完売御礼。
自動販売機用に用意したお節もいつの間にか全てが売り切れになっていた。
お陰で売り上げがガッポガッポである。
目標の惣菜を作る工場にもランクがあり、芽依はその中でも複数を同時に作る高価な工場を購入したい為、かなりの金額を貯めなくてはならない。
それには今のペースで売上を出してもまだ追いつかないのだ。
それが、今回のお節50食に、自動販売機での売上も含めるとかなり貢献してくれている。
芽依は箱庭を見て、すぐに収穫しなくてはいけない野菜を先に収穫してから顔を上げた。
「来年には惣菜用の工場買えるだろうか」
『ワクワクしてる所悪いが、暫くは忙しいから庭中心だからな』
「…………わぁ、忙しいのだいかんげーい」
はは……とから笑いして荷物を片付けていると、少し離れた場所で見かけない服装の人達が散らばり何がメモを取っている。
あれはなんだろう、と見ているとその人がこちらを見た。
買物客と明らかに雰囲気が違い、思わず体に力が入った時、ハストゥーレがそっと芽依の腕を掴む。
「…………ご主人様、あまり見ませんよう」
「あれは、だれ?」
「国から派遣されたカテリーデンの監査です」
「監査……ここにもそんなのあるんだ」
『基本的にはカテリーデン運営に対してだが、俺ら売りに来るヤツらも見られる。目付けられると面倒なだけだ』
「わかった」
荷物を大人しく片付ける芽依たちを見ながら何かを書く監査員。
他にも売りに来ている人達を鋭い眼差しで見つめてはメモを取っている。
監査員はこの広いカテリーデンに見える限りで10人以上いて、どれくらいの期間で監査が入るのかわからないが、次は会いたくないな、と率直に思った。
「品質とかも見てるのかな」
『そうだな、食中毒にならないよう魔術をかけ確認作業をしてはいるが、そのひと手間をしやがらねぇヤツらもいる。それで極たまに食中毒が発生する場合があるからな』
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いい迷惑だと言うメディトークに、芽依はあえて口には出さなかったが新事実にワナワナさせた。
(そうなんだ、食中毒が起きないように確認してたんだ……2日に1回のカテリーデン販売の準備に庭の資金繰り、肉類全般のお世話にご飯作り、カテリーデン以外の降ろし全般……分かってた事だけどメディさんの仕事量は異常だわ。疲れてる様子は一切ないけど、まだこれから庭の運営は広がっていく事を考えてもメディさんの負担は更に増える……ハス君が仲間に入ったとはいえ、仕事量と人数が比例しないのよね。そりゃ、前日にお節作りたいなんて言った私が心配する資格無いのだろうけど……少なくとも来年中に通いか住み込みか……一緒に働いてくれる人の募集が必要かもしれない)
またひとつ新たな課題が浮かび、しかもこれは早急に改善しなくてはいけない内容だと再認識する。
ハストゥーレは白の奴隷なだけあってまだ数日ではあるが全てをそつ無くこなしている為、仕事を手分けしても良さそうだなと考える。
今の所芽依は、野菜の品種改良に小麦栽培、そして米について新しく仕入れた情報の元どうにかこちらでも栽培をしたいと考えている。
勿論総菜が第一目標なのだが、芽依の庭で採れるものが増えれば増えるほど総菜の幅が広がる。
だが、その前に潰れてしまっては元も子もない。
だからこそ人員確保なのだが、芽依の一存で簡単には決めれないものだ。
今では保護者のようにそばに居る共同経営者となっているメディトークとの相談は必須だし芽依の人脈では簡単に雇うことも出来ないだろう。
芽依の庭についてなのだから、嫌になるくらい悩んで放り出したりしないように、メディトークと適度に相談して方針を決めていかなくては。
「ねぇメディさん、色々庭の改善を考えなくてはいけない時期にきていると思っているから近々相談しませんか」
『ああ、総菜の工場も新しいモデルが入ったって聞いたし、また検討すっか』
芽依の相談にもメディトークはすぐに頷いてくれる。
この蟻、本当に蟻なんだよね……?
