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第68話 カナンクルのミサは


 カナンクルのミサは教会であるシーフォルムが主導して実施する。

 宗教はその土地に根付きやすく浸透するが、それはこの世界でも同じ事のようだ。

 このカナンクルだけでなく、様々な催事や祝祭がシーフォルムから発祥している事も珍しくは無いらしい。

 それくらい、このシーフォルムという宗教は長く続いていてファーリアだけでは無い他国にも深く根付いている。

 実際、国が見きれていない箇所の手入れをおこなったり、ファーリアでは孤児院の子供達はシーフォルム預かりとなって既に1500年が経過している。

 衣食住の保証を国が行う代わりに子供達の世話は全面的にシーフォルムがする。

 それにより幼い頃から戒律に守られた信徒として成長する子が大半で、シーフォルムの中枢に孤児院出身の祭司もいるほどである。

 同じくシーフォルムに孤児院経営を任している他国も多く存在していて、昨日カテリーデンで会った司祭は他国の孤児院出身の少年が信徒となり上り詰めた結果であった。


 しかし、手を取り上手く機能しているように見えて、お互い牽制しあう場所も存在している。

 1番は移民の民のあり方だろう。

 国は移民の民を守護し、時には財産のようにその知識や能力を活かし力を借りながら住み良い場を提供する。

 シーフォルムは、移民の民を神のように崇める。

 シーフォルムの根源が、別世界からくる叡智あるその存在自体が特別なものと認識し、さらにその移民の民を呼び寄せた人外者を支持する集まりである。

 数十組の移民の民とその伴侶は教会に囲われていて生活を共にしている。そのシーフォルムも派閥があり、国によって抑圧されている移民の民を助けたいと暴走気味に移民の民を言葉巧みに、時には武力を行使してシーフォルムに連れて行こうとする過激派も存在する。

 教会で保護された移民の民と人外者は数人を除きほぼ出てくることは無く、どのように過ごしているかは不明な点が多い。

 そのため、かなりの頻度で行われるシーフォルムから国への正式な移民の民とその伴侶の保護先変更の嘆願書を却下するしかなかった。

 移民の民はその伴侶によって出現する能力が違う為、何が引き金になり国に脅威をもたらすかわからないので慎重を気するしかないのだ。


「だからメイ、向こうからの言葉や誘いに簡単に返事をしてはいけない。約束してくれ」


「……わかりました」


 美しい白のドレスを身に纏う芽依は、アリステアからの重大な話しに耳を傾け頷いて見せた。

 もし伴侶の居ない芽依がシーフォルムに捕まってしまったら、人外者というクッションのいない丸裸な状態で何も分からないまま一人きりで戦わなくてはいけなくなるのだ。

 そして、芽依の持つ祝福は本人が気にしていないがかなり強大で強力なものなのだ。

 元々庭とは、許可した他人の手が入りやすく、しかも管理責任の伴う箱庭も存在する。

 他者にしてはこれ程今の時代において喉から手を出し掴みたい人物はいないだろう。


「くれぐれも、メディトークから離れないようにな」


「はい」


 シーフォルム主催の祝祭の為、祭り崇める対象の芽依達移民の民は参加対象となる。

 国に保護された時点でその人数や名前は教会にも把握されてしまうので、体調不良で行けない場合に限り不参加が出来るのだが、基本的に参加する移民の民が多い。

 それはカナンクル当日のミサに出席する事で得られる祝福を受ける為である。

 感謝や愛情といった良い気を集める日の祝祭にはその素晴らしい恩恵を少し分けてもらう事ができる。

 これは、誰かが授けるのでは無く幸せな気持ちが溢れる場に、沢山の人間や人外者が集まる事でそれぞれの力が高まりあい祝祭を執り行う事で一種の魔術が構築される。

 空間に魔術陣が浮かびその限られた範囲の中で祝福が降り注ぐのだ。

 一定時間その場に留まり続ける事で、その恩恵を授かり参加者は帰っていく。


「…………異世界すぎて戸惑う」


 真っ白のドレスはまるでウエディングドレスのようで、軽い白の生地を幾重にも重ねてスカートを膨らましていた。

 上半身は綺麗なレースとビジューで煌めかせ、薄い青の刺繍が入った半袖タイプのドレスで、同じ生地の長手袋が用意されている。

 小さなティアラの付いたベールはしっかりと顔を覆い、背中の中ほどまで流れていて歩く度に少しだけふわりと揺れる。

 髪型はシニヨンで、様々な色の花が飾っている。

 前髪は横に流し、大きめな花で耳上を飾り髪も一緒に止めている。


 ズレたり解けたりしないようにセルジオが入念に確認してから揺れる後れ毛だけがベールからこっそりと除くようにしていた。


「相変わらず綺麗に結んでくれますよねぇ」


 ちょっとだけ髪に触れると、ちらりと視線だけで咎められた。

 苦笑して手を離すと、豪華でいて露出度の低い禁欲的なドレスに芽依は感嘆する。

 胸元はレースで広く開いているのだが、少しだけ色味の違う白地のアンダーは首まである為、レースが華やかに目立つ。

 レースと刺繍、そしてビジューの華やかさとは打って変わった重ね合わされたスカートは無地で動く度にヒラヒラと揺れるのだ。

 クリーム色が少しだけ入った靴は踵が高いが、柔らかな素材で出来ていて靴底のクッション性も抜群である。

 初めて履く靴だが、靴擦れの心配は無さそうだ。


「カナンクルのミサって、みんなこんなに着飾るんですか?」


「ああ、ミサとは言っても通常のものでは無いし、恋愛の相手探しをする奴もいるからな」


「さすが恋愛を含めた行事ですねぇ」


「イベント事を好むやつが多い。シーフォルム関係者やアリステア関係者は勿論多く出席するが、一般人も参加する事を忘れるなよ」


「はい」


 信徒を増やす名目もあり、信心深くない人にも教会は扉は開いている。

 普段ミサに来ない人達でも、イベントを楽しみ恩恵を授かる為に沢山の一般人が入れ代わり立ち代わり出席するのもこのカナンクルのミサの役割でもあるのだ。

 それは人外者である精霊、妖精、幻獣もである。

 その祝祭には当然だがメディトークも参加する事は確定していて、芽依と庭の世話を早く終わらせた後、祝祭時伴侶の代わりに芽依に着く為、その打ち合わせの為にアリステアの部屋に来ていたのだ。

 そしてあの騒動、ある意味ナイスタイミングである。


「いいか、メディトークから離れるなよ」


「はい」


「知らんやつに話しかけられても着いていくな」


「はい」


「周りから極力避け、直接的な接触はするな」


「………………はい」


 さっきもアリステアに注意された芽依は、そんなに不安視されているのだろうかと複雑な感情を抱きつつも、大人しく頷いていく。


「いいか、会場で出されているパンは好きに食べていいが、酒には手を付けるな。飲んでも2杯までだ。あれは度数が高く酔いやすい」


「…………………………」


「返事」


「……致しかねます」


「返事」


「………………難しいです」


「返事」


「………………………………勘弁してください」


「鎖で繋がれたいのか」


「横暴!!」








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