買い物に行った日は、最低限の庭仕事とハストゥーレの日用品や洋服の買付をして終了した。
まだ仲間になったばかりのハストゥーレとの認識の違いや、奴隷だからと絶対服従である姿勢を今後どうやって改善しようかとの問題があるのだが、ハストゥーレ自身の気質はとても穏やかなので、今後常に一緒にいるようになる事への負担も少ないだろうと思う。
もう年末も近い、年末に向けて何か準備があるのでは無いかと芽依は帰宅後浴槽で考える。
「今までだったら年越し蕎麦にお節でしょ?あとは三が日……こっちではどうなんだろう」
お節はなくてもそれに準ずるものがあるのだろうか。
それなら食材提供もやぶさかでは無い。
そう、思っていました。
「そう……思っていたのよ!!」
「メイ……どうしたのだ」
大広間に飾り付けられる様子はカナンクルとはまた違った雰囲気で、正しくお正月なのだが、ある一部分が明らかにおかしい。
「どうしたもこうしたも無いですよ……なんですか、この禍々しいのは!」
指を指す場所は部屋の一角に出来た何重にも魔術を張り巡らされている何やら空気の淀んだ場所。
そこに10人がかりで更に魔術を重ねがけしていて、セルジオも監督のように腕を組み眺めていた。
ほつれがあったのか、途中途中手を加えている。
「ああ、年末の戻り呪用の場所だ」
「もどりしゅ……」
「ああ、1年の中で産み育てた己の負の感情が呪いとなって戻ってくるのだ」
「なぜもどる……」
「1年のうちに溜め込んだ負の感情が呪いとなって戻る事で1年の汚れを振るい落とし、新年には綺麗な体で迎える、という風習ですよ」
「お風呂に入って綺麗に流せばいいと思うんだよ……」
ガックリと頭を下げる芽依に苦笑するアリステアと、何か書類を見ながらも芽依の落ち込みに眉を下げるシャルドネ。
「大丈夫だ。呪いは手紙となって現れるからそれをあの場所で開くだけだ」
「それだけですか?」
「……………………死ぬ事はないぞ」
「死にはしなくても何かが起きると!?」
おおおお…………と頭を抱える芽依だが、周りは毎年の事で今年はどんなのが来るのかなーと軽口を叩いている。
しかしその眼差しは暗く、年末に起こる戻り呪に戦慄いているようだ。
この戻り呪は勿論アリステア達だけでなく全ての人や人外者に降り注ぐ為、各地にこの禍々しくも呪いを柔らかく受け止めてくれる場所が作られるのだ。
「年末年始はまったり過ごすものでは無いのか……」
「まったり過ごせるぞ。ただ戻り呪があるだけで……」
「それはまったりとは言いません、アリステア様」
「そ、そうか……」
「呪いか……呪い……」
ううーん、と首を傾げている芽依をブランシェットが見つけて小走りで走りよってきた。
ちょっと鬼気迫る表情に、背筋を伸ばすとブランシェットは芽依の肩をガシリと掴んだ。
「ブランシェットさん……?どうしましたか?」
普段芽依には触れないブランシェットが遠慮なく肩を掴んで来て目を丸くする。
しかし、そんな事は今はどうでもいいと言う気迫で芽依に詰め寄ってくるではないか。
「アリステア、大事な話があります!ええ、大事な話!どうして忘れてしまってたのかしら」
芽依を掴んでいるが話し掛ける相手はアリステアらしい。
えー、と思わず呟いてしまう。
「どうしたのだブランシェット」
「この間のミサの前で話をしていた時の事なのですが、結婚観の違いがわかりました。これは由々しき問題ですよ」
「結婚観?」
「………………あー」
芽依はなんの事かわかり、小さく呟いた。
恋や愛をすっ飛ばして結婚するこの世界の事についてのようだ。
あの時驚いていたのは人外者であるメディトークとブランシェット。
人外者は芽依達のように友情、愛情を育み付き合い、それを経て結婚という概念は持たないようだ。
人間であるアリステアはどうなのだろうか。
芽依は厳しい顔をするブランシェットと、それを見るアリステアを黙って眺めた。
