「じゃあ、あの自動販売機の時に来た貴族と今日のは違うんだ」
『ああ、今日のは前から絡んできてた貴族んとこだな』
「どっちにしても迷惑だったよねぇ……美味しい、キャロットケーキ初めて食べた」
ふふ、と顔を赤くしたフェンネルがご機嫌でキャロットケーキを口にする。
サラリと流れる髪を払ってリーグレアを飲むフェンネルは少し酔っていて上機嫌だ。
テーブルに所狭しと並べられているオードブルやチキン、ローストビーフやサラダに舌鼓を打っていて幸せそうだ。
用意された小皿に1口分ずつ入れては食べ入れては食べるフェンネルはカテリーデンでの気取った服装を少し崩してご機嫌にカナンクルを満喫している。
そんな室内から少し離れた外では、ヘルキャットが大口開けて羊にかぶりついていた。
「美味しいわ!美味しいわぁ!あぁ素敵!!この弾力、ジューシーな血が流れて……ああ、勿体ないわ、落ちちゃう……まあ、羊さん諦めなさいな、ほらほら静かになさってね。まあ痛いの?痛いの?でもほら、私の血肉になると考えたらいいんじゃないかしら!未来永劫私とひとつになって色々なものが見れるのよ素敵だわぁ!……あら、お洋服か汚れてしまったわ……まあ、いいわよね、いいわ……ああ、美味しい……うふふ、楽しい……ふふふふふ」
途中途中で羊の泣き叫ぶ声が室内にまで聞こえてきて、その度に芽依はビクリと肩を揺らす。
残忍なその様子を見ようとも思わないが、実況中継されながら羊の断末魔を聞きつつ肉を食べる芽依達の身にもなってくれと言わざるを得ないのだが、怖くて言える気がしない。
既にベールを脱ぎ捨てフェンネルが持ち込んでいるリーグレアを飲み、その美味しさに昇天しかかっている芽依だったが、ご機嫌な芽依の香りは何時もより強いのか、甘ったるい花の匂いが建物の中に充満して余計にフェンネルを酔わせていた。
「んんー……気持ちいい」
トロン……とした眼差しでリーグレアを飲むフェンネルは机に上半身を乗せ、芽依を見ている。
その眼差しは完全に捕食者の目で唇を舐めた。
怪しげな様子に変わってきたフェンネルの足を無言でメディトークが押さえ付けていて芽依の傍に行かないようにしているのだが、床に爪を掛けて軽く引っ掻きカリカリと音がなった。
「……ヘルキャット大丈夫かな」
『心配すんの羊じゃねぇの?』
「今も悲痛な声が聞こえてるね」
箱庭を取りだし中を見ると、目がイッてる人型のヘルキャットが羊に襲いかかっていた。
半分骨になっている羊は、たまに血飛沫をあげてすごい顔をしてびょん!と体を限界まで伸ばしている。
横にピギャー!と字が出ていて、それを見ている4頭の羊が真っ青になって身を寄せあい震えていた。
「…………きっとこれが外で現実になってるんだろうな……」
はは……と乾いた笑みを浮かべると、そろりと近付いて伸ばしたフェンネルの指先が芽依のスカートから見える素肌にチョンと触れた。
頑張って這いずって来たらしい。
「…………あー、美味しい……」
「あれ、フェンネルさん?」
「あ、こいつ舐めやがったな」
「え、舐められてないよ」
「美味しい、もう少しちょうだい」
トロンと見上げてくる色気が爆発しているフェンネルに芽依はあれ?と首を傾げた。
『どういう基準でかわからんが、移民の民がものすごく美味くなるタイミングがあるみたいだぞ』
「それが今?」
『かもな』
メディトークに足を掴まれてバタバタしているフェンネルから少し離れて座り直す芽依。
ふーん、と危機感なくフェンネルを見ていると手を伸ばしてきたのでレースの手袋に覆われた手で掴んであげると、それはそれは嬉しそうに笑った。
「…………みんながみんな、裏切るわけじゃないんだよね。こうやって手を握ってくれる花嫁も、いるんだよね」
「……え?」
「それでも、信じきれない。暖かくて柔らかくていい匂いがするのに……どうして……」
すぅ……と眠り始めたフェンネルをじっと見てからメディトークを見るが首を横に振った。
「……なんだったんだろ、今の」
『さぁな、ただまあ、なんかしらの事を考えてんだろ』
「……そっかぁ」
くぅくぅと眠ってしまったフェンネルのツヤツヤした髪を撫でると、手に擦り寄るように頭を寄せてきた。
たしか、フェンネルは移民の民を呼んではいなかったはず……と思いながらリーグレアを飲み干した。
「メディさんとリーグレアを見たらサイズ感に笑える」
『笑うな』
「だって、リーグレア瓶のまんま飲んでるのに小さ……ぶふ」
『しかたねぇだろ』
「私たちと同じくらいのサイズだったら良かったのにね、そしたらそのリーグレアもちょびっとしかないってならないのに」
『そんな小さかったらお前を守れないだろう』
「くっ…………イケ蟻め!」
グイッとリーグレアを飲む芽依。それと同時に2匹目の羊に突入したらしいヘルキャットの不気味な笑い声と羊の叫びが響き、クリスマスってこんな感じじゃないよね……と少し遠い目をしてしまった。
カナンクルの前夜、クリスマスイブと同じこの日に全ての人が幾久しく過ごせますように。
食べ物に困ることなく皆が平等に暖かな家でキラキラしいツリーを見上げて笑い合える、そんな日が来ますように。
「難しいなぁ」
普通に生活している人ですら、この食料問題には頭を抱えている。
それ以上に貧困な人達は、今まさに真冬の中暮らす事は命の危機が直面していて実際に翌日朝には冷たくなっている事も珍しくはないようだ。
豊穣を司る妖精の最高位の不在はこんなにも影響を与えている。
「……美味しいなぁ」
今テーブルで広げているご馳走は芽依とメディトークが持つ恩恵の賜物で、育てれば育てる程この庭は溢れかえるほどの収穫をさせてくれるだろう。
「……どこにいるのかなぁ、豊穣の妖精さん……」
リーグレアを掲げて小さく乾杯と呟いてから飲み干した酒は、甘さと酸味のバランスが素晴らしいお酒となっていた。
「…………来年は、私も作ろうリーグレア」