「………………寝れんかった」
あのセルジオの異常行動により芽依は眠ろうとしても眠れなかった。
舐められた感触より、やはり噛まれた衝撃の方が大きいのか芽依は時間が経ち落ち着いた頃には、別人の様に芽依を抱え込んで噛み付くセルジオにゾワリと恐怖した。
人じゃない移民の民を喰う生き物だと今更ながらに自覚したのだ。
しかし、その後の会話は気遣う様子もあり、芽依が渡した手袋を喜ぶ姿はほっこりとするもので、どのセルジオが本来のあの人なのだろうと頭を悩ませる。
わからない、これだけ世話を焼いて貰っていて芽依は精霊のセルジオという人物を理解しきれていない。
わかってはいたのだ、人とは違う者で根本的な所がそもそも違う。
だが、芽依には優しいから甘やかしてくれるから。
「………………今年は色々、考えないといけないのかもしれないなぁ」
こちらに来て芽依はがむしゃらに庭を作り続けていた。
そして、少しずつ知り合いが増えできることが増えてきて芽依の生活は充実してきた。
これからはもっと周りに目を向ける必要があるなと頷く。
周りに気を配り、その結果どうなるのかはセルジオの、この世界の人や人外者の価値観との違いやそもそもの生物としてのあり方が理解出来ていないから化学変化のようにコロコロと変わるのだろう。
それにどこまで対応出来るかは芽依次第である。
「まあそれも、全ては同じ人間じゃない生き物で、人間ですら千差万別なんだから……全部を理解して動くなんて無理だし烏滸がましい事であって……全部が思い通りにいかないからこそ人生は面白い」
だなんて、達観した考えがかっこいいねぇ……なんて思ってみたりして。
服を脱ぎ散らかしながらそんな事を考え呟く芽依は、いつの間にか用意していたのだろう白に紫が溶け込んだようなマーブル色のスカートが目に入る。
パニエがあり、そのスカートの他にも3枚のスカートがあって、重ね着するようだ。
ご丁寧に履く順番にスカートが準備されている。
「すごーいボリューム」
重ねたスカートはほぼ膨らまし要員らしく、マーブル色のスカートが表面に来て、更に薄いレースの様な刺繍たっぷりのスカートがマーブル色のスカートの上に飾り付けられ奇抜な色合いだったそれがまろやかになった。
薄い黄色の上の服はコルセットが入っているのか着るだけで腰がくびれた。
苦しくはないが、方から背中にかけて開いたデザインが少し恥ずかしい。
その変わりというかのように、肩からは薄い生地が重なり腕を隠しているのだが、腕を動かすと形的にはノースリーブに近い為腕が丸みえになる。
そんな腕を隠す光沢のあるライトストーンで飾られたロング手袋は生地が薄く肌が透けて見えて、重さのあるスカートと軽めの上半身とでメリハリのきいた綺麗な装いであった。
今日は、新年。
アリステアから挨拶があり、それに移民の民も参列する。
寝不足のひどい顔をどうするべきか……と頬に触れていると、扉をノックする音が聞こえて振り返った。
「……はい」
「おはようございます。まあ、もうお着替えはお済みですね」
たまに来る着付けを手伝うふくよかなメイドさんはにこやかに入室してきた。
ワゴンを押していて、そこには湯気の立てたスープやパン、簡単な朝食が並んでいる。
「…………お休み中なのに」
「まあまあ、お気になさらず。セルジオ様からご連絡頂きましたのよ。今日は朝から忙しく準備の手伝いが出来ないから、と。セルジオ様が驚く程綺麗になさいましょうね」
元旦からは3日間休みだ。
それは領主館も同じで最低限の役職に着く人達や数人のメイド以外は全て休みになっていて通いの職員達は領主館に来てすらいない。
そんな休日なのに、朝早くからこのメイドのガデリは出勤して芽依の装いを整えてくれるのだ。
「…………よろしいですね」
化粧を施され、髪を結った芽依は大きな花飾りを付けていた。
そして薄いベールを被っている。
寝不足のクマは綺麗に撃退されほんのりピンクに色ずいた頬が可愛らしい。
だが、幼い見た目をグッ……とお姉さんに見える化粧マジックをしてくるれたので、ボリュームのある可愛らしいスカートに大人っぽい芽依のバランスはとても良かった。
子供が背伸びして着ている様子は無く、しっかりと服を着こなしている。
「さぁさ、背筋を伸ばして下さいませ。足は痛くないかしら?」