「ブランシェット、それで話とはなんだ?」
「まず、1番新しい花嫁の事から話をしてもいいかしら」
「ん?ミカの事か?」
場所を移動した芽依とアリステアにブランシェット。
途中見つけたセルジオの腕を芽依は無言で掴むと怪訝そうに見られた。
更に丁度通り掛かったシャルドネは芽依に用事があるらしく、大事な話をするから一緒に来てくれとアリステアに促され結局いつものメンバーで部屋を移動したのだった。
室内は春の木漏れ日が入る暖かな部屋だった。
冬なのに春の木漏れ日とはまたおかしな表現ではあるが、室内に入ると暖かな日差しが丁度テーブルに位置する場所に降り注ぎキラキラと光っている。
あのミサの部屋と同じように床が波紋を作り、芽依は指先をパタパタと動かした。
ボワワワワンと四方八方に波紋ができ、アリステアやセルジオが作る波紋とぶつかり合い光を弾かせて消えていく。
「この床可愛い」
「共鳴の足跡だな。大事な話をする時に早く理解する手助けをする」
セルジオがコツリと踵を鳴らすと、またボワワワワンと波紋が広がった。
どうやら教会の床とはまた違った意味があるみたいだ。
「それで、ミカについてだったな」
メイドが紅茶とお茶請けを置いて頭を下げ退室するのを見送った後、アリステアはブランシェットを見る。
珍しく眉をひそめ、不快感を滲ませているブランシェットは紅茶を1口飲み干した。
芽依は早速ミルクと砂糖を出し混ぜるのをシャルドネが微笑んで見ている。
「あの子、アウローラを伴侶として愛してはいないみたいだわ」
「どういうことだ?」
「お嬢さんがね、ミサの前にアウローラの事を少しうるさい世話好きのお姉さん位にしか思ってないのでは?と言っていたので、昨日確認に行ってきましたのよ。そうしたら…………」
[え?アウローラの事?伴侶?そんな訳ないじゃない!私はセルジオさんと結婚するの。あの真っ白な人も綺麗だったからあの人でもいいなぁ……]
[お待ちなさいな、貴方はアウローラと伴侶の契約をしてきたのよ、それは叶えられない願いです]
[はぁ?ばぁさんは余計な口出さないで欲しいんだけど?大体なんなの、急に来て説教?]
[ばあさ……]
[ミカ!失礼な事言わないで!ブランシェット様、申し訳ありません]
[アウローラ、花嫁の言い様は貴方のせいではありませんが、もう少し伴侶に教えてあげなくてはなりませんよ]
[………………はい]
[何謝ってるのアウローラ!この失礼な人本当に偉い人なわけ!?]
「…………と、聞く耳もありませんでしたわ」
「………………なぜそうなる……どんな思考回路しているのだ」
頭を抱えるアリステアに芽依はあーあ……と息を吐き出す。
適度に冷めた紅茶を飲んで、はふぅ……と幸せを感じていると、何やら視線を感じた。
恐る恐る顔を上げると全員が芽依を見ていて、え……と体を椅子の背もたれに押し当てる。
「な……なんですか」
「お前達花嫁は一体どういった考えで人外者と接しているんだ?メイは孤独にならない為にとは言っていたが、あれはそうは見えなかったぞ」
頭痛がするのだろう、頭を抑えるアリステアに問題が沢山出てきて大変なんだろうなぁ、と他人事のように感じながら見ている。
だが、見ているだけではアリステアの知りたい答えは返って来ないのも勿論芽依はわかっているからコップをテーブルに置いて両手を膝に乗せた。
アリステア達にとっては大事な話題なのだろう。
「私はあの子じゃないから何をどう思っているかはわかんないです。ただ、同じ場所から来た事と、あの年頃の子の考えといいますか……まあ、想像しながらになるから鵜呑みにはしないで下さいね」
「わかった」
「まず、前も言ったけど私達は等価交換や約束が中心の生活を送っていないから、あの子の中の大前提として伴侶になるからって約束に重きを置いていないのだと思いますよ。つまり、そこまで大事な事だと思ってないと思います」