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第67話 カナンクルの当日 3


 カナンクルに起こる隣の領主による領主館の破壊行為は毎回謝って帰って行くもその次の年にはまた同じことが起きる。

 これには巨人族の恋愛体質と、人間の持つ執着心が悪い方向に作用したとしか言いようがない。

 何度注意し、被害についての書類と請求書を送り正式な謝罪文が来るにもかかわらずその態度に嫌気もさすが、領主同士接点は多くどうしても切れない仲なのだ。

 国の中枢に注意をしたとしても、残念ながら彼自身の領地経営能力は抜きん出ていて変えようもない。小さな領地とはいえ常に栄えているのだ。

 一時は領地を変え、もっと大きな領地を任せる話も出たが、巨人族に対応した領主館がなく断念した。


 そんな困った領主であるが、熱心な信者である事は有名である。

 毎年、しっかりとカナンクル当日までに仕事を終わらせミサに来るギルベルトをアリステアも拒むことは出来ない。


 そんな彼が起こす毎回の騒動だけはどうにかならないかと頭を抱える問題なのだが。


「……大丈夫か」


「はい、ありがとうございます」


 ギルベルトに握られたことで軋み悲鳴を上げた体はそのあとすぐに来たセルジオによる魔術で回復した。

 痛みが消え身体の異常が無くなったことでメディトークから降りた芽依は、体調の確認の為に手首を素手で触るセルジオを見上げた。

 眉を寄せ黙って手首を凝視しているが、なにやら身体の内部の損傷が無いか確認をしてくれているらしい。



「…………大丈夫だな」


 ふっ……と緊張を緩めたセルジオにアリステアも安心した様子で微笑むが、ブランシェットだけが痛ましく顔を歪めている。


「ブランシェットさん」


「本当に、ごめんなさいね……謝って済むことではないのだけど」


 ソッと両手を芽依の頬に添えて瞳を覗き込むブランシェットに芽依は笑った。


「私は大丈夫です、心配させてしまってごめんなさい。ブランシェットさんこそ大丈夫ですか?乱暴な事されていませんか?」


 逆に心配されたブランシェットは微かに目を見開いた後、春の始まりの温かさを感じさせるほわりとした笑みで芽依を優しく抱きしめた。

 女性特有の柔らかさを帯びた体に包まれ目を見開くが、その安心する感覚や香りに体の力が余計に抜けた。


「ありがとうお嬢さん、怪我はないわ」


 体を離して微笑んだブランシェットに良かったですと返事を返した芽依は、大好きな人と過ごすクリスマスのイメージだったのだが、この世界は幸せや感謝、愛情を伝えるだけでも物騒な所もあるんだなぁ、と場違いにも思っていた。






「………………あの、本当に花嫁だったの?」


「はい、そうです」


 落ち着き部屋の整頓も終了した。

 散々問題行動を起こしたギルベルトも今では客室で静かに待機し、ミサへの参加準備をしているらしい。

 そんなときだった。ここまで連れてきてくれた3人が、メディトークと話す芽依の傍により話しかけてきたのだ。

 不安そうな女性2人にちょっとしょんぼり気味な男性。

 肯定した芽依に青ざめる3人がメディトークを恐る恐る見るが、感情の乗っていない真っ黒な瞳に見返されただけだった。


「あの……知らなかったとはいえ花嫁を連れて危険な場所に行き申し訳ありませんでした」


 90度に頭を下げて言う男性だったが、芽依はなんで謝るんですかー、と肩を叩いた。


「……え?」


『コイツは伴侶じゃねーから俺への謝罪は要らねぇが、危ない場所に連れていくのは勘弁してくれ。まぁ、アリステアの部屋に行くのが危険だとコイツも思わないだろうし仕方ねぇがな』


