カナンクル当日、この日は庭のお世話を午前中に終わらせ、夕方から始まるミサへの参加の準備を行なうことにした。
今日も夜まで忙しく動く事が予想されるので、芽依はカナンクルの恩恵が溢れ、等価交換を必要としない今日、毎日の感謝としてプレゼントを用意していた。
いつもお世話になっているアリステアやセルジオ達に少しだが美味しいものをと特製ケーキを用意したのだ。
この世界にプレゼント交換という文化があるか分からないが、フェンネルが何も言わずともカナンクル限定の素晴らしいお酒を用意してくれていたくらいだ。
渡してもおかしくはないだろう。
ふふーん、とご機嫌に鼻歌と歌いながらあるいている正午、この時間ならば少しだけ昼休憩に渡す次官はあるだろうと行動に移したのだ。
ミサの時間は決まってはいるが、解散時間はバラバラなようで、晩餐に皆が集まれるか分からないようなのだ。一応集まれたら皆でとなっているが、カナンクルの夜である事と同時に暫定食の日でもある。
もし万が一にもケーキを食べれなかったら困るだろうと、個人向けの物を先に手渡そうと考えたのだった。
領主館内を歩くと、カナンクルだというのに日常は変わらないようでみんなが忙しなく動き仕事をしている。
しかし、中には浮かれた帽子をかぶったり、ネクタイピンがプレゼントボックスになっていたり、キラキラしたデザインのハンカチだったり。
はたまたドレスコードで仕事中の人もいる。
「…………ははぁ、浮かれていますねぇ」
周囲のワクワク感を感じ取り芽依も不思議と笑みが浮かぶ。
どんな人でも楽しい行事はココロを豊かにするものだ。
そう観察しながら歩いていると、なにやら地響きが鳴り出し動きを止めた。
「……え、地震?」
領主館で働く社員さん達もザワザワとしだすが、そこに不安や心配の色はない。
おや?と首を傾げると、またか……だったり、毎度困るのよねぇなんて声が聞こえてきて、なにかの風物詩だろうか。
ズシン……ズシン……ズシン……ズシン……
一定の感覚で響くこれはなんなんだ。
皆が動きを止めて端に寄っていくのに気付き芽依も同じく端によった。
「……って………………なんだ…………わかっ…………」
何か途切れ途切れに聞こえてくるのは話し声だろうか。
かなり大きな声で、もう1人の声は掻き消えているのか何も聞こえないのだ。
「……あの、これなんですか?」
「あら、もしかして今年からお仕事に来た新人さんかしら、これはもう毎度なのよ。隣の領主がねカナンクルの時に求婚しにきるのだけど、お相手がねもうかなり昔に結婚されているから毎回断られて納得できなくて決闘してって流れなのよ」
「また今年もかぁ、懲りないなぁ」
「何が困るって隣の領主が暴れたら後の片付けと慰めるのが本っ当に大変なんだよな」
「本当勘弁して欲しいわ」
はぁ、と疲れた様子の3人にこれは面倒な感じではないかと早めに避難を考えたのだが、何故か教えてれた3人に捕まれ片付け手伝え……な?と引っ張られた。
既に疲れている様子の3人はグチグチと何かを言っている。
「……どこに行くんですか?」
「アリステア様の所よ」
当然でしょと言う様子で前を歩く3人に、用事があるのは一緒だからとついて行くと、地響きはどんどん強くなって身体が浮きそうになる。
「す……すごい」
「転ばないように気をつけて」
男性が振り向き笑って言った瞬間に、アリステアの執務室の扉が吹き飛んだ。
ぎゃー!と叫び声が響き吹き飛ばされた扉の下敷きになっている人もいて呻き声が聞こえる。
びゃ!と飛び上がり恐る恐る扉を見るとピクピクと動いている両足が見えていて顔を引き攣らせた。
「だ、大丈夫なんですか、あれ」
「え?……羽が見えてるがら人外者だね、大丈夫あれくらいじゃ死なないよ」
「大丈夫かどうかは死ぬか死なないかの判別なの……?」
あの吹き飛ばされた扉から退避する事も壊すことも出来ず、抜け出す事も出来ないあの人外者はあまり強くは無いのかもしれない。
ホワホワと笑って芽依の良き友人となってくれたあの粉雪の妖精の残虐な1面を見てしまったからか、この吹き飛ばされた扉くらい簡単に御せてしまうのだろうと思う。
しかし例え位の低い人外者とはいえ、体は普通の人間より強いのだろう。
ピクピクしてはいるが死にそうな雰囲気はないようだ。
「今年も派手ね」
はぁ、と息を吐き出した3人のうちの女性が芽依の腕を掴んで領主室へと向かう。
気休め程度の挨拶をしてから入った芽依達4人だったが、3人はやれやれと中を見つめ、芽依は呆然としてしまう。ポカンと口を半開きにさせていると、3人は芽依に声をかけて部屋の隅に吹き飛ばされた書類集めの指示をしてくる。
「私達はあっちの壊れた壁をなおすから、よろしく」
「……はい」
驚き固まる芽依の様子を見て、あまり役に立たないと判断したのか指示された書類を集めに端に移動する。
白い書類の中、何枚かは黄色や赤い色の書類が混ざっていて、なんかヤバい書類なんじゃないかとザワリとしたが、指示された事を大人しく始めた。
足の踏み場もない程に大量な書類が散らばっていて、よく見たらここだけじゃなく他にもあるようだ。
飛ばされた扉や壊された壁のお陰でかなり風通しの良くなった室内。
そしてまだズシンズシンと地響きは繰り返されているのだが、その原因が目の前にあった。
「どおしてなんだぁぁぁ!私の求婚を何故受けてはくれんのだ!!」
「ですから、私は既婚者だと毎回言っていますでしょ」
「うーーーっ!!」
