パンの美味しさに芽依は新たに小麦粉作成を考え出していることに気付いたメディトークが、またしょうもない事を考えているな……と見ていると、セルジオは芽依の口に着いたクリームをハンカチで拭い出す。
「はっ!立派な大人がなんて恥ずかしい!なんたる失敗」
「…………いつもの事だろう」
「んなっ!駄目ですよセルジオさん、沢山いる人の前では取り繕わなくては!」
わざと声を抑えて周りに配慮しつつ言うが、メディトークのなんでもないような一言にグリンと顔を動かした。
『今更いらねぇだろ、カテリーデンで口の周りベタベタにしておいて』
「あれは!……溢れ出すシュークリームが罠だっただけで私のせいではないよ」
「何をしに行ってるんだお前は……」
呆れるセルジオに朗らかに笑うフェンネル。
そんな姿を他の移民の民も見ていた。
人外者が、あんなに自然に移民の民に話し掛ける姿なんて見たこと無かった。
それは領民も同じで初めて見る見慣れない姿に呆然とする。
「…………ああ、ここに居たか。楽しそうだな、アウローラさんとミカも居たのか」
「まあ領主様……この方達と親しいのですか?」
「あ、アリステアさんだ!」
人混みを縫って現れたアリステアとブランシェットに、シャルドネ。
誰かと先に挨拶を交わしていたのか、また遅れてやってきたアリステア。
アウローラ達と話し出したからパンのおすすめは少し待とうと、まだ山積みのパンを確認して頷く。
「メイは今領主館から職場に行き働いているからな、毎日必要事項の話などをするから自然と親しくなる」
「……………………え、領主館にいるの……え、なんで?だって伴侶?と一緒にいるべきなんでしょ?なのになんで?領主館……セルジオさんいるじゃん!!」
広く反響しやすいこの場所で大声を出したミカに周囲の視線が集まった。
真っ赤な顔をして悔しそうにしているミカを芽依はなんだ?と振り返ると、きつい眼差しが芽依を射抜く。
「あんたさぁ、なんなの!?前のなんか集まりの時も思った!あんたなんでそんなにセルジオさんと一緒にいるのさ、意味わかんないんだけど!しかもこっちの綺麗な人とも仲良いし!」
…………なんだ、嫉妬か?
ワインを飲みながら叫ぶミカを眺める。
正直ほぼ初対面な年下の子供に何か言われるよりも、ワインの美味しさを堪能する方が大切な芽依。
「…………ん?何をして欲しいの?」
「っ!!その余裕がムカつくのよ!!」
「……ムカつかれちゃった」
基本的に美味しいお酒とおつまみ、あとは一緒に呑んでくれる友人がいたら満足する芽依だから、他の物は譲ってもいいよの精神である。
しかし、自分の大事なものが少しずつ増えてきた芽依はその範囲を少し狭めていた。
「セルジオさんやフェンネルさんと仲良くなりたいの?別に止めたりしないけど」
「やめろ」
「あんたどっか行ってよ!」
「……………………そう、じゃあ行こうかな」
「おい」
激しく面倒くさいと首を振った芽依をメディトークはチラッと見た時、ある人物が視界に入った。 それによりメディトークは体の力を抜きワインを堪能し始める。
しかし、ミカだけが1人ピリピリしている様子にアリステアは困惑し、ブランシェットとシャルドネはミカを困った子だと見ていてこの騒ぎが収束する様子がない。
セルジオは不機嫌になるし領民達もざわつきこの場を中心に人が集まって来ていて司祭もどうした?と顔を向けている。なかなかのカオスであった。
そんな様子だからこそ、1度離れるべきと思った芽依だったのだがある人物がこちらを見つめる姿を捉えた瞬間、無表情だった顔が一気に笑み崩れた。
「………………あ、崩れた」
誰だろう、領民から聞こえた一言。
それはカテリーデンでの芽依のお得意様だろう、よく見る芽依の崩れた笑みである。
カテリーデンの客は一斉にピリピリした雰囲気を飛散させ、その変化に周りはさらに混乱させた。
しかし次の芽依の行動にポカンと口をだらしなく開けることになる。
「ッ!私の天使!!」
ワインをテーブルに戻した芽依は両手を広げて一目散に走り出した。
フェンネルは、あははははは!といきなり笑いだし、メディトークは気にせずワインを嗜む。
「こんばんは少年!来てたんだね!!んー!!いつもよりもフリル倍増の少年が可愛らしすぎてたまらない!!」
膝を着きしゃがむ芽依を見下ろす少年こと、フワフワの羽を持つぶどう大好き人外者。
「…………こんばんはお姉さん、元気?」
「今まさに元気になったよー!カナンクルおめでとうのハグしていい?」
両手を広げて首を傾げる芽依は、実は初めての少年との触れ合いにドキドキしていた。
ぶどうのパンを持っていた少年はもそもそとそれを食べて両手を広げる。
「………………ん」
「!!」
ばっ!と少年の胸に顔を埋めて抱き着くと肩から背中にかけて回してくれた小さな手でギュッと抱き締めてくれ、広げた大きな羽で芽依を包む様に隠す。
「あ……」
