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第66話 カナンクル当日2


 毎年恒例とも言える隣の領主からの熱烈の求婚を受けるブランシェットはいつも同じ言葉と平手打ちで話を閉じるらしいのだが、今年はよりにもよってアリステアの執務室でそれが起こった。

今から忙しくなるカナンクルや年末年始に向けて溢れかえるほどの書類がバラバラになり遠い目をしている。

 そして疲れたように目を閉じでこめかみを揉むブランシェットはこの時期になるとよく見られる姿らしい。


 カナンクルの祝祭は元は教会から始まったとされる為、夕方からミサが行われる。

 信仰心の低い巨人族の多い隣の領地ではミサをする習慣がないのだが、この領主は半巨人という通常の人間と巨人族との間に生まれた。

 母親が熱心な信者であり、毎週のミサは欠かさず続けていた。そんな母を近くで見ていたため、領主本人も巨人の血が受け継がれているとはいえ、熱心な信者となっていた。

 ミサの無い地に赴任する事になった母子の絶望は凄まじく、子供が大好きな母であったがついて行く事が出来ず苦渋の選択をしたようだ。

 そんな領主は毎回では無いが、定期的にアリステアの領地ドラムストに来ては教会で祈りを捧げ懺悔し、時にタイミングがあえばミサに参加する熱心な教徒であった。


「……そんな方がブランシェットさんに求婚されているんですね」


「カナンクルの愛を伝え気持ちが通じると生涯幸せになるという言い伝えがあって、それにあやかりたいと毎年カナンクルのミサに来る時にブランシェットに求婚しているのだが……」


「なるほど、結果があれなんですね」


「忙しい時期を迎えるこちらとしてはいい迷惑なのだがな」


「…………お疲れ様ですアリステア様」


 アリステアは一回りほど小さくなりくたびれた様子で息を吐き出している。

 何か食べますか?と箱庭を覗き込み改良したチーズボールを出した芽依は袋に入ったそれをアリステアに渡すと、壁の修理を終えた3人がアリステアの傍に来た。


「壁の修理完了です、扉の修理にかかります……あなた、書類整理全然してないじゃない!大事な書類沢山あるんだから早くして!」


 芽依を引っ張ろうとした時にセルジオも戻りこの執務室の状況を見て怒りに震えた。


「…………あ」


 芽依はそれにいち早く気付き、お母さんにこの部屋はマズイ……と思った瞬間、起き上がりかけた隣の領主の首を鷲掴み部屋に連れてきてこの酷く荒れた室内を見せた。


「貴様、毎回毎回ブランシェットに求婚を断られ暴れるのも大概にしろ。アリステアの執務室をこうした責任は取るんだろうな」


 これから忙しくなると言うのに、と怒りに燃え上がるセルジオを見て、むしゃくしゃしていた領主は渋々頷いた。

 そしてセルジオと共に魔術を駆使して部屋の修復と清掃を始めたのだが、その杜撰さにセルジオの怒りは再熱して領主がペショペショになるまで叱りつけていた。

 建物修復と備品の片付けをしているセルジオを横目に女性に言われた書類を拾おうとすると、助けてくれた人外者がまた手を貸してくれた。


「ありがとうございます」


「こちらこそお手数おかけします」


 相変わらず丁寧な話し方でそう言う人外者はちらりと叱られる領主を見て情けない……と息を吐き出した。


「すまない、こんな事をさせてしまって」


「いえ、こちらこそ毎年ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません。私が止めれたら良いのですが」