「大丈夫です、フワフワです」
「それはようございました」
「これ、ありがとうございました」
差し出したのは芽依の庭で取れた大粒の皮ごと食べれる高価なぶどうである。
種類を変えようと新しく作ったぶどうで、まだ試供品状態の為売り出してはいない。
かなり甘くフレッシュな味わいで、サクッと歯ごたえもいいのだ。
「まあ……よろしいのですか?」
「試供品なので、出来たら味がどうだったか後日教えて欲しいです」
「では、帰りましたら家族でいただきますわ」
「あ、足ります?追加します?」
「まあ!………………よろしいのですか?」
「是非に!……たくさん有り余っていまして」
「まあ!!」
箱庭を出して数を見せると、その多量すぎる数にガデリは目を丸くした。
あまりの食べきれない量に芽依はへへ……と笑うが、何度見てもその数が減ることはない。
メディトークにバレないうちにシャルドネと合流して備蓄に出来ないか相談しようと思っている。
「…………頂いてもよろしいのですか?」
「もちろん、腐らせる訳にもいきませんから」
「ありがたいですわ」
ガデリは2世帯の大所帯らしく、沢山食べる思春期の子供が3人いるのだとか。
毎月の食費が馬鹿にならないらしく、かなり困っているらしい。
今回の休日出勤も特別手当がつくので即決したのだとか。
「………………いきなり聞いて申し訳ないのですけど、普段のお買い物で、どんなのがあったら嬉しいとかあります?」
「とにかく安いものがよろしいですわね!」
「買ったものってすぐ使ってしまいますか?」
「そうですね、皆よく食べるので買っても2日~3日ほどしたら無くなってしまいますから」
頬に手を当てて考え込むガデリは、自分の家の食材や分配を思い出しながら頷く。
そこに芽依は目をつけた。
「…………例えばですよ?例えば、こんな感じにちょっと鮮度が落ちてたり、形が悪くて値引きされていたりしても、買って貰えます?」
箱庭から出した野菜を見せると、ガデリはギラン!と目を光らせる。
「すぐ使うので多少鮮度が落ちても構いません!それよりもより安く!より多くですわ!!」
「…………これぞ主婦っ!」
くぅ!!と目を瞑る芽依。
自分の母親も値引きシールに狂喜乱舞して極たまに貼られる80パーセント引きは全て買い漁っていたな……と思い出した。
50パーセントでも喜び買ってきては冷凍して上手に料理をしていた。
そんな節約家で倹約家な、値引きシールをこよなく愛する家庭的な母が居たのに、娘は酒好きの散財をする子になりました……と思いながら箱庭を触る。
「これ、いりませんか?」
「んまぁぁぁぁぁぁあ!!」
「品質管理から外れてしまったのでカテリーデンでは売れないんです」
鮮度が落ちてしまった野菜達を出すと、ガデリはテーブルに食いついた。
箱庭は収穫物を沢山置くことは出来るが、時間経過を緩めるだけで止めることは出来ない。
その為長く置いておく事は出来ず、余りそうな食材は先に料理に使ったり試食に使うのだが、どうしても鮮度が落ちるものもあるのだ。
使う分にはメディトークの監修が入っているので問題は無い。
破棄に近い状態になる前にメディトークが料理に使うので、基本的に食べれないものは箱庭には無いのだ。
「買わせていただいても!?」
目の色を変え鼻息荒く言うガデリはこの領主館のメイドとして品性方向だった外ズラが外れ、完全に肝っ玉かーちゃんになっている。
「買ってくださるなら喜んで!!」
魔術が苦手、あえて苦手と言い何もされていない状態である事を伝えると、ガデリが一瞬で時間経過を止め購入手続きを始めた。
出した食料は野菜を中心とした物だったが、物凄く喜ばれた。
どうやら野菜だけでもかなり助かると言われ、1個ずつではなく沢山ある野菜を丸ごと買うから安くして?と交渉してきたのだ。
「売れないで捨てるより食べてもらえて嬉しいです!」
「私としましては、家族にお腹いっぱい食べさせられますから感謝しかありませんわ」
ホクホクと転移して家に野菜を送ったガデリはお正月贅沢しますわ!と笑っている。
芽依の準備はとっくに終わっていたのでガデリはこのまま退出、そして帰宅するようだ。
これから始まる新年の挨拶に向けて芽依は部屋を出て駆け出して行った。