『……………………どうした』
「ちょっとだけ待って。ちょっとだけこのまま」
『別にいいけどよ、ハストゥーレが気にしてるから後でフォローしろよ』
「………………うん、ありがとう」
あの話の翌日、明日には1年を締めくくる日になるという時に芽依はセルジオに聞かされた話のダメージをメディトークのツルツルボディで癒してもらっていた。
人外者はただ相手を好きになって断れない契約を持ちかけた。
色々言い含めてはいたが、契約を勝ち取った人外者は移民の民を愛するあまりに重い愛を与え続け、耐え兼ねた移民の民は……もしくは、強制的に結ばされ世界を移動した事に絶望した移民の民は心を病んでいった。
人外者との契約を守れなかった移民の民は心を壊し命を散らすか、契約違反として力を取り戻す為に喰われるか。
「………………まさか、そんかキツイ契約違反が待ってるなんて思いもしないじゃない」
利害の一致で契約した人もいるのだろう。
伴侶になる代わりに何かしらの対価をねだった可能性もある。
それが二人の関係といい具合に結びつけているならいいのだが、それだけじゃない人もいるだろう。
「ねえメディさん、移民の民はこれからも増えるよね」
『花嫁や花婿を探してる人外者は五万といやがる。それを考えたら減ることはねぇんじゃねえか』
「……だよね」
『どうした』
「この結婚って、本当に契約なんだなって思って。ユキヒラさんみたいに思いあっている人あんまりいないんだろうなぁ……それを考えたら好きで好きでやっと呼んだ人外者も不憫……なんだろうか……いや、私どっちの味方とかじゃないけどさ、どっちもなんか幸せになれないやり方してるなぁって思って」
『………………どっちも幸せになれない……か。お前は今幸せなのか?』
「私は幸せ……だと思うよ。今の生活に満足してる。周りはわからないけどね」
メディトークの背中にしがみつきポツリと言うと、鳥を捌いていたメディトークがバケツを持って立ち上がり歩き出した。
『お前が幸せだって思ってるなら別にいいだろ。ここに居る俺やハストゥーレは間違いなく幸せを感じているし、セルジオ達だってお前を好ましく思ってねぇなら世話はしねぇ』
「…………うん」
『お前はたまに考えすぎる所があるな。庭を整備しながら馬鹿みたいに笑って酒でも飲んでろ。知らねぇその他大勢を思って落ち込んだり悲しんだりする必要なんかねぇよ。そいつらはアリステア達が面倒みるんだからよ』
「…………うん、ありがとう。イケ蟻」
『おぉ…………お前はよ、俺たちやハストゥーレ達周りにいるヤツらを一番に考えてりゃいいんだよ。俺たちだってお前を一番に考えてるんだから』
当然の様に話すメディトークに芽依は言葉を詰まらせた。
あまりにもな内容だった今回の話に珍しく思考を乗っ取られ気味だった芽依。
何かをしていてもその契約を含めた話が頭をグルグルとしていたのだ。
整理の為にもとメディトークに話しかければ、説明を重点的にしていたアリステアやセルジオ達とは違った芽依に寄り添い芽依を一番に考えている答えをくれる。
これもアリステア達との立場の差だろうが、芽依の心を整えるのには甘いメディトークの言葉が染み渡るのだ。
「………………大好きメディさん」
『おーおー、あんがとよ』
この後嬉しすぎて張り切って庭をぶん回す勢いで世話をしたら収穫時期に可笑しい現象が起きて様々な人に助けを求める事になるのは閑話休題。
「この忙しい時期に申し訳ないのですが、やりたい事が出来ました」
『…………なんだ』
羊の手入れをしているメディトークの所にハストゥーレを連れて現れた芽依を怪訝そうに見る。
またしょうもない事を言い出したか?と見ていると、胸を張った芽依が力一杯言った。
「明日の最後の日に合わせて販売用のお節を作りたい!」
『…………お節?』
前かがみになり羊を触っていたメディトークは体を起こすと、羊はヒヨヨヨーン!と鳴きながら離れて行った。
芽依はいそいそとメディトークの足を椅子替わりに座り込むのだが、昼からぐっと気温が下がり寒くなったので普段より着膨れ感2倍になっている。
幻獣を椅子扱いする芽依にまだ慣れないハストゥーレは、いちいち芽依の行動に驚き目を丸くしたり慌てたりと忙しい。
「お節、新年になると食べる行事食みたいなものでね、頑張っているお母さんにお正月3日間はお料理しないでゆっくりしてね、の意味合いもある……?んだったかな?お料理1個1個に意味を持たせて作るんだけど、それはいいよねー」
