1番新しく来た少女はミカと言った。
美しい精霊のそばに居るが、その視線は人外の男性を追っている。
ユキヒラやその他の移民の民とはまた違う雰囲気は唯一10代だからだろうか。
隣にいるアウローラに何か言われ鬱陶しそうに手を振る様子もあるが、たまにビクリと身体を震わせアウローラを伺い見る。その眼差しは確かに恐怖があるのだ。
ユキヒラにはもう無いのだが、どの移民の民にも伴侶を大なり小なり恐怖の対象で見る様子がある。
「ねえめいちゃんは誰と行くの?年始の時と、今日も」
「ん、素晴らしきメディさんだよ」
「……なら、ちょっと安心かもしれないわ。セルジオ様だったらちょっと問題だったかも」
「え?なんでです?」
「ほら、見て。かなり執着しているのよ。あの子アウローラの伴侶なのにね……貴方が他の人間や人外者と話をする感じとまた違うの。あの眼差しが、気持ち悪いのよ」
落ち着いてきたメロディアが足を組み顎でミカを指した。
アリステアの隣に避難した筈のセルジオの隣にはまたミカが居座っている。
困ったように笑っていたアウローラも、気に入らないと表情がまるで人形のようになっているではないか。
「…………あれはまさしくハンターの目だ」
「……………………同感。あの子セルジオさんバチバチ狙ってるね」
「話してみないとわからないけど」
「うん、あれは」
「「男好きかもね」」
目を細めて言うとユキヒラと完全に被り、顔を見合せた2人は頷きあう。
そんな2人を見た後メロディアが頬杖をつきミカを見てからアウローラを見る。
「……男好き、ねぇ」
「違う感じします?」
「男好きもあるのかもしれないけれど、気を付けないとあの子喰われちゃうかもしれないわよ」
「え…………いや、だれに?」
ユキヒラがキョトンとして言うと、メロディアはスっ……と指を指した。
「アウローラ」
それは彼女の伴侶だった。
困ったように、でも愛おしそうにミカを見つめているアウローラ。
あまりにもセルジオに構いすぎるミカの肩をそっと掴み止めている。
「……ねぇ、ちょっと向こうに戻って様子見てくれないかしら」
メロディアが芽依の耳元に口を近付け囁く。
それに目だけで頷き、また後でと手を振って立ち上がった。
「メーディさん」
芽依が座っていた椅子の隣に変わらず座っていたメディトーク。
椅子に座り直し、ふわりと揺れるスカートと波紋を広げる床を楽しんでいると、メディトークの脚が芽依の肩に乗った。
お?とメディトークを見ると、ミカを見ている。
『……あの生き物はなんだ』
「んー、メロディアさんにちょっと聞いたら、なんというか問題行動の多い子?」
『ありゃちょっとじゃねーな』
また変なのか紛れたな、と呆れているメディトークに芽依は頭を擦り付けた。
「…………あの子が年始の祝祭の挨拶に一緒に行く子だって」
『…………………………』
「無視やめてー」
芽依はひとつ気になる事があった。
ユキヒラも他にもこちらに来た人達は皆同じく伴侶から離れようとはしなかった。
確かに閉鎖された空間で誰にも会わずに狂っていく事が今までの移民の民だったのだろう。
支配されてそれを許容しなければ、他人の前に姿を現す事すら出来なかった。そう、ユキヒラは前に言っていた。
でも、今はその縛られた環境を少しでも変えようとしている最中で、そんな中で自由に動き回り話しかけるのは、あのミカだけだ。
他の移民の民は、話はするが伴侶から離れようとする素振りがない。
そして、動き回るミカをメディトークは変なのが紛れたと、そう言ってたのだ。
今はもう話しかける事も駄目とは言わない、むしろ自分の安寧の為に、健やかに過ごす為に話す事はいい事だと思う。多少行き過ぎてはいるが。
「……なんだろうな、この違和感」
『どうした』
「あの子を見て、どうして変なのが紛れたって思ったの?」
『変だろう、何故伴侶を放ってセルジオの後を追うんだ』
「…………セルジオさんが気になるからじゃないの?あの格好良さだもん、そりゃ惚れちゃうよね。気配り屋さんだし、綺麗好きだし優しいし強いし……あれ、嫌いな場所とかない完璧人間?」
『はぁ?惚れる?何言ってやがるアウローラっつー伴侶がいんだろ』
「え?アウローラさん女性でしょ?恋愛対象として、好きじゃないと思うよ。あの子明らかにノーマルじゃない」
『……………………いや、は?好きじゃないならなんでこっちに来たんだよ』
