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第70話 結婚の定義


 用意してもらった控え室はアリステア用の物ではなく、移民の民とその伴侶の為の控え室だった。

 教会にとってなによりも優先するのは移民の民てある。だから、例え領主と言えど、この場合は芽依を優先される。

 広々とした部屋の床は見た事のない乳白色の石で出来ていて、足で踏む度にボワァァァンと淡く波紋のように光るのだ。

 不思議に思い、椅子に座っていた芽依は足をパタパタとさせているのをブランシェットに見られて照れ笑いをしてしまった。


「…………あー、挨拶しておらずすまない。俺はアメーディア領の領主をしているギルベルトだ……………………その……あの…………怪我はして、いないな?」


 ズシン……ズシン……と音を響かせ近付いてきたギルベルトを芽依は椅子に座ったまま見上げる。

 首が痛くなるような角度で見上げ、ギルベルトの顔を見ようとするが、巨大な体に遮られ見えなかった。

 芽依が分かったのは、巨体に似合うとても大きな肢体と、歩く度に起きる地響きと揺れ。

 その揺れは、椅子に座っているのに体が跳ね上がり隣にいたセルジオがチラリと見てくる。


「大丈夫です、怪我もありません」


「そ、そうか良かった……なあ、もし君が片翼なら俺が結婚してやってもいいぞ。片翼になったなら結婚も好きにできるし、お前も1人よりはいいだろう」


「あ、結構です」


 前のめりで聞いてくるギルベルトに悩む素振りすら見せず秒で断ると雷が落ちたかのように驚愕な表情で立ち尽くした。


「……邪魔だ」


「行きましょう」


 セルジオに軽く足蹴にされ、ギルベルトは緑の人外者が回収してくれた。

 あの巨体を片腕だけで引き摺り運ぶ姿に芽依は驚き目を見開いたのだが、人外者は人間の平均的な握力や力と一緒に考えてはいけないのだろう。

 そういえば、ブランシェットも平手でぶん投げてたな……と思い出す。


「ここで待機なの?」


「ええ、飲み物もあるから休めるわよ」


「ふーん……」


 ノックも無く開いた扉から話し声が聞こえて、芽依は体を前に傾け見るとゾロゾロと移民の民とその伴侶が入ってくる。

 一番最初に入って来たのは肩までの髪をくりくりに巻いたタレ目の女の子。17歳くらいだろうか。

 萌え袖白ニットに膝丈プリーツスカート。白のニーハイブーツを履き、差し色を入れない真っ白な服装である。

 隣には20代後半から30代前半程に見える精霊なのだが、実際の年齢は勿論芽依には分からない。

 お揃いにしているのか白ニットにロングだがプリーツスカートにショートブーツを履くその妖精は、移民の民の女の子の髪色に似せた茶色を使ったアクセサリーを使用している。


「…………あそこって女性の精霊に女の子の花嫁なんですか?」


「ああ、同性の移民の民を呼ぶ事も珍しくは無いぞ」


「………………結婚相手ですよね」


「ああ」


「…………なるほど」


 顎に手を当て頷く。同性婚もできる世界なのだなと理解するが、ここでまた気になる事が出てきた。


「こういう場合、子供って生まれるんですか?それとも養子縁組?」


「養子縁組はわからんが、子は生まれんぞ」


「やっぱり同性だと子供うまれないんですね」


「いや、そうではなく。人外者に子は成せない」


「ん!?」


 人外者は全て自然から派生するもので、愛を育み体を寄せ合って行為をすると言う人間の子を成す営みを必要としない種族のようだ。

 勿論、その行為自体をしない訳ではなく、それに子を宿す意味合いが無いと言う事。

 したがって、自分の子というものは存在しなく、1人、または同族としての認識しかない。

 異世界を除き込み、気に入った人間を引き寄せ移民の民とする事についても 、家族や伴侶といった感情が実際のところ人間の持つ気持ちと人外者の持つ気持ちが全く同じかどうかはわからないのだそうだ。