『……そんなのがあるのか。暫定食だな、なら作らないとだめじゃねーか』
「あっ……そんな堅苦しいものじゃないんだけどね……食べなくても何が起きるわけじゃないんだよ……ただ、これがあるとお正月ってなんか気持ちが切り替わるっていうか……私が食べたい」
「気持ちが切り替わる……それは用意しなくてはいけませんね」
『ああ、それは重要だな。なんでもっと早く言わないんだよ』
ハストゥーレが言いメディトークも頷き立ち上がる。
芽依を支えて肩の部分に乗せ直してノシノシ歩くメディトークの顔を支えにして動く振動から落ちないようにしつつ首を傾げた。
「…………いいの?」
『季節や行事の切り替えは大事なもんだ。しっかり切り替えをしないと、その季節や行事が着いて来れなくなり取り残される』
「……………………おお、意味がわからない」
『……つまり、正月になるのに周りはまだクリスマスのままだってことだ。だから、切り替わる時期にこれから夏ですよ、秋ですよと区切りになることをする。収穫祭なんかもその1つだな』
「………………………………さすがよく分からない世界」
妙に行事や祝祭、暫定食などが多いなとは思っていたが、それ自体にも意味を持っていたのかと目を丸くした。
「お節は、どのようなものですか?」
「あ、大体はお重に色んな料理を綺麗に並べているの。黒豆や数の子、海老だったり蒲鉾だったりハムやサラミに栗きんとん……筑前煮も作るよ。よくあるのがお吸い物とかお雑煮とか、茶碗蒸し……お餅がないからお雑煮は無理か」
『餅か……早くわかってたら取り寄せも買いに行く事も出来たんだがなぁ』
「……餅があるの?」
「場所は遠いですが、ありますよ」
「な……なんてこと!それなら米だってあるんじゃ……!?あの白く輝く甘さの含んだ魅惑の米!ホカホカ暖かでそのままは勿論チャーハンオムライス、リゾットパエリア雑炊なんでも任せたまえな素晴らしき主食……」
「………………米……」
芽依の打ちひしがれている様子を見ながらハストゥーレが呟くと、芽依はグリンと顔を動かした。
「っ!」
びっくりして数歩後ろに下がったハストゥーレの肩をがしっ!と掴んだ芽依。
メディトークの上からだから、半分転がり落ちていてメディトークがあぶねぇ!!と支えられるのだが、今はそんなことどうでもいいのだ。
「米がある!?」
「え……ご主人様の言う米がガウスで合っていればあります。たしか餅の製造に力を入れている場所の主食はガウスかパンか人気を2分していると……」
「メメメメメメディさんんんん!!」
『少し落ち着けや』
こうして新たに手に入れた米の存在に芽依のヤル気が上がり、まずはお節だろと促されてウキウキで準備を始めた。
ハストゥーレにお使いを頼み販売用の大きな使い捨てケースを買いに行ってもらい、芽依とメディトークは詳しいお節の内容を精査する。
芽依の言うお節に何処まで近付けれるか材料の確保などを話す。
『焼豚は作り置きでいいか。蒲鉾か……蒲鉾に栗は買わないといけねぇな。海老が今から手に入るかは微妙だ』
「私の焼豚さん……」
『また作ってやる』
「はぁい……やっぱり海産物は難しいよね」
『量もいるしな、今回は代替え品を探すか』
こんなギリギリの無茶ぶりなお願いにもどうにか出来ないかと頭を悩ませてくれるメディトークに芽依は感謝している。
「………………このなんでも出来る蟻、どうしてくれよう」
『あ?喧嘩売ってんのか?』
「感謝の意を溢れ出してる」
『ならいい』
いいんだ。
芽依は相変わらずなメディトークにほっこりしながら入れる食材をどうするか考えていると、ハストゥーレが帰宅した。
山積みになったケースを抱えて鼻を赤くさせたハストゥーレを見た芽依は慌てて駆け寄る。
ケースをメディトークが預かり、芽依は巻いていたマフラーを外してハストゥーレをぐるぐる巻きにする。
「ごめんね、寒かったね」
「いえ、大丈夫です」
「ああ……手も冷えてる……メディさん1回中に入ろう」
『おお、なんか飲み物用意するか。スープの方が温まるか……』
準備の為に先に歩き出したメディトークの後を芽依とハストゥーレは追いかける。
背中を向けている芽依とメディトークを見てハストゥーレは薄らと笑みを浮かべ白い息を吐き出した。