「……いや」


 そんな2人の会話に随分よそよそしいな?と顔を上げると、アリステアは書類を持つ手と逆の手を膝に乗せて苦笑した。


「ところで芽依はどうしたんだ?」


「日頃の感謝を込めてメディさんと合同ですけど食べ物のプレゼントを持ってきたんです」


「そうか!それはありがとう。わざわざ来てくれたのにこんな状態で申し訳ないな」


「いいえ、全然」


 にっこり笑って言うと、芽依を連れてきた3人は、あれ?と首を傾げる。

 新人だと思って連れてきたのだが違ったのだろうか、と顔を見合わせていると叱りつけ片付けを終えたセルジオと疲れた顔のブランシェットがアリステアの傍に戻ってきた。


「…………まあお嬢さん、来てたのね。こんな姿を見せてしまって恥ずかしいわ」


「どうした、何かあったのか」


「日頃の感謝のプレゼントを持ってきたのですけど、忙しくしていたみたいですみませんでした。お昼時だと大丈夫だと安易に思ってしまいました」


「ああいや、普段なら大丈夫なんだがな。今日はたまたまこの時間に来たから」


 チラッと領主を見るとビクッ!と体を揺らしその動きでまた地響きが起きてセルジオは息を吐き出した。


「あとで地盤や建物の確認と魔術の補強をしておく」


「…………悪いな」


 くしゃりと芽依の頭を撫でてから退室したセルジオを追い掛けお疲れ様チーズボールだけをとりあえず渡すと、疲れた表情で笑ったセルジオは受け取り歩いていった。


「お嬢さん、怪我はなかった?」


「あ、大丈夫で……」


「ブランシェット様があの方を投げた方向にいらっしゃいました」


「え!?」


「なに!?」


 まさかの報告に目を見開くと、アリステアに肩をつかまれた。

 青ざめるブランシェットが胸の前で両手を握りしめ、芽依の顔を覗き込むと、首を横に振る。


「だ、大丈夫です!ぶつかる前にこの方に助けて貰いましたから!」


「そう、なの?……ありがとう、お嬢さんに何かあったらどうしようかと思いました……本当にごめんなさいね、怖かったでしょう」


 はぁぁ……と息を吐き出しさらに疲れた顔をしたブランシェットに困った……とお供え物の様に食べ物を渡す芽依。

 大丈夫アピールが食べ物を渡すという残念さではあるが、それにブランシェットはふわりと笑った。


「…………ありがとうお嬢さん……まあ、カナンクル用のケーキかしら」


「あ、思わず今渡してしまった」


 渡した食べ物の中に紛れ込んでいたカナンクルの夜に食べる小さなホールケーキ。

 綺麗に飾り付けされて雪の砂糖菓子綺麗にのっている。

 ケースに魔術が敷かれていて粉砂糖が上から降ってきて雪の演出がされているのだが、一定量になると全て消えてまた最初から粉砂糖が降り注いでいた。


「まあまあ、とっても素敵」


 綺麗に微笑むブランシェットに隣の領主はポワンと頬を赤らめているが、次に聞いた言葉に絶望して倒れ込みズシン……!と領主館が揺れた。


「夜、御祝料理と一緒にセイシルリードと頂きますね。あの人もお嬢さんのケーキを楽しみにして買いに行こうかソワソワしていたから喜ぶわ」


「わぁ、そうなんですね!セイシルリードさん…………と!?」


「……あら、言ってなかったかしら。私の旦那様はセイシルリードよ。いつもお嬢さんにはお世話になっているわ」


 ぺこりと、妻が旦那の職場の人に挨拶をするかのように言ってきた衝撃の言葉に驚き、ズシン……と領主館全体を揺るがす振動にさらに驚く。

 遠く離れた場所で建物の確認作業に入ったセルジオは、この揺れに無言で怒りを再熱しそうになっていたのだった。


「まさか、セイシルリードさんが旦那さんだったんですね」


「ええそうなの、なんだか恥ずかしいわね」


 うふふ、と笑って頬を抑える可愛らしい貴婦人に、素敵なナイスミドルのセイシルリード。とてもお似合いだ、と頷く。

 どんなに頑張っても入る余地は無さそうだ。

 カナンクルの日限定で相手のいる人に気持ちを伝えてもいい日ではあるが、勿論自分で断る事も出来る。

 決闘して奪い合う事も可能だが、この夫婦は女性が強いのだ。実力的に。

 セイシルリードは戦闘が不得意の妖精の為ブランシェットが毎年吹き飛ばして来たが、若い頃からモテていた。