 ただ魂の奥底に眠っているのだろうか、誰かと寄り添いたいと願う気持ちはそれなりにあって、強ければ強良いほど移民の民を呼び寄せるのだろう。

 それは人外者も分からないことだ。


「じゃあ、たとえばこの世界の人間の女性とセルジオさんが結婚しても子供は出来ないんですね」


「…………結婚はしない」


「たとえですって!」


『出来ねぇよ。出来るのは人間同士だけだ』


「それは移民の民とこの世界の人間でも出来るって事?」


『………………いやお前、移民の民には伴侶がいんだからありえねぇだろ。片翼だってそんな話聞いた事ねぇよ』


「………………ああ、そっか……ん?」


 この世界の結婚や子供について聞いていた時、視線を感じて顔を向けると、無表情でこちらを見る先程の女の子。

 その無表情は、永年この世界にいる為になる無表情では無く、どことなく不機嫌で相手を観察するような眼差しだ。

 その近くにはユキヒラとメロディアがいるのだが、美しい装いのメロディアなのに闇堕ちしているかのような表情で何かブツブツ言っている。

 ギャ!と飛び上がり隣にいたセルジオの腕をバンバン叩くと、ん?と芽依を見てくれる。


「メロディアさんが!ヤバいです!!あれは古の魔術の呪いに掛かって我は闇の支配者のメロディアスナイト……とか言い出す……」


『闇の支配者はセルジオだぞ』


「………………おぅ」


「やめろ、そんな訳の分からんものにするな」


 心底嫌そうな顔で虫でも見るような目で芽依を見たセルジオの腕を掴みグイグイと引っ張る。


「や、やめて下さいその目付き!蛆虫を見る様な目で見ないでください!私それで喜ぶような趣味は無いですからね!?」


『これで喜んだらお前、ドン引きだわ』


「ひぃ!メディさん捨てないで!」


「あらあら、相変わらず仲良しねぇ」


「これは仲良しでいいのだろうか……」


 今年のギルベルトの問題がとりあえず終わったブランシェットの機嫌は上がってきて、いつもと同じく、あらあらうふふと上品に笑っていて、アリステアは苦笑しながら3人を見る。


「そうだ、闇堕ちメロディアスナイトを救出しに行ってきます!」


「メロディアだ」


『変えんじゃねぇよ』


 パタパタとユキヒラとメロディアの元まで走っていく。

 靴がコツコツと音を立ててスカートがフワリと揺れる様子をセルジオとメディトーク後ろから見つめる。


「………………」


『美味そうか?』


「……そうだな、美味そうではあるが喰わんぞ」


「確かに、先程触ってしまった時はとても美味しかったけれど、喰べて嫌われてしまったら嫌ですからね」


「ん?なんの話しだ?」


「何でもありませんよ、アリステア。あのお嬢さんがとても魅力的ですねって話をしていただけです」


「ああ、メイが来てから移民の民についての改善点も沢山分かってきたし、あの死者が出そうだった食糧難も乗り切ったメイの存在は大きいな」


「食糧難か……想定よりも飢餓者が出ませんでしたね」


「買えない貧困者はどうしても死人が出たがな。それでも最低限だ」


『……あいつなぁ、野菜気付いたら売りさばけないくらい作ってたり巨大化したり……何しやがるかわかったもんじゃねぇ……しかもまだまだなんか企んでやがんな、ありゃ』


「……………………良い方向に頼む」


「そういえばシャルドネはどうしました?来ないわけがないわよね」


「ああ、何か調べ物があるらしいんだが中々見つけられずに頓挫しているみたいなのだ」


「まぁ!シャルドネがですか?珍しいですね」 


 芽依が闇堕ちメロディアに必死で話しかけている姿を見ながらここ最近の話をしている3人。

 沢山の死人が出そうな食糧難も乗り越えもうすぐ年末に差し掛かる頃だ。

 この1年、いや秋から劇的に様々な事が変わった。

 移民の民の事や食糧難は勿論、露店の販売員が芽依の自動販売機がある事で生活に余裕が出来たとかなり好評。なにより例年初霜が降りる頃から収穫量は一気に減少し、痩せ細った小さな野菜ばかりが店頭に並ぶようになる。冬篭りの為に買い漁る領民達は数が足りずに大変な思いをするのだが、それが今回豊作の芽依とメディトークを血眼になり探す事の方が大変だったと笑って話していたのだ。

 ここ近年食糧難ばかりが続いていた中で1番嬉しい出来事だ。

 今後も良い方向へ変わっていけばと、そう強くねがう。



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