「隠れた……」
「あー、メイちゃんのだらしない笑顔が浮かぶわねぇ」
「本当にメイちゃんはあの人外の子好きよねぇ」
お客さんだろう、笑いながら話している。
それを見る人外者や移民の民、そしてミカは目を見開いて呆然としている。
フェンネルは相変わらず笑っているし、メディトークは『…………とうとうやりやがったな』と呟いている。
メディトークはミカのせいで騒がれた芽依をどう守ろうかと考えたが、あの少年を見つけて全てを投げ捨てた。
芽依が気に入る人外者の中でもお気に入り度の高いあの少年は、問題が起きた時高確率で芽依の前に現れるのだ。
「うううう、幸せはここにあったんだ」
羽が背中に収納されたあと、残されたのは少年が見下ろす倒れてヘニョヘニョになった芽依だ。
フェンネルが指をさして笑い、メディトークは頭をかいた。
「もう、本当にいいタイミングで来るんだから……好きだ」
「……僕もお姉さん好きだよ」
「これだよ!たまらんね!!」
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……と天を仰ぐ芽依をセルジオは回収する為に歩き出す。
額には盛大に青筋が出ていた。怒られました。
「お前は!あれ程人外者に軽々しく触れるなと言っているだろう!!お前は鳥か!鳥頭め!いつ喰われてもおかしくないんだぞ!!」
「ご……ごめんなさい……でもお母さん、あの子は本当にいい子なんです……捨てないで……」
「拾ってきたペットじゃないんだぞ!軽々しく抱き着くな!」
「ううううう……」
わざわざ壁際に連れていかれ怒られる芽依をミカはポカンと見ていた。
その近くにはアリステア達が居て、困ったように笑っている。
そこにはあの少年もいて、ぶどうジュースを飲んでいた。
「君は……メイの知り合いなのか?」
「お姉さんの作るぶどうを買いに行ってるよ」
「そうか……あまり見ない羽だな」
「僕、ここから離れた場所から来たから」
「あの子ね、この少年が大好きで大好きでいつもこっそりこの少年用に大きいぶどう選別してるんだよ」
「………………そうなの?知らなかった」
フェンネルが楽しそうに言うと、少年は大きな目を更に見開いてふわりと笑った。
芽依はそんなレアな笑顔は叱られ中の為見る事は叶わず、あーらら、とフェンネルは笑う。
「そうだ、フェンネルさんもメイの為に力を貸してくれて助かった。貴族相手に手を貸してくれたのだろう?」
「ああ、お友達だからね!それにちゃんと対価は貰ってるよ」
『プリンな』
「…………………………プリン」
そんな会話をミカは呆然と聞いていた。
なんで、なんであの人だけ……と呟いているのをアウローラはチラリと見る。
すぐ近くにいた少年もそれが聞こえて叱られる芽依を見た。
丁度半泣きの芽依が手を伸ばしながらメディトークに駆け寄っている所だ。
「………………叱られました」
『だろうな』
「メディトーク、即売会中のこいつの行動をもう少し見ておけ」
『ああ、わかった』
うう……と慰めてくれなかったメディトークからアリステアに泣き付きに行った芽依を、セルジオが甘やかすなと頭を掴む。
そんな芽依の手を小さな手が掴んだ。
「……………………僕もお姉さんを助けてあげるフェンネルみたいに」
「!!いつでも!ぶどう狩りおいでぇぇぇ!!」
「メイ!!」
「…………ぶどう狩り」
セルジオに叱られフェンネルはニコニコ笑い、ブランシェットは合流したセイシルリードとグラスをカチンと合わせた。
新しくぶどう狩りと少年はこっそり笑い、シャルドネはそんな皆を少し離れて見ている。
「あ、おばちゃん!」
「あらまぁメイちゃん。真っ白なドレス似合うわねぇ」
「わぁ、ありがとう!ねぇ、これ美味しかったよ」
「あらクリームパンね!これねぇ……」
芽依は常連さんを捕まえ楽しく会話を開始した。まさかのクリームパンのお店を教えて貰い芽依は思わずおばさんに抱き着くと、それに気付いた他の常連客も集まり皆で話をする。
「まあ、何をしてるの?」
「あ、メロディアさん!ユキヒラさん!このクリームパンが美味しすぎて」
「あ、たまにカテリーデンにも出てるよね」
「なんですと!?」
集まり話をしだすカテリーデン常連客。
それを見てフェンネルは眩しそうに目を細めた。
この神聖なミサで騒がしく笑い楽しく過ごす芽依につられてみんなが集まりだす。
そこには全く芽依を知らない領民や人外者もなんだなんだと集まり様子を見ている。
「出会った事への感謝も、ミサらしく祈っておくかなぁ」
「フェンネルは感謝してるの……?」
「うん?……そうだね移民の民やその伴侶のあり方も教えてもらったし、あの子が居ることで僕も色々……少し変わったから。少年は?」
「美味しいぶどうに出会えたから満足してるよ」
ミサは祈るためにもあるから、この出会いに感謝して、また1年後のミサでも笑って一緒に過ごせますように。