 こういった恋愛面においてのいざこざは良くあったのだが、最近は体力的に疲れるので切実にもうやめて欲しいと思っていた。


「ブランシェット……本当にダメなのか……こんなに好きなのに……」


「私が好きなのはセイシルリードですから」


「………………くぅ…………ん?初めて見る顔だ」


 ブランシェットの隣にいる芽依を見て首を傾げる巨人な隣の領主にアリステアはギョッとした。

 雰囲気的に今までと違いやっと諦めた様子ではあるが、そんな時に芽依を見て興味を示している。

 あの芽依を連れてきた3人も、なんだか親しげに話してるな……と困惑していた時にこの領主の反応である。

 これは……とまた3人で顔を見合わせると、芽依にとってあまり良くない言葉を言われた。


「…………ブランシェットが駄目ならもう誰でもいい。お前、結婚しろ」


「……………………は?」


 なんとも酷い言い草である。

 本命が駄目なら誰でもいいと、近くにいる芽依に投げやりで言ってきたその人に芽依は無表情になる。

 人生初のプロポーズが、こんなに心の籠らない初対面の人からのものなんてと芽依の心は荒れた。


「やめないか!何を言っているんだ!」


「だってアリステア!ブランシェットへの求婚はもう何年も上手くいかない。このままなら結婚出来なくなりそうだ!どうすればいいんだ!ママが心配してるんだぞ!俺はもう適齢期を迎えているんだぁぁぁぁ」


「ママって……」


 泣き出し顔を抑える領主に、助けてくれた人外者は首を横に振って情けない……と呟いた。

 えー……と呟くと、ギっ!とこっちを見た領主ががしっ!と巨大な手で芽依を掴み立ち上がる。

 もちろん動けない芽依は叫び暴れるが、抑える力を強めさせるだけだった。


「うっ…………いた……」


「ギルベルト!!やめろ!!メイを離すのだ!!」


「ギルベルト様、辞めた方がよろしいですよ。その方花嫁です」


 ふわりと飛び領主ギルベルトに声をかけるが、ギルベルトはギラギラした目でその人外者を見る。

 全然話を聞いていない様子だが、睨み付けるその目には理性があった。


「うるさい!お前は口答えをへぶらぁぁぁぁ!!」


「ひぃゃぁぁ!」


 突然また吹き飛んだギルベルト。

 掴まれていた芽依はそのまま放り出されたが、空中でキャッチされ地面に着地する。

 バクバクする心臓を抑え、さらにギシリと痛めた身体に顔を歪ませると、にゅっと現れた馴染み深い顔にほっとした。


『……大丈夫かぁ?』


「あああぁぁぁぁメディさんんん!何故ここにいらっしゃるんですかぁ?スベスベな足で蹴り飛ばしてくれたの?もうどうなるかと……というか結婚しろってどういうこと?あんなマザコンと結婚とか死んでも嫌だわ」


 色々と混乱している芽依の支離滅裂な言葉に、おーおー、そうだな。と頭を撫でる。

 ギューギューと足にしがみつく芽依を見て、飛んでいた人外者は降りてきてメディトークを見た。


「…………あなたが伴侶ですか」


『いや、違うが』


「………………ちがう?ですが……」


 しがみつく芽依を見てから首を傾げるが、返事を返さずにいるとアリステアとブランシェット、そしてあの3人が走ってきた。


「だ、大丈夫か!?メイ!!」


「お嬢さん!!痛い所はない!?」


「だ、大丈夫か……」


 心配そうに芽依を見る3人と、ブランシェットが謝りながら芽依に触れて怪我の確認をする。

 手足の見えるところをアリステアが見て、メディトークは相変わらず芽依を支えて抱えていると、鬼のような表情をしたセルジオが戻ってきて芽依を見た瞬間冷たい眼差しがギルベルトを捉えた。








 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………







 普通の人間だったら死んでいただろう、魔術を使用した攻撃にギルベルトは叫び声を上げたが、幸運にも巨人の血を半分体に宿しているギルベルトは身体が異常に頑丈である為死ぬほどの怪我を負うことはなかった。



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