そのうち羽が生えて羽アリになっても芽依はきっと驚かないと思う。
「……………………羽アリ」
『あ?』
「メディさんに羽……?え、ウケる」
『俺で変な想像すんじゃねぇぞ』
カテリーデンにも監査があるという新事実をまさかの年末に知った芽依だったが、それは一先ず置いておくにして。
芽依は身近な人用のお節を持って領主館を徘徊していた。
それもそのはず、年末は忙しいのか誰も捕まらないのだ。
「…………うん、私の行動範囲内は全部見たね」
芽依の移動できる範囲はごく1部で、それ以上はアリステアの仕事の邪魔になる為自ら行こうとはしない。
これでは仕方がないと箱庭にお節をしまって踵を返した時だった。
「ねえあなた」
急に呼ばれた知らない声。
この回廊には芽依しかいない為、渋々振り返えると、この寒い時期に肩をがばりと出した真っ白のワンピースを着る17歳程の女の子が立っていた。
ニコニコと笑うその女の子はパッツンと切った前髪に段になった黒髪は腰まで長い。
ツヤツヤと天使の輪があって、白い服と黒い髪のコントラストがまた綺麗だ。
「お忙しい中ごめんなさい、わたくしアデリーシュと申します。アリステア様に用があるので案内をして下さらないかしら」
にっこりと笑って言うその人には従わせる力があるのか、それとも今まで周りが当然のように話を聞いて来たからか、芽依が案内をするのが当然とでも言うように左手を差し出した。
手を取れという事なのだろが、アリステアの場所は芽依だって教えて欲しいくらいだ。
「…………すいません、私忙しいので」
何やら胸にザワリと不快感を覚えた。
誰だかわからないが、芽依はどうしようも無い気持ち悪さを覚えたのだ。
「あら、困るわ。わたくし今日はどうしてもアリステア様に会わなくてはいけないの。貴方のご用事はまたにしましょう?ね?それがいいわ」
まるで話を聞いていないアデリーシュに芽依は眉を寄せた。
これは、関わっては行けない人物なのではなかろうか。
しかし、残念ながら今ここに助けとなる人は誰もいない。
ジリ……と1歩下がると、アデリーシュは1歩詰めてきた。
「そうだわ、貴方お名前はなんておっしゃるの?」
「………………名前、ですか?」
「ええ、お名前が分からないと貴方を呼べないでしょ?」
(呼ぶ……)
ザワリとまた胸騒ぎがした。
芽依はチラリと後ろを見るが、やはり誰もいない。
「………………私は」
「ええ」
「エマです」
「……エマさんとおっしゃるのね」
「はい」
「では、アリステア様の所へ案内をして頂戴な」
スラリと細い指先を再度芽依に差し出すアデリーシュに芽依は遠い目をする。
「………………あの」
「いい、俺が連れていく」
息を吐き出し、私も場所は知りませんと言おうとした時、芽依の隣に現れるセルジオ。
ふわりと空気が揺れてセルジオの甘い匂いが芽依を包むかのように流れてくる。
少しだけ後ろに立つセルジオを見上げると、チラリと視線を向けられた。
しかし、何か言うわけでもなくすぐにアデリーシュを見る。
「ここには様々な人がいて全ての人が祈り子の対応を出来るわけではない。決められた区以外を歩く場合はこちらの選んだ者を必ず付けてもらわないと困る。アリステアから聞いているだろう」
「ええ、ただ少しだけ1人になりたかっただけでしたのよ。そんなに怒らないで下さいな」
「決められた制約の上で祈り子の来訪を許可している事を忘れるな」
「ええ」
(…………祈り子)
芽依は2人の会話を黙って聞いていると、なるほど教会関係者、しかも祈り子様かと納得する。
ミサで来ていた祈り子様はもっと年配の男性だったから、また違う祈り子様なのかと理解はしたが、あまりにも話の通じなさにゾクリとした。
教会でも大事に囲われる祈り子様がみんなこんなに得体の知れない存在なのだろうか。
セルジオはすぐにでも離れたいのかアデリーシュの隣に行くと、スっ……と差し出された手を取る。
それにちょっとムッとしつつ、歩き出した2人を見送ろうとすると、アデリーシュはピタリと立ち止まった。
「またお会いしましょうね、エマさん」
「………………はい」
にっこり笑うアデリーシュに無難な返事を返すと、セルジオは眉をひそめて芽依を見ていたが、すぐに踵を返して歩いていった。
「………………………………はぁ」
姿が見えなくなってから、芽依は小さく息を吐き出した。
手を出して見ると、微かに震えている。
「……なにあの不快感、気持ち悪かった」
ブルリと体をふるわせてから芽依は足早に離れ部屋に戻る事にしたのだった。
途中厨房に寄りアリステアにセルジオ、シャルドネとブランシェットのお節と茶碗蒸しを渡して夕食の時にそれぞれ渡して欲しいと頼む。
ブランシェットには茶碗蒸しは2つ、セイシルリードの分も用意していて忘れずにお願いします、と手渡した。
それからバタバタと部屋に戻った芽依だったが、部屋に戻ってから届いていた手紙に悲鳴をあげるのだった。