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第80話 奴隷紋


 連れてこられた場所は黒に金の刺繍のような美しい模様が入った扉の前だった。

 美しい扉にほう……と息を吐き出すと、シャルドネはクスリと笑う。


「気に入りましたか」


「美しい扉ですね、この漆黒の扉に金の模様が下から這うように……とても綺麗です」


「………………そう、見えるのですね」


 ハストゥーレが小さく呟くと、芽依は首を傾げた。


「この扉は真実を見る魔術が敷かれた特別製で、貴方がこれから奴隷とする……つまりハストゥーレに対する思いにより変化します」


「思い……ですか?」


「はい、扉1面の漆黒は困惑や迷い、そして金色の色が入った模様は変化を求める……ですね」


「……………………魔術こわっ」


「ふふ」


 思わず笑ったシャルドネは思った以上に幼く見えて、可愛く笑う人なんだなぁ……とほっこりした。


「では、行きますよ」


 シャルドネがあの漆黒の扉を開き中に入るようにと手で促され芽依は緊張気味に中へ入った。

 中はまるで不必要な物を全て取り除いたと言わんばかりの何も無い部屋で机に椅子、そして巨大な魔術陣が描かれた床が有るだけだ。


「…………おやシャルドネさん、ここに来るなんて珍しいね」


 薄いローブを着た青年が振り返り微笑む。

 背中に羽は無く為、高位の人型を取れる獣人か人間なのだろう。

 その手には何やら難しそうな分厚い本を持っている。


「今日の担当はラスティーでしたか」


「本当はハゲジジイだったんだけど、朝になって急に変わってくれと連絡があってね」


「それは残念でしたね」


「本当にね、今日は予定があったのに」


「また闇市ですか?」


「そう、今回の目玉商品が素晴らしい幻獣の子犬って聞いてて楽しみにしてたのになぁ」 


「相変わらず犬が好きですね」


「あのモフモフがたまらないよね」


 本を机に置くと、その表紙は犬のイラストで難しそうな分厚い本はまさかの犬の大図鑑だったようだ。

 職務中になんて本を読んでいるんだろう……と眺めていると、まだ20代程の薄い水色の髪をした男性が目を細めて芽依を見た。


「今回はその女の子に奴隷紋を付ければいいのかな?」


「え!!」


「違いますよ、彼女は花嫁です」


 いきなり芽依に奴隷紋をと言われ驚くが、すぐにシャルドネによって訂正された。


「そうか、違ったのか。お嬢さんごめんね」


「い、いえ……」 


「ラスティー、これを」


「はいはい」


 シャルドネから渡された1枚の紙を椅子に座って読み頷くと、ハストゥーレを爪先から頭までじっくりと眺めた。


「………………うんそうだね、彼で間違いない。奴隷の取り違えも大丈夫そうだね」


 たまにあるらしい、書類と連れてこられた奴隷が違う人物で、街の悪列な奴隷商の場合確認を怠りそのまま契約をしてしまう問題も発生しているのだとか。


「なるほど、ギルベルト領主からお嬢さんへの転属手続きなんだね。じゃあこちらにかけてくれるかな」


 ラスティーが座る前を手で示すとポン!と可愛らしい椅子が現れる。

 白にピンクの模様が入った異様にラブリーな椅子を進められ、可愛い……と呟きながら座る。


「じゃあ、契約内容の確認をするよ。君の庭からガイウス領へ食材提供を年1回行う事への対価にギルベルト領主所有の最良の奴隷一体を対価として渡す」


「(一体……)」


「これから新しく作る書類に君と奴隷の署名捺印をして完了するから、難しい事は無いからね。奴隷契約について質問はあるかな?」


 この場合、仕事についての質問は対価を必要と判断しないらしくシャルドネに対価を支払い聞かなくても無償でラスティーから聞く事が出来たのだとここで初めて知る。


「!」


 バッとシャルドネを見ると、ふわりといい笑顔で芽依を見た事でわざと止めること無く対価を支払い教える方法を選んだのだとわかった。

 そういえば、最後にあと知りたいことは奴隷契約の時にと言われた事を思い出す。


「………………やられた」


「どうしたの?」


「なんでもないです……ええと、奴隷契約って詳しい内容はどんな感じなんですか?なんでも言う事聞け!的な事ですか?」


「そうだね、基本的には絶対服従。奴隷に拒否権はないよ。また契約者、つまり君に危害をくわえる事も出来ない」


 ふむふむ、と頷くと1枚の紙が出されたのだが、それを芽依は読む事が出来なかった。

 いつも芽依にとってより良い支援をする役割をもつメディトークが相手ならば芽依にもわかる文字で書いてくれるのだが、ここでそれは通用しない。


「……すみません、読めないんです」


「え?あ、そうか。簡単に言うとね隷属した子は契約者に絶対服従を約束する。危害を加えずあなたのために尽くします……みたいな感じかな。あと、君の希望する事を追加できるよ。たとえば労働と関係ない事を強要したいから追加したい、とかね。これに対して1番多いのはやっぱり夜のベッドのお供……」