「…………そうか、伴侶がいない移民の民って連絡来ていた人か」


『コイツは周りのヤツらと仲良くする事を望んでいるから、面倒じゃねぇくらいに構ってやってくれや』


「メディさん、なんて適当な返事なの……」


 2人の軽快な掛け合いに3人は顔を見合わせる。

 見たことない移民の民の笑う姿や活発にうごく様子。

 他の人や人外者と話し、触れ合うその姿に困惑するが、アリステアから発表された移民の民への対応の変化について本当だったのか……と呟いている。


 芽依から伝わった移民の民への不適切な対応は決していいものではなく、心を壊してしまう物だから対応は我々と同じで構わないとアリステアから通達された。

 それに困惑した領民たちであったが、殆どの場合そうそう移民の民と仲良くなることなど今まで皆無であった為、あまり気にもされていなかったが、領主館やその付近で働く人達は芽依だけじゃなく国に属する移民の民やその伴侶もしばしば訪れる為、現在その対応に難航していた。

 移民の民は人外者の伴侶となり、その叡智や力の鱗片を貸し与えてくれる存在としてそれなりの地位を持っている。

 したがって、領主館で働く人の多くはこのちっぽけなどこにでも居る女性が自分よりも位の高い上司となるのだ。

 そんな相手に我々と同じ対応と言われても困るし、何より気安い態度を取り人外者の怒りをかいたくない。

 返答に困っている3人を見てメイは複雑な表情を一瞬浮かべてから、美味しいチーズボールを渡しメディトークとの会話に戻った。


「領主館にいる人より露店のお姉さんたちやカテリーデンにいるお客さんのほうがよっぽど朗らかに話をしてくれるのはなんでだろう」


『そりゃお前、実際に見てるか見てないかの差だろ』


「ん?」


『領主館には移民の民とその伴侶が仕事で来ることは多々あるからその対応に気持ちがする減っちまうんだよ。花嫁はどういう態度でどういう表情で、どういう気持ち……まではわかんねぇけどよ、どう思ってんのか、そして花嫁にどんな対応をしたら伴侶がどんな表情をして、そして怒るのか。逐一確認して注意してんだよ。じゃねーと、伴侶に殺されかねんからな』


「……物騒」


『物騒か。お前からはそう見えるんだな。人外者の伴侶に向ける独占欲は強ぇ、さらには許容範囲は極小といった心の狭さだ。そんなヤツを相手に気安い態度は取れねぇだろ。逆にカテリーデンなんかは庭持ちの移民の民が行きやすく比較的過ごしやすい環境でもある。自分の商品を売る事で多少なりとも伴侶以外の接点ができる。話が出来なくてもな。そのピリピリとした様子があまりない移民の民と人外者を見ているからこそ、そこまで危機的な感情を持ちにくいんだろうな』


「…………そっかぁ、すぐに皆と親しみやすく話をするのは難しいんだね」


『凝り固まった常識や習慣と恐怖を明日から無くせと言われても、そりゃ無理な話だろ』


「まったくその通りだね……わっ」


『……で、お前はさっきからなにしてやがる』


「巨人の高さを知ろうと思って」


『……何言ってんだ』


 真剣に話しているが、芽依は足から少しずつメディトーク登山を行っていた。今は背中の継ぎ目辺にいて少し滑っている。

 テラテラした見た目と同様にツルツルしているメディトークのボディは登りにくいのだが、落ちてもメディトークの沢山ある足が救ってくれるとわかっているから安心しているのだ。

 よじ登り背中に座ったり横になる事はあるがそれ以上は行ったことない芽依は、メディトークの頂上、頭の上を目指して登っているのだ。


『……俺ぁ、山じゃねーぞ』


「立派な蟻さんです」


 そう言いながらも落ちないように支えるメディトークの優しさにホッコリしながら登り続ける芽依をアリステアは困ったように笑いながら見ていた。


「何をしているのだ、あの二人は」


「阿呆共だな」


「まあ、仲がよろしくていいじゃありませんか」


 呆れたように息を吐き出すセルジオだったが、芽依の穏やかな表情に安心したように口端を持ち上げた。

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