足をダンダンと地団駄を踏むその人は見たことの無い人で、足を踏み鳴らす度に地響きが起き身体がびょん!と飛び上がる。
「…………人間?」
「人間ですよ。巨人族を見るのは初めてでしょうか」
「巨人族……」
見上げるその相手は確かに大きいが、想像する巨人にしては小さい気がする。
普段見ているメディトークよりも一回りほどちいさいのでは無いだろうか。
「あの方はドラムスト領の隣の領地の領主です。住民の半分が巨人族や、半巨人が多い我の国としては領地は狭いのですが、国の半分の巨人が過ごしているんですよ」
「そう、なんですね」
芽依と同じく床に散らばった書類を拾うその人は深い緑の髪に、同じ色の羽を持っていた。
色が濃いはずなのに薄透明で向こう側が見える不思議な羽を持つその人は長い前髪を横に流し、耳に掛けている。
キラキラと輝く宝石の着いた髪飾りが背中の中程まである髪を丁寧に結んでいた。
シャルドネとはまた違う綺麗な緑の羽を持つその人外者は初めて会ったのにどこか見たことがある気がした。
「……一体、どうしてこんな惨状になっているんですか?」
「毎年の事なのですが、あの方がカナンクルの祭典に訪れる際にブランシェット様に求婚なさるのです。ブランシェット様には旦那様がおりますので断られるのですがね」
「…………は、色々な情報が来て驚きましたが、ブランシェットさん結婚してるんですね」
「はい、ご婚姻されて350年ほど経っているはずです」
「350……!?しかもブランシェットさんに何年も求婚して振られている、相手は隣の領主館のしかも巨人……情報過多です」
新たに知り得た知識に呆然としながら書類を集めると、その緑の髪の人外者はしゃがみ込んで書類を集める芽依を見下ろした。
特に何かを言うでもなく、書類を集めながらも子供みたいに地団駄を踏んでいる隣の領主を呆然と見ている芽依を、目を細めて見ている。
「……随分と見違えましたね」
「え?」
「以前お目にかかった時よりも装いが落ち着かれましたので、最初別人かと思いました。それに、お話は聞いておりましたが、あなたは微笑んでいるのですね」
「…………何処かで会いましたか?」
「…………ええ」
しゃがむ芽依の前に同じく膝を着いたその人外者は白い手袋を付けた、しなやかな手を伸ばして芽依の頬を撫でた。
芽依は酷く混乱した。
物腰柔らかく、穏やかな口調で話すこの人外者を芽依は知らないし、何より初対面で頬を撫でられて笑える程友好的にはなれなかった。
それも、この世界に来て自分の立場を理解した事と、何も分からない頃の無様に慌てて虚勢をはる必要がないくらい心が穏やかになったからこその余裕からくる自分自身を客観的に見れるようになったから。
「…………あの」
しかし、無表情ながら優しく撫でる手を何故だか振り払ってはいけない気がした。
隣で行われている男女間の諍いが激しくなり、アリステアは壊された机に状態維持の魔術を元々敷いていたようで後で直せるが、無惨にも割れて絨毯を汚したインクに掛け忘れていたようでシミになるだろうお気に入りの絨毯にため息を吐き出した。
そんな少し離れた壁際の書類に塗れた一角で芽依は知らない人外者と至近距離で向かい合っている。
これはどうしたものか……と首を傾げた時、ブランシェットの少しイライラした声が部屋に響いた。
「もう、いい加減になさいませ!私には旦那様がおりますの、気持ちには答えられないと何度も言っておりますでしょう!」
バチーン!と大きいはずの巨人領主を頬を平手で殴ったブランシェット。
ぐわっ!!と張り手をした勢いに巨体が浮き上がり芽依達に向かって飛んできた。
芽依は急に宙に浮きこちらに顔を向けて飛んでくる巨体に目を見開きガチンと固まると、目の前にいる一緒にかがんでいる人外者が芽依に手を伸ばした。
ふわりと浮き上がり浮遊感を感じた時には小さな宝石を散りばめたようなキラキラ輝く天井の近くに浮き上がっていた。
「…………え」
「大丈夫でしょうか、怪我などされていませんか?」
「大丈夫……です……浮いてる」
「飛べますから」
フワフワと浮いている芽依は、支えてくれている人外者に落ちないようにしがみついているが、急に動いた事によって外套のフードが外れて香りがじわりと滲み出ていた。
少しづつ広がる香りにその人外者は失礼致します、と抱えている芽依の耳元で囁きフードを直してくれた。
「メイ!?なぜそこにいるのだ?」
香りが漂いざわつき出した事でアリステアは周囲を確認した所、天井付近にいる2人に気付き声をあげる。
自分より大きいはずのアリステアが小さく見えて、この部屋は自分で認識しているよりも天井が高い部屋なのだと初めて知った。
「アリステア様」
優しく下ろしてくれたその人外者に頭を下げてからパタパタとアリステアの方へ向かうと、ここに来ているとは思っていなかったようで、眉を下げて心配そうにしているアリステアも小走りで芽依に近付いた。
「ここに来ているとは思わなかった。怪我はしていないか?大丈夫か?」
「大丈夫です、こちらの方に助けてもらいました。それより立て込んでいる所に来てしまってすみません」
「いや、それは大丈夫だ……すまない、メイを助けてくれてありがとう、助かった」
「お気になさらないで下さい。こちらこそいつも申し訳ありません」
「……いや、君が手を出せない事は理解している」
少し申し訳なさそうに眉を寄せるその人外者に首を振ると、吹き飛ばされた隣の領地の領主を見たアリステアは深いため息を吐き出した。