「いらんです!」


「そう?」


 ニッコリ笑ったラスティーに息を吐き出す。


「もう、絶対服従とか物じゃないんだから……」


「え?奴隷は物だよ」


「……………………………………なるほどなるほど?」


 だから、絶対服従をしろと。

 奴隷だから嫌な事も従えと。

 それは、芽依の中の普通ではない。まずもって奴隷の存在が普通ではない。

 一方が好き勝手相手を指示して無理矢理動かす事を今でも芽依は良いなんて思ってない。

 ましてや人権がないだと?ありえないだろう。


「じゃあ、聞いても良いですか」


「勿論」


「働いてもらうことへの対価はどれくらいですか?」


「……………………不思議な事を言うんだね、奴隷に対価は存在しないよ」


 ……………………おーう。


「じゃあ、契約内容に追加をお願いします」


「はいはい」


 テーブルに組んだ手を置き、ペンを持って書く準備をしたラスティーを見た。


「拒否権を与えます。嫌な事は嫌と自分の意思で言ってください。また、何か希望や提案なんかも自由に発言すること」


「…………うん?」


「次に、働く対価を金銭で提供します。これについてはメディさんと相談して決めるから、金額は書かないで」


「………………それが契約内容なのかい?」


 ラスティーがチラリとハストゥーレを見ると、目を見開き驚いた様子で佇んでいた。

 髪を留める髪留めがシャラリとなっている。


「はい。私が欲しいのは奴隷とかじゃなくて一緒に働く仲間だから」


「…………奴隷相手にそんな事を言う子は初めてだよ。わかった、追加するね。いやぁ、君は幸運の奴隷だね」


「………………初めてかぁ、クッソじゃないかー」


 最初の移民の民への認識や対応についても、奴隷への対応もあまりにも酷い。

 これもこの世界の常識なんだろうけど、芽依にしてみれば馬鹿げている。

 しかし、人と扱わないとは言ってもアリステアのように奴隷相手に謝罪をする感性を持ち合わせている人間もいる。

 どこで判断をしているのかわからないが、それもこの世界の不思議だ。

 この世界の奴隷の扱いを酷いとは思う。

 見てくれを綺麗に整えているのは領主であるギルベルトが人前にでる仕事をしている事にも関係があるのだろうが、その労働基準も奴隷だからと悪列なものもあるのだろう。

 それをいけない事だと声を大にして言えるほど芽依は偽善者でもないししたくない。

 それについての責任を負えないからだ。

 言うことは簡単だ、芽依のすぐ側には話を聞いてくれるこの領の最高責任者がいる。

 しかし、それを言ったからといってアリステアを困惑させるだけだし、それは責任を全てアリステアに丸投げしてしまうやり方だ。

 そんなのは芽依のやりたい事ではない。

 ならしかたないではないか。自分の周りの環境を整えて、外は外うちはうち!の精神でやるしかない。


「はい、書いたよ。じゃあ書類に署名捺印をしてもらおうかな」


 ペンとナイフが置かれていて、おや?と首を傾げる。


「………………捺印とはまさかの」


「親指を少し切って血で判を押してね」


「………………血を流していいのかな」


「この部屋は特殊空間になっているから大丈夫だよ」


 当然のように血を流す危険性を理解しているラスティーを見る。

 移民の民を食料としている事を人間は知らないからこそ、血に反応する事も知らないはずなのに。

 幻獣の高位なんだろうか……と首を傾げるが勿論ラスティーに芽依の考えなどわからないので首を傾げるだけだ。


「ん?どうかしたかい?」


「……血を流しても大丈夫な特殊空間?」


「うん、血液を流すと花の香りが強まるって聞いたからね。移民の民の奴隷契約対策で空間を切り取り新しく作り直しているんだよ。契約の度に付き添いの人外者や奴隷が暴れたら困るから」


 うん、人間確定。


 こうして書類に署名した芽依は恐る恐る指を切り紙に押し付ける。

 同じく隣に来たハストゥーレが繰り返した事で、晴れて美しい奴隷を手に入れたのだった。

 新しい書類の上にラスティーが手を掲げると白い光が溢れ紙は金色に光る。

 そしてすうっ……と消えていき、ハストゥーレの首に付いていた白い奴隷紋が光って模様が変わる。

 ギルベルトから芽依へと所有者が変わったのだ。

 古い書類の上にハストゥーレは髪を留めている髪飾りを外して置くと、それごとラスティーは燃やし尽くした。


「あっ!髪飾りが……」


「あれは所有の証だから、今度は君が新しく買ってあげて」


「所有!?」


「首に奴隷紋があっても所有の証がなかったら奪われる可能性もあるんだよ。勿論正式に契約してるから場所の特定はすぐ出来るけど、大事にしてくれるなら忘れずに所有の証を付けてあげてね」


「メディさんと買いに行きます!」 


 新しく仲間になったのは奴隷の美しい森の妖精で、愁いを帯びた瞳の男性だった。

 外は外うちはうちの精神で、彼も一緒に楽しく庭運営に力を注ごうと思う。






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