ギルベルトによって前に来た人外者はハストゥーレと言うらしい、シャルドネと同じ森の妖精のようだ。
何を考えているのかわからない無表情で芽依を見ている。自分の居場所が突然変わると言うのに何も思わないのかと芽依は慌てた。
「いや、何言ってるんですか?」
「メイ、自分の持つ奴隷も財産になるから等価交換の対価になるのだ。彼は穏やかな性格で能力も高い。これから長く食材提供をするなら彼を受け取る事は十分な価値があるのだよ」
にこやかに笑うアリステアに何とも言えない表情をした芽依。
簡単に対価であると言うが、相手は生きている人間……ではなく妖精である。
そんなホイホイあーげる!と出来るわけが無い。
しかも、食材の対価なのだ。
「…………い、いや……んん……」
「ハストゥーレは気に入らないか?女の方が良いならまた見繕うが」
「見繕う…………」
あんまりな言い様だ。
芽依は半眼になりながらギルベルトを見るが、何を気にしているんだ?と問いかけられるだけだ。
「…………そういえば、いいんですか移民の民に人外者を傍に置くのはあんまり良くないんですよね?」
「ああ、それは大丈夫だ。移民の民が奴隷契約をする時に不利益が講じないよう服従の契約をするのだ。それにな、奴隷にも位があってハストゥーレのような優良な労働奴隷はあまりいないのだよ」
ハストゥーレを見るが、無表情でやはり何を考えているかわからない。
どうするべきか……と悩んでいるとギルベルトが果実水を飲みながら芽依を見た。
「奴隷について、全員ではないが移民の民が批判的な反応をする者も多い。そなたが嫌だと言う事を無理に対価として渡す訳にもいかんからな、気に入らない場合は別な物を検討しよう」
ギルベルトがそう提案すると、ハストゥーレがピクリと反応した。
虚ろだった眼差しが真っ直ぐ芽依を射貫き、何を考えているのかわからない無表情が少しだけ人らしい顔付きになる。
「……………………では、ハストゥーレさんを頂きます」
考えるよりも先に口が動いた。
何故かここで、ハストゥーレは芽依が引き取るのが正解だと思ったのだ。
「そうか、では後で属隷契約を書き換えよう」
「…………属隷契約」
「大丈夫です、難しいものではないですよ」
シャルドネが安心させるように笑って言う。
芽依は頷きハストゥーレを見た。
俯き緑の髪が顔を隠しているが、その雰囲気は先程よりも柔らかくなった気がする。
「では、提供者の芽依には優良奴隷の提供、ドラムスト領には……………………」
食材提供と、それをするドラムストにそれぞれ対価を払うという話らしくアリステアとギルベルトは真剣に話をしている。
その間にシャルドネ付き添いの元、領主館にいる隷属印を専門に扱う部署に行くことになった。
「隷属印、ですか」
「はい、全ての奴隷が誰の所有者でどのような働きをするのかを示したものです。今回はギルベルト領主から貴方への無償提供となりますのでギルベルト領主からの書類さえ有れば難しい事はありません」
ハストゥーレを渡す話は先にアリステアにしていたようで、ギルベルトから書類は預かっています、と微笑むシャルドネに頷いてから芽依はハストゥーレを見た。
「貴方はいいんですか?知らない私の……その、奴隷になるのは……大丈夫なんですか?」
まっすぐ前を見ていたハストゥーレは芽依を見てから首を傾げた。
「私達奴隷に拒否権はありませんので」
「む!物ではないですよ!綺麗な妖精さんじゃないですか!」
「……………………いえ、私達奴隷は全て物なのですよ」
「むむむ!!」
頑なに自分は個の存在では無いと言うハストゥーレに芽依は眉を寄せて唇を尖らせる。
これは、属隷契約とやらをする前に話を聞かなくては大変な事になるのでは……と思った芽依がシャルドネの裾を軽く引いた。
「どうしましたか?」
「属隷契約の前に奴隷……制度?を教えて下さい」
「…………わかりました」
行き先を変えると進行方向を変えたシャルドネについて行くと、入ったことのない部屋に案内された。
「どうぞ、座ってください 」
促され芽依は椅子に座るがハストゥーレはなかなか座ろうとはしなかった。
芽依は首を傾げて見上げると、軽く頭を下げられるだけ。
「座らないんですか?」
「同じ卓に着くことは許されておりません」
「そんなので許可が必要なの!?」
「奴隷ですからね。今はまだギルベルト領主が所有者ですから」
なんとも微妙な表情をした芽依は無理矢理納得することにしてテーブルをじっと見つめていると、コトリ……と芽依の苦手な紅茶を出したシャルドネ。
しかし、横には角砂糖とミルクが添えられていてこちらに来てから初めてのミルクティーになりそうだ。
「………………おいしい」
「良かった、貴方好みの紅茶はどんなのかと色々試していたんですよ」
「え、わざわざ考えてくれたのですか」
「ええ、やはり果実水より紅茶の方が出やすいですから。ひとつ気に入ったのがあれば箱庭に砂糖やミルクを入れておけばよろしいですよ」
「わぁ……ありがとうございます!」
満面の笑みでお礼を言うと、シャルドネも美しく微笑んだ。
「では、奴隷についてですね」
この世界でも奴隷の種類は数個あり、労働奴隷や犯罪奴隷など罪を犯した内容によって振り分けられる。
基本的に犯罪奴隷は気性の荒い者が多く制御するのも力のある所有者が望ましい。
逆に労働奴隷は致し方ない理由で奴隷なる事が殆どだ。
長期に渡り税の滞納や、両親が金の為に売ったり、また両親が奴隷だとその子供も奴隷の扱いとなる。
国に攻めいられ奴隷商に売られる場合もあり理由は様々なのだ。
「犯罪奴隷は危険ですので今後もし奴隷商に出会う機会があれば売りつけられても断って下さいね」
「い、行く予定は無いですけどしっかりと覚えておきます」
「はい。あと、そうですね、奴隷紋と呼ばれる所有の証を首に入れます。これによって誰が所有者か、そして簡易的な物ですがどのような契約かを見ることが出来ます。色によって位付けされていて、その方の白が1番良質な奴隷と言うことです」
「……ふむふむ」
「これくらいでしょうか……契約内容は奴隷紋を専門に扱う者に確認した方が良いでしょう」
「わかりました」
「では、対価を宜しいですか?」
「え?対価……」
「貴方の希望で奴隷ついて教えましたから対価が発生したすよ」
「………………あー、そうか、そうでした」
丁度ミルクティーを飲み終わった所で話は終わりシャルドネに促されて対価について言われる。
今まで聞けば簡単に教えてくれる状況だったから忘れていたが、なにかをえるには対価が必要。それは情報も含まれる。
「私も聞きたいことがありますので、後程それを聞かせて頂いてよろしいですか?」
「わかることなら……」
「では、後日にでも時間調整をしましょう」
そう満足そうに言ってから当初の目的だった奴隷紋を入れてくれる場所に向かう。
「そういえば領主館に奴隷紋を専門に扱う部署があるんですね」
「意外でしたか?今回の事や領主館で働く奴隷の位が変わる場合など様々な対応が出来るように部署があります。街にある奴隷紋を扱う場所との仕様目的が違うんですよ」
「……………………なるほど」
アリステアの周囲や領主館で働く人の持つ奴隷に対しての専属の部署らしく、この領主館に居る芽依も勿論ここで契約を行う。
それは理解したが、やはり人や人外者を奴隷として扱う違和感は計り知れなかった。