芽依は必死にセルジオを追いかけ、アウローラの手をはねつけるミカを見て首を傾げた。
「えぇ?会ってすぐ好きなれないよね?しかも相手は女性だ、あの子まだ子供だしセルジオさん追い掛けてる様子は本気っぽいし……」
ボーッと様子を見ながら言うと、メディトークは呆れたように言った。
『女だからなんだってんだ』
「……………………あー、そうか。あのね、私達の世界でも同性愛はあるし私は否定したりしないんだけど、まぁね、男女での恋愛が普通でね……んー、同性が好きって大っぴらに言う感じじゃないと言うか…………恋愛って難しいねぇぇぇぇ、恋人期間を楽しむのも結婚も、同性はちょっと難しいというか」
『そうか、同性間の婚姻はお前達では普通では無いのか』
「全部が全部無いわけじゃないんだよ!?悪いわけでもないの。ただ、性の理解が噛み合わないって言うかね」
難しい……と頭を抱える芽依に、なるほど、と頷くが難しそうな顔をしてまた移民の民が集まる場に視線を向けた。
ミカ達だけではないのだ。同性でこの場にいるのは。
『ところで恋人期間ってなんだ?』
「………………………………え?」
メディトークと、興味深そうに聞いていたブランシェットは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした芽依を見た。
いや、まってまって、聞き捨てなら無いことを聞いたよ。
「え、ねえ?知り合っていきなり結婚じゃなくて友達期間と言うか、お互いを知っていく時間を経ての結婚だよね……?ね?」
「まあ、お嬢さん達にはそんな期間があったの?」
『いらねぇだろ』
キョトンとするブランシェットに本気で意味がわからないと首を傾げるメディトーク。
そんな2人に芽依は盛大に顔を引き攣らせた。
「……………………こ、これは駄目なヤツだ。根本的な恋愛観が絶対違う」
「恋愛観?結婚に愛は大切だけれど、それは今は要らないわ。まずは結婚して、それから育むものでしょう?」
「逆なんですー!!私達は逆!!恋をして、愛を育んで結婚するんです!その間に色々あって破局する事もあるけれど、私達はこういう過程を通ってですね」
『は…………破局、だと?』
愕然とする二人に芽依はお手上げだと泣き崩れそうになった。
ああ、もうなんか、ミサが始まる前に疲れきったよ……と呟く芽依をメディトークがガシッと掴むと、ブランシェットも思いの外厳しい表情をしていた。
「お嬢さん、後で詳しくお話しましょう」
「…………………………はい」
等価交換とか根本的な事が違うこの世界だからこそなのだろうが、話せば話すほど話しは食い違っていてるのだが、そもそもの世界の基礎が違うから仕方ない。
まさか、恋愛をしない世界だったなんて!
いきなり結婚して、愛を育むだなんて!
「…………愛の前の恋はどこ行った」
この短い会話の中だけでお互いの婚姻や恋愛に対する違いがわかった3人だったがそれでもミカへの評価は変わらず変なやつである。
しかも、あのしつこいセルジオへの粘着に、あからさまにブランシェットが顔を歪めた。
「…………あまりにもアウローラが可哀想になりますね。心を分け与えている訳でもないのにセルジオに不当に近付くその姿は不愉快だけが胸に広がるわ」
「……………………なるほど」
ブランシェットもメディトークも、何が不満なのか。
それは前から言っていた伴侶が居るのに別の人外者に心を寄せているから。
そして芽依との認識の違いが今更ながらにわかった。
「……………………多分ね、あの子の中では婚姻とか頭になと思うな。アウローラさんを少しうるさい世話を焼いてくれるお姉さんくらいにしか思ってないんじゃないかな。だからセルジオさんに全力でアプローチしてるんじゃない?」
2人は信じられない様子で芽依を見た。
「で、でも……伴侶として……契約を……」
驚く2人に芽依は困ったように笑った。
多分、多分だが芽依の考えは間違っていない。
あの子はまだ幼い、子供なのだ。
大事な約束や仕事に対する契約を書面で交わしたことのない、約束を軽く捉える、まだ社会に出てない子供なのだ。
だから、こちらに来る時にするという契約がどんなものか芽依はわからないが、あの子はあまり考える事無く頷いたのではなかろうか。
耳障りの良く都合のいい事だけを頭に入れて契約として頷いた、そんな気がした。