どこからか重低音で奏でる音が教会内に響きわたる。
電飾が輝き薄暗い室内を輝かせている。
周りの飾りも輝き煌めいていて、その美しい室ないにほぅ……と息を吐き出した。
「……綺麗だねぇ」
『ミサでは飾り立てるのが伝統になってっからな』
入口から正面に祭壇があり、なにやら祈りに使うのだろうか道具が数個並んでいる。
全てつや消ししている様な見た目で、大小違うカップが2つ、銀色の小さな棒に花が両端に飾ってある。
その祭壇の前に司祭と他に2人、両端に沢山いる信徒が並んでいた。
司祭の隣にいる2人は信徒の着る服とは違う芽依達の様なドレスコードで、あの二人は教会に所属している移民の民、即ち祈り子様なのだろう。
どうやら予想していた可愛い黒髪ストレートロングの少女ではなく、無精髭を生やしたオッサンらしいが。
祭壇を挟み向かい合ってアリステア、その後ろに移民の民と伴侶達。
そしてアリステアたちが連れてきた領主館関係者に領民達がずらりと並びミサが開始した。
「………………皆様、今年も無事にこの日を迎える事が出来ました。様々な1年だったでしょう、今日は皆で1年の感謝や懺悔、祈りを行い幸せな今を皆様で分かち合いましょう」
真っ白な歯をキラリと光らせて笑い両手を広げた司祭の合図に合わせて聖歌を歌い始めた。
信徒は静かに目を伏せ歌い、移民の民とその伴侶は手を組み祈る。
勿論形だけの参加ではあるが、芽依はチラッと隣にいるメディトークを見て吹き出しそうになった。
床に座り込み沢山ある足をご丁寧にすべて絡ませている。
目も口も閉じているので顔は黒光りした楕円の球体なのだ。
「しゃ……写真とりてぇ……」
小さく囁いた声が隣にいた見知らぬ人外者とその花嫁に聞こえたらしく、人外者は芽依をチラッと見て花嫁は写真……?と首を傾げる。
そんな花嫁に気付いた芽依は、そっとメディトークを示すと、真っ黒球体の頭のでかい蟻が沢山の足を絡ませ煌びやかな花やツリーをバックに祈っている姿を見て盛大に吹き出した。
「ぶふっ!」
「ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"」
芽依は慌ててわざとらしく咳払いをして誤魔化すと、後ろにいるセルジオからお叱りが飛んできた。
「少しは黙っていろ」
「ご、ごめんなさいお母さん」
慌てて目を閉じ静かに聖歌を聞いているが、脳裏に焼き付くのは祈るメディトークで、笑いを抑える為に口がもにょりもにょりと動かしてしまう。
切実に早く終わってくれと祈り続けた。
聖歌を歌い、懺悔して祈る。
人が集まりその場が魔術の場になった時、床に巨大な魔法陣が浮かび上がり建物全体を覆うように白いひかりが降り注ぎドームのように覆った。
これでミサ祝福に必要な祈りは終了である。
メディトークに背中を叩かれ目を開けると、先程までよりも空気が澄んでいて清廉としている。
「祝福が発動したな」
「これがミサの祝福……祝福?恩恵じゃなくて?」
「教会から授かる私利私欲の伴わない物は祝福という。逆に人外者が自らのために与える物を恩恵と呼び分けている」
「………………欲望の塊を恩恵という」
「お前な……」
頷き納得した芽依に呆れるセルジオに、メディトークはこんな場所でも相変わらずだと首を振った。
「ミサってこれで終わり?」
「いや、あとは用意されているパンやワインなんかを食べて祝福を体に定着させて終了だな」
「食べるだけとは言っても、あとは知り合いとかと集まって簡単なパーティ気分で楽しむ者の方が多いのだ」
アリステアも戻り皆が集まった。
なにか食べるか?と微笑むアリステアこそが祈り子様の称号が合いそうだな、と思いつつ頷くとセルジオの表情があからさまに変わった。
「セルジオさ……」
「セルジオさーん!!」
アウローラの手を掴み走ってくる少女。
プリーツスカートがめくれるのも気にせず笑顔で手を振る少女の足元を見て、ああこの床は波紋にならないのかと場違いな感想を持った。
「……アウローラ、自分の伴侶の管理くらいしろ」
「す、すみません……」
キラキラ輝く金の髪からふわりと輝く何かがこぼれ落ちる。
ロングスカートのプリーツは柔らかく揺れ、ヒールの高いショートブーツがカツカツと音を鳴らした。
「うわっ!美人……」
儚げな姿で必死に着いていくアウローラの率直な感想を言うと、セルジオの機嫌が1段階下がった。
「セルジオさん!さっきはあんまり話せなかったから、ご飯食べながら話そうよ!」
いいでしょ?と言うその子は屈託なく笑うのだが、今周りに人が集まっている中で挨拶も無くセルジオにだけ話しかけるのは無作法だな、と困ったように眉を寄せた。
これが社会に出ている立派な大人なら芽依は笑顔で彼女の頭を鷲掴みして目上の人に対しての対応を教える所だが今まで学生だった彼女にそれをしていいか悩むところだ。
だが、小中学生だって挨拶をするだろう。
うん、無作法者だな。そう結論付けた芽依は矯正するべきかを悩み出す。
この世界と元の世界の常識の違いが先程また1つわかった所だ。勝手に口出していいのだろうか。なにより……
チラリと少女を見る。
「(この子、話を聞く耳持たなさそうだし、めんどくさい)」
