目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第83話 買い物日和


 ハストゥーレを庭に招いてから1日が経過した。

 ハストゥーレの処遇はメディトークと同じくお庭管理となるのだが、経営に携わるものはノータッチである。

 庭の手入れを中心に、販売などにも一緒に行く事になるのだが、芽依は新しい職場に慣れるためにも、ゆっくり慣らしていこうと笑った。

 急に何もかもやるのは大変だが、元々2人でしていた仕事を3人でするのだ。楽ができる。

 新しい人材にワクワクしたのは芽依だけでは無い。

 ここは流石のメディトーク、最初にやったのは家の確保であった。

 庭に住む住人が増えるのは嬉しいが、自分時間も欲しいだろうし、常に見張られているように感じるのも窮屈だろうと小さな平屋を芽依と選ぶ。

 2人のやることが1人の奴隷に対して行き過ぎていて、止めてもいいものか手を伸ばしかけてはさ迷わせる。


「どうしたの?」


『なんか希望あるか?』


「いえ、あの……私に家を、ですか?」


「嫌だった!?メディさんと同じ家が良かった?」


『部屋はあるから別にいいが、気を使っちまわねぇか?』


「私なんかに過剰な施しです」


 ゆっくりと下げようとするその頭をガシッと掴んだ。

 ハストゥーレは驚いて目を見開くと至近距離にある芽依の顔を見る。


「私なんか、なんて言っちゃ駄目よ。自分で自分を貶める事は言っちゃ駄目。それに施しじゃないからね、衣食住の準備は契約者の仕事。ハストゥーレさんは私のものなんでしょ?」


「はい、私は貴方のものです」


「…………………………うん、よし。」


『お前、マジでハストゥーレになんもすんなよ』


「どうしよう、ハストゥーレさんに手を出しそうになったらメディさん止めてね……」


『ぶん殴って止めてやんよ』


 結局家は保留となり、メディトークの家の一室を使う事になった。

 もし、自分の家が欲しい時はその時にまた相談しましょうとなったが、メディトーク曰く自分からは言わないんじゃない、と。

 芽依も同意見である。



 今日の買い物は芽依は勿論、ハストゥーレもお互いが慣れるようにと歩きでゆっくりと行く事になった。

 滅多にない庭から直接外に行くのだ。

 ハストゥーレに合わせたような深い緑のベルベット生地のスカートが軽く揺れる。

 今日は冷え込むが風はあまりない為、体感温度はそれ程でもない。

 真っ白なコートを着た芽依は、ヒールの低い靴を履いていた。

 よく歩くと考えたセルジオチョイスである。

 そんなセルジオは相手が奴隷であるから今回の件に眉を寄せることは無かった。

 奴隷は特別な人が持つものではなく、子供の子守りにや、家業の手伝い、家事代行代わりなどでも広く利用しているからだ。


「ハストゥーレさんは……」


「ご主人様、私の事はハストゥーレとお呼び下さい」


「え!?……あ、うん!じゃあハス君って呼ぶね」


 呼ばれた事のない名称で呼ばれ小さく目を見開くと、メディトークに頭を撫でられた。


『アイツはあんなヤツだ。難しく考えねぇで変なヤツだなって笑ってりゃいい、深く考えんな』


「……………………はい」


「よし、行こう!ハス君の買い物しつつ、お酒買うぞ!!」


『酒買うつもりだったのか!?』


「むしろ買わないでか!」


 やる気満々に両手を上げた芽依は振り返り2人に行こう!と笑った。


 庭から直接出るのは、実は芽依も初めてだった。

 ドキドキと胸を高鳴らせ、メディトークの足にしがみつきながらキョロキョロする。

 まわりにもドーム状になり中が見えない庭がそこかしこにあり大小様々である。

 びっしり詰めてある訳でなく、転々と離れているものもあれば、隣り合わせのもある。


「沢山ある」


『庭指定地だからな』


「その指定地はまだ他にもあるの?」


『沢山あんぞ。フェンネルもメロディアとユキヒラもそれぞれ別の場所に庭を構えてる』


「ほおぉぉ、今度皆でお宅訪問したいね」


『そろそろ行くぞ、足から離れろ動けねぇ。お前はハストゥーレと手を繋いどけ』


「……え」


「はーい」


 いきなり手を繋ぐように言われ小さく声を漏らすが、あっという間に手を握られ困惑する。


「あの……ご主人様……」


「なに?……あ、私と手を繋ぐの嫌?何もしないよ!」


「いえ、ご命令なれば」


「……………………命令じゃないと手を繋いではいけない」


「ち、違います!」


 オロオロと悲しむ芽依をどう元気付けようと焦るハストゥーレをメディトークは、ほほぉ……と目を細めた。

 今までの取り澄ました顔をしてギルベルトの半歩後ろを静かに歩き、ギルベルトが暴走した時のみ声を上げるような大人しいハストゥーレの意外な姿。

 それも奴隷として扱わない新しい主人の対応に困惑しているのだろうが。

 奴隷としてでは無い扱いにどう返事をすればいいのか、未知の生物に出会ったようなそんな気分なのだろう。


「じゃあ、手を繋ごうよ」


「し、しかし、貴方は移民の民では……伴侶の方にも叱られますよ」


「手袋してるし、伴侶居ないから大丈夫」


「……………………伴侶がいない。あの後もやはり伴侶の方はいらっしゃらなかったのですか?」


「あのあと?」


「豊穣と収穫の祝祭の時にこちらにいらっしゃっいましたよね」


「え?うん、あの時居たの?…………あ、緑の人外者いた!!え!?あれハス君だったの!?」


 芽依が現れた事により中断された祭事、その時初めて緑の髪に羽を持つ人外者を見ていた。

 今まですっかり忘れていたが、どこかで見た事があるような気がしていたのは初めて人外者を見た時の強いイメージが頭の隅に残っていたからだ。


「はい、今年のガイウス領は収穫が少なかったので、祝祭をするのに十分な供物を準備出来なかったのです。その為こちらの祝祭と合同となり、ギルベルト様と私も同席しておりました。」


「……………………な、なるほど」


 合同行事もあるんだ……と頷きながらもハストゥーレを引っ張り歩き出した。


「とりあえず買い物行こう、ゆっくり色々見たいよね」


 お酒とか、お酒とか、お酒とか……

 煩悩が口から漏れている、とメディトークに言われスン……と顔を無表情にするが、楽しみが勝っているようでハストゥーレの手をニギニギと握る。

 そんな新しいご主人様の奇怪な行動に教育され続けたハストゥーレは理想的な受け答えが出来ず不興を買わないかと今までにない不安を膨らませていた。



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?