 年始の挨拶は新年始まりの祝祭となるのだが休日でもある。

 大事な新年への切り替わりの祝祭は挨拶と祝福を含む祝詞で終了する。

 祝詞は歌のように聞こえ、こういう節目の祝祭にはよく用いられる。

 より季節や時期の変わり目を意識付けするためだ。

 祝詞はアリステアだけでなく、集まったお偉いさんたちも参加する。

 すなわち、セルジオとシャルドネも含まれるのだが2人とも一切参加していなかった。


「………………セルジオさん達は参加しないんだね」


「はい、祝詞に参加するのは人間だけです。人外者は多少なりとも恩恵が乗る可能性がありますので」


「………………恩恵、か」


「はい、もし祝詞に恩恵が乗ってしまったら領民全てに送られてしまいます。その対価を否応なしに払わなくてはなりませんから」


「アリステア様たちはいいの?」


「はい、人間ですので」


 対価はどんな場合でも課せられると思っていたのだが、人間と人外者とでは少し違うらしい。

 基本的に強い力を持つ人外者から力を借りる場合はそれ相応の対価を支払わなくてはいけない。

 プリンやぶどう、ましてや対価なし等で力を借りれるのは奇跡に近いのだ。

 それが恩恵となれば更に話は変わってくる。

 年始の挨拶と祝福は国が決めている祝祭の1つだから人から、つまりはアリステアから与えられる祝福に対価は必要としない。

 カナンクルのミサの祝福と同意なのだ。

 この世界の生まれでは無い芽依にとってこの違いの根本的な理解は難しいだろうが、そういうものだと理解するしかないだろう。


「わぁ……綺麗」


「祝祭の祝詞はなんとも言えない心地良さがあります」


 数人の声が重なり合い、高くもなく低くもない心地よい歌声が、すっ……と心に染み渡る。

 ボソボソと話し声が聞こえていたが、祝詞が始まった瞬間静まり返り祝詞に聴き入った。


「…………あ、終わってしまった」


 数分間の祝詞が終わり、豪華に着飾ったアリステアはゆっくりと頭を下げた。


「…………今年も幸多からん1年であるように」


 銀髪の年若く見える領主は微笑み言葉を結んだ。

 袖を翻し、振り返るとはにかんだアリステアが移民の民を見る。


「皆も、また今年1年私の力になってくれる事を望む。なにかあれば遠慮なく相談してくれ」


「はぁい!アリステア様!」


 ここは静かに頭を下げる場所だろう、殆どの移民の民が頭を垂れる中ミカは元気よく手を上げて頷いた。


「………………わーお」


 下を向いたまま呟くと、隣から咳払いがした。

 どうやらメディトークを見て吹き出した花嫁さんは笑いやすい人のようだ。

 笑うのを必死に耐えプルプルしているのを伴侶が咳払いをして隠している。

 そっと手を握りしめ、頑張れー笑うなーと念を送っているようだ。

 相性はいいのか手を握り返している花嫁は笑いを耐えプルプルと指に力が入っている。

 そんな可愛らしい様子にほっこりしたのもつかの間、ミカはさらに口を開く。


「じゃあ早速なんだけど…………」


「ミカ、今はいけません」


「ちょっ……離して、なんなの……」


「祝祭の時はお静かにと言いましたでしょ?」


「今言わないでいつ言うのよ!」


 騒ぎ立て出したミカを頭を下げた移民の民が眉を寄せ、顔を上げ不快感を表す伴侶達が不躾にミカを見た。

 そこにハストゥーレは含まれてはいないが、芽依を心配そうにチラリと見ている。

 ハストゥーレの中心は常に芽依であった。


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