キャンキャンと騒ぎながらセルジオに纏わりつく子を見て、よし、面倒なものには首を突っ込まない!と頷いた芽依はメディトークを見て足を掴みテーブルに連れて行こうとした時、低い声と共に芽依の肩に手が乗せられた。
「…………どこに行く気だ」
「お、お酒が私を呼んでいますよ?」
「なら、どれがいいか選んでやる」
「お気遣いなくぅぅぅぅ……アリステアさまぁぁぁ」
「あ!セルジオさん!!待って!」
ああぁぁぁあ……とアリステアに手を伸ばし助けを求めているがセルジオは芽依を小脇に抱えスタスタと歩き出した。
メディトークも隣を歩き、諦めろと頭に優しく足を乗せる。
そんな3人を周りはザワリと騒ぎ見ては知人とボソボソ話出す。
「……あれ、花嫁よね」
「周りのふたりは伴侶じゃないわ」
「どうなってるの?大丈夫なのかしら……」
そう信じられないと見ている人達がザワザワとしているが、別の一角では「あらめいちゃんじゃない!」「あらあら!……本当に花嫁さんなのねぇ、あんなにお酒を熱く語る子が」と、なにやら芽依本人の率直な感想も言われている。
人外者達は最高位の精霊が世話をしだし、それに驚き芽依に興味を示し出す者も現れ出す。
「ほら」
差し出されたグラスには赤ワインが入っている。
くるりとグラスを回し鼻先に持ってくると芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
「…………いい匂い」
コクリと飲むと渋みと甘みが広がった。
「お前好みの渋さじゃないか?」
「…………とても美味しい」
唇をペロリの舐めグラスに入ったワインを掲げて見つめる芽依は、服装のせいもあり別人のように色気が溢れた。
「っ……」
『……………………おい、パン食え』
「あ、ありがとう」
パッとメディトークを見て柔らかなパンを貰いハムッと食べると、小麦の香りが口いっぱいに広がりワインとよく合う。
「うんまぁ…………小麦か、小麦粉」
『セルジオ、手を下ろせぇ』
「……………………」
あの色気が溢れた芽依を見た時、セルジオは無意識に手を伸ばしていた。
何をしようとしたのか、自分の手を見ていると芽依も同じくその手を見た。
芽依とは違う筋張った大きな男の手。
「………………どうしましたか」
「なんでもない」
「なぜデコを叩きましたか」
赤くなったおでこを見せつけると、まるで謝罪のようにサラダを渡してきた。
サラダ……と不満気に呟いたが、小さな可愛らしいカップに入った少量のサラダは色鮮やかで真っ白なドレッシングがかかっている。
「……うんま」
「よかったな」
ワインを飲み口端だけを上げたセルジオは本当に絵になる。
イケメーン、と見ていると小さな人影がセルジオに体当たりした。
「もう!探したんだから!」
「……………………わー、随分積極的だね、この花嫁」
腰に腕を回してギュッと抱き着くミカにいつの間にか来ていたフェンネル。
わざわざミカの気配をアウローラが消していたらしくセルジオはミカの接近に気付くのが遅れて避ける事が間に合わなかった。
「チッ…………離せ」
「あ、フェンネルさんカナンクルおめでとうカンパーイ!」
「カンパーイ!」
カチン、とグラスを当てると、ミカの視線がこちらを見た。
フェンネルに釘付けになったようで、目元を赤らめている。
「うわぁ、雪の精みたい」
「え?僕?」
コクリとワインを飲んだフェンネルは、振り向きミカを見た。
全体的に真っ白なフェンネルは、今日は白よりのグレーの服を着ている。
いつもキチッとしたものより体の線が出ない緩やかな服を好むフェンネルは今日も薄い色合いの緩やかな服を着用していた。
首元に大きめなリボンが着いた緩いシャツにワイドパンツといったラフな格好が余計に雪の精に見えたのだろうか。
「綺麗、セルジオさんと同じくらい綺麗……この2人なら絶対に、和彦より素敵な人だ」
「…………和彦?」
芽依は知らない名前が出てきて首を傾げる。
明らかに日本名だな、と思いながら2個目のパンをはむっと口に入れると、今度は中にクリームが入っていた。
とろけるような滑らかさに優しい甘さがパンに良くあっていて、興奮した芽依はそのパンを鷲掴みセルジオをギョッとさせる。
「おい、まだ口に入ってるだろ」
「んんんんん!」
首を横に振り隣にいたフェンネルの口に突っ込む暴挙をした芽依に、周りはギャ!その人外者高位の庭持ち!!と目を見開いた。
突っ込まれたフェンネルは目を見開きキョトンとするが、あむあむすると中のクリームが美味しすぎて目をとろりと緩ませた。
そして芽依の真横に更に距離を詰め頭突きのご褒美をしてくる。
「美味しいね!」
「うん」
更に鷲掴みメディトークの口に入れようと登山をしようとした芽依を止めメディトークは顔を下げ自らパンを咥えていった。
あまりの美味しさに振り切っているらしい芽依は、次だ!とパンを鷲掴もうとした瞬間、セルジオは自分でそのパンを取り食べる。
「自分で食えるだろ」
「………………そうでした。あまりの美味しさに興奮して皆に食べさせたかったあまりにはしたない事をしてしまった」
「はしたない以前の問題だな」
はぁ、と息を吐き出しながら食べるセルジオは、確かに美味いなと口の端を親指で拭った。
「………………おぅ、セクシー」
腰に巻きついていたミカはいつの間にか離されアウローラに回収されているが、そんなセルジオに顔を真っ赤にさせてる。